20-10
そう言って、スッと立ち上がった。
「はうう!やっぱり思ったとおり可愛い!」
え?
何が起こった?
ええと、今起こってることは何かというと、私が抱きすくめられている。
相手はもちろん聖女様、多分。完全に視界が塞がれていて見えないけど、間違いないだろう。
「はぁぁぁ……いい匂い」
清潔を保つように気をつけているけどいい匂いがするかどうかはよくわからないというか、人の頭をクンクン嗅がないで欲しい「すぅー!」って、深呼吸するレベル?!
「抱き心地も最高ね!」
思ったより、いや、想像以上に力が強く、振りほどけない。まあ、想定の範囲内か。
私の力は、私に敵意を持っているものに対して発揮されるので、このように好意……なのかどうかよくわからないけど、好意なんだと思いたい……を寄せてきている相手に対しては発揮されない。わかりやすい例でいえば、以前、ラガレットへ向かうための移動中にリリィさんから受けた指導だろう。手足の位置が悪いと棒でピシピシ叩かれたが、指導のためであって私を傷つけようという意図がないためにドラゴンの爪でさえ傷一つつかない私の手足は赤く腫れた。あれと同じで、私に対する悪意が全くないので、振りほどこうとしても私の力が年齢体格相応になってしまっていて、一回り大きな聖女様には全く通用しないのである。
どうにか首を動かしてすぐそばのシャノンさんの方を向く。助けてもらおうと。
「はあ、尊い……」
うっとりした表情で見つめてた。なんならちょっとよだれが出かけてる。
って、シャノンさんもそっち側の人だったの?!
くっ……コーディはこの異常事態にドン引きして距離とってるし。
「あ、あの……」
「はぅぅ……声もかわいい」
ぎゅーっと抱きしめる力が強くなり、僅かに顔を横に向けていたせいで(?)首があらぬ方に曲がっていく。脱出は非常に困難な状況になってしまったわけである。
色々と言いたいことはあるんだけど、特に二つ、気になるところがある。
一つ目、私が普段つけている仮面。
私以外、取り外せないはずなのに、どういうわけか外れて床に転がっている。これが聖女パワーなのかしら?
そしてもう一つ、一番重要なこと。
聖女様はこの部屋の机に座って書き物をしていた。私と聖女様の距離は五メートルほどあって、間には机の他、応接用のソファとテーブルが置かれていた。つまり、私のところまで一直線に移動するようなことはできないようになっていた。
それが一瞬で、距離を詰められた。
目にもとまらない速さで移動してきたとしたら、それなりに風を感じたりするはずなのに、そういうのは一切無かった。
つまり、何が起こったのかサッパリ、という事。
「はあ……クンクン」
「せ、聖女様っ」
お、シャノンさんから救いの手が?
「今すぐ絵師を手配しますので、あと数時間そのままで」
「まかせて!飲まず食わずでも五日は平気よ!」
ダメな感じだった。うん、期待はしてなかったけどね。
「コーディ……なんとか……して」
「えっ?わた……私ですか?」
「他にいないでしょ……」
「わかりました……っと、えい」
他に誰がいるのよと言う、私からの突っ込みに答え、外へ駆け出そうとしたシャノンさんにコーディの糸が伸び、行く手を阻む。
「くっ!こ、こんなものっ!」
扉を開けられないように網目状に張られた糸にシャノンさんが果敢にも挑むけど、しっかり張られた糸には手も足も出ない様子。
「次……こっち」
「ええ……」
「いいから……早……くっ」
聖女様をどうにかしろという指示にコーディが戸惑っているうちに、私を抱きすくめる力が強くなる。
「もう離れないわ!何があっても!」
「ぐぇ……」
ミシ……と言う音の直後、ボギ……とどこかの骨が折れる音。
「い……いだだだ」
「あら大変……癒やしよ」
ホワンと、私が光に包まれ、折れた部分が繋がっていき、痛みが消えていく。と、同時にまたボギッと折れ、すぐに治される。
なんの苦行かしら。
「ふぬぬ……」
「はぅああああ、お手々もかわいい」
どうにか振りほどこうと両手を突っ張ってみたけど、状況は変わらず……いや、少しだけ隙間が空いた!
「コーディ!急いで!」
「えっと……」
「早く!」
「は、はいっ!」
シュルシュルとコーディの糸が隙間をくぐり抜け、スルスルと回っていき、聖女様の手足を後ろへ引っ張っていく。
「ああん!ひどい!」
「コーディ、頑張って!」
「はいっ」
室内のあちこちにコーディの糸が張り巡らされ、少しずつ私から聖女様が引き剥がされていく。
「聖女様っ!今お助けします!」
そこへ混沌を追加しようと駆け寄るシャノンさん。そして色々察したコーディがその手足にも糸を纏わせていく。
「くっ!こんなものっ!」
「聖女様っ、今……」
二人が糸に絡め取られている中、どうにか脱出に成功。
「ふう……」
「レ、レオナ様……その……」
「ああ、うん。待ってね」
二人同時に動きを抑えるというのは大変なんだろうね。
「ではこれを……正気に戻れ!」
バチンバチンと二人の頭にハリセンを振り下ろした。
気絶させる勢いどころか、気絶させるつもりで。
「ハッ、こ、これは……」
「レオナ様、起きたようです」
「そう……」
気絶させたあと、改めて二人をグルグル巻きにして天井から吊り下げて数分。聖女様が目を覚ました。ってか、回復が早いわね。これも聖女パワーなのかしら。
「とりあえず正気に戻ったかしら?」
「レ」
「レ?」
「レオナたんが私の下にいるぅぅっ!」
「「ひぃっ」」
予想外の反応でコーディと共に数歩後退った。
「はあ……上から見るレオナちゃんもまたかわいい……うひひひ……」
「レオナ様」
「何?」
「アレ、どうします?」
「いちいち確認せずに、好きにしていいわよ」
「ええ……」
吊されたままクネクネしているのにコーディがドン引きして、どうしたら良いかと聞いてくる。しかし、聞かれたところで私もなんと答えたら良いのか全くわからない。
ある程度心の準備はしてきたつもりが、予想を遙かに飛び越えた反応の上、こうして拘束しているのに何だか嬉しそうと言うか、どんな状況でも楽しめるものを探そうと貪欲というか、まあそういうこと。
今までにも似たような人はいたけど、ここまでのことはなかった。
特に、癒しながら骨を折りに来る人は。
「控えめに言って、変態さん?」
「はうっ……その、汚物を見るような視線!」
「え……」
「最っ高だわ!こうしてはいられないわ……フン!フン!」
コーディの糸を振りほどこうともがきはじめ、その動きの気持ち悪さにまたコーディが引く。
「コーディ、くれぐれも糸を解除しないようにね」
「は……い……」
「ん?どうかした?」
「あのですね……一応、なんというか……糸が」
「糸が?」
コーディの糸って、感覚があるんだって。そりゃそうか。窓の隙間とかから入り込んで鍵を解除して、なんて精密な動作ができるんだから、感覚はあるわね。
感覚があるのは当然ね。
で、その糸からの感覚が……ひたすら気持ち悪いんだって。あのクネクネした動きが特に。
知らんがな。
「あのー」
「っ!その上目遣い!ああん!」
上に吊るされてるんだから、見上げたこちらが上目遣いになるのは当たり前でしょうがと言いたいがぐっと堪える。突っ込んだら多分負けだから。
「聖女様!ここは一つ」
「そうね!」
シャノンさんが何か思いついたみたい。きっとロクでもないことだと思う。




