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こちらからリレー方式で手紙を飛ばし、聖王国にいるラガレットの大使が清書してという流れを踏むので届くまで五日はかかるという話だったはず。それが僅か七日で返事が届いたって、早すぎでしょう。
「何でも教会の情報網を使ったとか」
「教会の?」
「ええ。聖王国からラガレット王都の教会まで半日で届いたそうです」
教会ネットワークこわっ。
「取り急ぎ要約したものがこれで」
なんだろう。書き写したものなのに、触れてはいけない何かを感じる。受け取らないという選択は……できないか。
「ええと……いつでも来ていいです。というか、すぐに来てください…………」
ここだけだと、何か切羽詰まった状況のように読める不思議。
「……いつ来てくれるのか、一日千秋の思いで待っています」
一日千秋って表現はあるんだ。
「というか、すぐに来てくれないと我慢できな……何をどう我慢できなくなるのよ!」
本当に大丈夫なのだろうかと心配になってきたわ。
「ま、まあ……なんだ、聖女様からの招待はともかく、ダンジョンのことはあまり先送りはできないんだろう?」
「そうなのよねえ……」
それについてはゴードル殿下の言うとおり。
「それではこういうのはどうでしょうか?」
黙って聞いていたタチアナがポンと手を打った。
「何か妙案が?」
「はい。とても簡単です」
「ほう」
「レオナ様とゴードル殿下が婚「却下」
「「ええ……」」
どういう流れなのかよくわからないので却下しておく。
なんでゴードル殿下も残念そうなのかしらねえ。というか、あなたたち息ピッタリね。
「タチアナ、もしかして忘れてない?ゴードル殿下、先にあなたにプロポーズしてるのよ?」
「ぐ……」
「レオナ様、それは無効だと」
「ええそうね。プロポーズ自体は無効でもしたという事実は変わらないのよ」
「くっ……」
なぜかゴードル殿下が膝をついてしまった。
「わ、私はその……」
「玉の輿よ?隣国の王子からの求婚なんて、すごいことなんだし」
「ええ……レ、レオナ様こそ」
「私?歳もそこそこ離れてるし、今のところはそれどころじゃないし。それよりタチアナの方が歳も近いし……」
こうして流れをグダグダにして、有耶無耶に。ずいぶんと気落ちしたらしい殿下が去った後に、城へ向かう。
「そうか……急かされているか」
「急かされているというかなんというか……まあ、そういうわけなので、明日にでも出発します」
「そうだな。よろしく頼む」
「かしこまりました」
王様に報告を終えたあとは、イヤな予感しかしないけど行くしかないと腹をくくり、出発の準備を進める。
留守中のことはセインさんに任せておけば大丈夫。基本的に「あまり急がず、無理をしないように」という方針で進めておけば大丈夫だからね。
唯一の懸念事項は開拓村そばのダンジョンだけど、急ぐ必要はないので慎重に、という方針を徹底させているから大丈夫だろう。まあ、何かあったら連絡が飛んでくるだろうから大丈夫のはず。
というか、何かあった時点で色々手遅れとも言う、かな?
「話には聞いていたが、すごいものだな」
「ああ」
今回はロアよりもさらに北の方に向かうので、ボニーさんにロア(跡地)までヴィジョンで繋いでもらい、そこから出発となった。
オルステッド侯爵家の皆さんが「是非見たい」と着いてきたのはまあ、予想通り。
「では行ってきます」
「ああ、気をつけてな」
「お土産よろしくお願いし、痛っ、どうしてぶつんですか?」
約一名、ある意味場の空気を和ませようとしている者がいたけど、とりあえず小突いておく。なんでお土産の話が出るのよと。
距離的にはフェルナンド王都からロアよりも近い距離らしいので、夕方には着くだろう、という感じ。
「レオナ様、どうしても北部語の勉強はしないのですか?」
「うん。絶対しない」
聖女様が私を呼んでいるという事で、私も北部語の会話ができた方がいいのでは?となったんだけど、却下した。
もしも私がある程度北部語の会話が出来るとわかったら、おそらく一対一での話を望むだろう。そうなった場合、私の安全が確保できない。そんな予感がしたから。
私が北部語を話せない場合、コーディを同席させることができるし、なんならあちら側に通訳がつくこともあるだろうからね。
そんなことを伝えたらコーディがとても遠い目をした。まあ、気持ちはわかると言えばわかる。
「だいたい、あの手紙を読んで、なんかちょっとアレだなーって、思わない?」
「思います」
「なら」
「思いますが……私を巻き込まないで欲しいなあって」
「無理ね」
だって私はあなたの雇い主だし。なんなら身元保証人的な立場でもあるし。
私があなたを引き取らなかったら、あなたは今頃罪人用の墓の下なんだからね。
そんなふうに方向性のおかしい女子トークをしているうちに、ヴィジョンの視界に大きな都市が見えてきたので窓からのぞいてみる。
「おお、かなり大きな都市ね」
「そうですね。フェルナンドの王都よりも大きいかも知れません」
あれが聖都アレット。なんだけど、聖王国ルミナの王都……つまり首都ではない。王都はここから西に百キロほどらしい。
んで、ここよりこぢんまりしてるんだって。
なんでも初代聖女様――何をもって初代なのかわからないけど――が、晩年を過ごしたのがアレットで、いろんなエピソードてんこ盛りになった結果、「王都じゃないけど、教会の本部はここにしよう」となり、王国から聖王国という呼び名に変わり、教会本部の置かれた村は街になり、「聖都と呼ぼう」となり、聖地と呼ばれるようになって、敬虔な信者が巡礼として訪れるようになったのだそうな。
で、どうなってるかというと、アレットの東西南北に延びる街道にそうした信者たちがずらりと並んでいる。普通の街と違うのは、信者用の列と、商人などが並ぶ列が別になっていて、それぞれ街に入るときのチェックが違うらしい。ちなみにチェックは信者の列の方が早いようだけど、やって来る信者の数が多くて、列がどんどん伸びているような……
とりあえずいつものように街道脇に小屋を下ろし、信者の列の最後尾につこうと歩き出す。信者ではないけど、聖女様に用があると言うことはつまり、信者の列についた方がいいかなと。
そう思っていたんだけど、列につこうとしたところへ立派な馬車がやって来て、いかにも神官という感じの服装の女性が降りてきた。
「フェルナンドから来られたレオナ様と……従者の方ですね。お迎えに上がりました。聖女様がお待ちです。こちらへどうぞ」
「……と言ってますが、私、従者なんでしょうか?」
「聖女サマがコーディのこと、眼中にないってのは確かみたいね」
とりあえず周囲の注目を集めてしまっているので、退散すべく、馬車に乗り込んだ。
すぐに馬車は走り出したけど、その馬車を見つめる人々の視線の痛いことと言ったら。
「あの……一つ質問が」
「私に答えられることでしたら何なりと」
「街に入るときにチェックとか」
「不要です」
「一応私たち、外国人ですし、身元の確認とか」
「不要です」
「いや、不要って……」
「ああ、そうですね。もう少し正しく申し上げるなら」
「申し上げるなら?」
「聖女様の保証があります」
表情一つ変えずに返された。いや、正確に言うとこの人、あったときからずっと笑みを浮かべたままなのよね。なんていうか貼り付けたような笑顔でちょっと、いやかなり恐い。
「コーディ、この人の時点でかなりヤバい気がする」
「奇遇ですね、私もです」
二人でヒソヒソやってる間に、馬車は聖都の中心部にあるでっかい建物に近づいていった。




