20-9
「うわあ……これが教会の本部かあ」
フェルナンド王国も王都の教会は大きかったけど、ここは次元が違う。
スペインの未だ完成していないという教会や、フランスの島を一つ教会にしたアレも大きかったと思うけど、実際に見たことがないからどっちが大きいという比較はできないけどね。
馬車に乗ってここまで十分ほど。そして、あと五分程で着くとシャノンさん――さすがにずっと無言ではいたたまれなかったので互いの自己紹介はしていた――が教えてくれた。
このシャノンさん、聖女様の身の回りのお世話係なんだそうだ。
身の回りの世話って聞くと、貴族みたいだなと思わず呟いてしまったら、「そうですね。当たらずとも遠からじ、です」と返された。
聖女様は平民出身なので、自分のことは自分でできる。この聖王国にも貴族はいて、かなりガチの貴族の場合は着替え一つすら自分でできない――いや、させないが正解かな?――のはよくあること。
しかし、聖女様は自分の着替えくらい自分でできるし、なんなら教会に入る前までは自分で炊事洗濯は当たり前というか、五人姉弟の一番上だったとかで、弟妹たちの面倒を見ていたとのこと。そりゃ家事全般出来るようになるわね。
ではなぜ世話係がいるかというと理由は二つ。
過去の、それも三代目か四代目くらいの聖女様が貴族出身で自分のことを自分でできなくて大変なことに。さらにそのあとに病弱な方が聖女になってこれもまた大変なことに。そんな感じで、着る物食べる物全般で目を離せない状況が続いたという。ということでん「色々身の回りのことが出来る者をそばにつけた方がいいだろう」となったのが一つ。
もう一つは、ぶっちゃけ聖女様の仕事って激務。時期によっては秒刻みのスケジュールになることも多くなるので、自分のことに手が回らなくなってしまうこともしばしば。そして、いくら忙しいと言っても、人前に立つのが仕事の聖女様の身なりは整えなければならないということで、世話係をつけることになったそうな。
「まあ、自分で料理ができなくなってちょっと不満そうでしたけどね」
「へえ」
なんか、親しみが持てそうね。
「まあ、実際には料理なんてしてるヒマがあったら仕事!って生活がここ数年続いてるので、料理したいなんて全然口にしなくなってますが」
「それはそれでちょっと可哀想ですね」
貴族になっても気軽に厨房へ向かい、色々な料理に勤しんでいる私とは大違いか。
やがて大きな扉の前に馬車が止まり、扉が開かれ、シャノンさんが先に降りて、私たちを先導して進んでいく。
「コーディ、これどう思う?」
「どうって?」
「私たち、他の参拝客の邪魔じゃない?」
「大丈夫だと思いますよ?」
「え?」
「一般の方はあっちにある入り口から入ります」
「ここは?」
「貴族や大口の寄付をした富裕層向けの入り口かと。フェルナンドの教会にもありましたし」
「そうなんだ」
VIP専用の入り口があるのか。何だかんだで、宗教もお金と切っても切り離せない関係があるのね。フェルナンドの教会にもあったのは気付かなかったわ。あんまり行かなかったし。
まあ、リリィさんに連れられていったときに結構寄付していたみたいだけど、こういうのを見せつけられるとちょっと幻滅するわね。
「こちらです」
「あ、はい」
シャノンさんについて行こうとして、ふとあることに気付いて足を止めた。
「レオナ様?」
「コーディ、気付いてた?」
「なんでしょうか?」
「シャノンさん、フェルナンド語を話してる」
「あ……」
「ごく自然だったから気付かなかったわ」
「私もすっかり通訳の役目をしてませんでした……」
「……あなたは気付いてよ」
どういうことだろうか。
ゴードル王子によると、フェルナンド語はラガレットで使われている南部語に近い一方で、細々したところで違いがあるという話だった。
そして南部語と北部語はだいぶ違う。
詳しくは聞いてないけど、コーディの様子を見ると日本語と英語よりは近いかな、というくらいには違うらしい。
そして、フェルナンド語は現状ではラガレットで通訳の育成が始まった程度のマイナー言語のはず。ソフィさんのヴィジョンなら問題なく訳せるけど、あの人がヴィジョンを使っている様子は見られなかった。つまり、素でフェルナンド語を話しているということになる。
「どこでどう学んだのかしら?」
「それは気になりますが、もっと大事なことが」
「何?」
「私、いる意味あります?」
コーディの問いには答えず、案内されるままに教会の中を進む。そりゃそうよ。フェルナンド語を話せる方がいると事前に知っていたとしても、私一人でこんなところ――主に緊張でちょっと胃が痛くなりそうなと言う意味――に来るわけないでしょう?
VIP入り口だけあって絢爛豪華な廊下になっているかなと思ったらその通りで、細かな装飾が施されているんだけど、そういうものに対しての鑑識眼の無い私の感想はとてもシンプル。「お金かかってるなあ」である。
とは言え、お金はかかっているけど、いやらしさはなくて荘厳に見える辺り、それなりに健全に運営されているのだろうなと思う。
「どうかされましたか?」
「いえ。ただ、すごいなあ、と」
「そうですか。あちらの、一般の方の入るところの方がもっとすごいですよ?」
「え?」
一般向けの方がすごい?
「あちらの方が大勢訪れる関係で広いですから」
「なるほど」
広い分だけ手を入れるところも多いという事ね。まあいいわ。教会がどこにどれだけお金をかけようと、私の生活には影響ないはずだし……ないよね?
そんなやりとりをしながら通路を進んでいく。すれ違う人たちが漏れなく脇に避けてこちらに礼をしているので、私たちが聖女様が招いた客というのが伝わっているのか、私たちを案内している人がとても偉い人なのか……できれば前者であって欲しい。
やがて、それなりの地位の人しか入れないだろう辺りに来たのか、人の気配が少なくなり、ちょっとヒンヤリした……いや、なんて言うか静謐な感じの空気が漂う辺りになってきた。
そしてさらに進んだ一番奥、大きな扉の前で立ち止まり、ノックと共に私たちの来訪が告げられ、返事を待たずに扉を押し開けていく。
普通、返事を待つよね?とコーディと共に首をかしげながら促されるまま中へ入る。
「フェルナンド王国より、レオナ様が到着されました」
改めて告げると、シャノンさんはスイと横へ。
促されて入ったそこは聖女様の執務室。聖女様が何の仕事をするのかというと、各地から届いた寄付への返事の手紙を書くのがメインらしい。聖女様手書きの手紙はそれだけでプレミアがつくんだとか。芸能人のサインみたいな位置づけかしら?
そんなことを思いながら入った部屋は、学校の教室くらいの室内にはあまり装飾らしい装飾はなく、左手の壁は多分、競技とか歴史とかに関する資料と思われる本の詰まった本棚。右側には女神像と、その女神に付き従っているらしい何か――地球の宗教だと天使とかになるのかな?――の彫像。
きれいに彩色されているけど、派手さはなくて部屋の雰囲気にもよく合う落ち着いた色合い。
まあ、ひと言で言えば「センスが良い」のだろう。私にはそういうセンスがないので評価できないけど。
そして、部屋の奥に置かれた大きな机に座り、何やら書いていた女性が聖女様だ。
シャノンさんが着ているような服――ただし、離れた位置からでも質が良いことがわかる程――を身につけ、長い銀髪にスタイル抜群の美女。それが第一印象だった。
「少しお待ちくださいね」
ふう、と息を一つついて、スラスラと何かを書き付けていく聖女様。どうやら難しい仕事らしくて何度かため息をつきながら、続けること一分程。
「お待たせしました」
同時に聖女様の姿が消えた。




