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そしてその雰囲気は、今でも残っているので、カイルが歩いていると、誰もが気さくに声をかける。
そこまでは微笑ましい光景だよ。
為政者として見習うべきとまでは言わないけど、そういう対等の目線で語り合えるというのはとてもいい事だと思う。
だけど、その結果がどうなったかというと……村人のまとめ役のまとめ役になっちゃったのね、カイルが。
そもそも任命されたまとめ役の方たちとアランさんが話すとき、通訳が立ち会えない事も少なくない。通訳の方も忙しいので。そこで、彼らにもフェルナンド語を学んでもらっているんだけど、まだまだ細かいニュアンスを伝えるのが難しい。
一方で、カイルを始めとする王国のトップたちは、元々受けていた教育水準が高く、フェルナンド語もほぼ完璧に話せるようになっている。となると、どうなるか。まとめ役も村人もみんな、話しやすいという理由でカイルに話を持ってくる。
それ自体は仕方ないと思う。今は色々手探り状態。全てが順調に進むなんてあり得なくて、忙しい。だから、間に立って動けるカイルという人物は私たちフェルナンド側にとってもロアから来た人たち側にとってもありがたい存在。
それがたとえ数日とはいえ、不測の事態でもない彼自身のわがままで不在になったりしたらどうなるか。
とても簡単。ジェライザさんたちの仕事が増える。そうしたらどうなるか。諸々の書類仕事が滞ってしまう。それでなくても毎日遅くまで頑張っているらしいので、あまり無理はさせたくないというのは私も賛成する。
「私が倒れたらどうするんですか?!」
「そ、それは……その……」
ジェライザさんがカイルを叱っている理由、実に自己中心的だったわ。
彼女が「いい加減ダンジョン探索をやめて欲しいのよ」というのはわかる。
それなりにいい歳のはずだからね。
「し、しかしだな……」
「あなたに何かあったらどうするんですか?!」
「でも、今までは……」
「今までとは違うと言ってるんです!」
今までは仕事でダンジョンに行かなければならなかった。だけどこれからは違うのだ。
「もしもあなたに何かあったら……私を一人残していくというのですか?!」
「ぐ……」
二人が見つめ合ってしまったので、退散した。あとは二人で好きにしてくださいよ、と。まあ、十月十日後に家族が増えたとしたら、お祝いを贈らないとね。
その後、少しだけ村を見て回り、色々順調だということを確認した。
住居は足りておらず、畑も狭く、営業できている店に偏りがあるためにお金があっても物が潤沢に行き届かない。それこそ、その日に食べる物を巡って血で血を洗うような戦いがそこかしこで繰り広げられている。それがこの村の現状。
領主として見過ごすことのできない状況なんだけど、村ができてまだ一年も経っていないのだから、当たり前。では、せめて飢えないようにするべきではという意見に対してはノーと答える。なにしろ、食べ物を巡る争いが……ねえ?
「貴様!おはぎは一人二個までと決まっているだろう!」
「そういうお前こそ!緑飯をひとすくい多く盛ってるじゃないか!」
「勝手に唐揚げにレモンをかけた奴は誰だ?!」
一応、村として食べる物に関しては不自由しないようにしてるからね。住居も大きな建物で雑魚寝に近い状態だけど、全員が夜露をしのげるようにしてあるし、着るものだっておしゃれこそ出来ないが困らないようにしてある。
要するに放っておいてもいいと思う。
あと、こっちでも唐揚げにレモンをかけるには周囲の許可が要るという文化が醸成されているらしい。おかしな方向に進まないことだけ祈りながらアランさんの元へ。
「次はこれとこれです」
「この書類、先にやってもらえます?」
「この数字、ちょっとおかしくないか?」
「スマン、この数字足してなかった!」
アランさんの執務室内どころか、両隣と廊下まで戦場だった。
「ああ、レオナ様。こんなバタバタで申し訳ない」
「構わないわ……というか、日を改めた方がいい?」
「改めても変わりませんよ」
「……そう」
アランさんが机の上を少しだけ開け、「こちらへ」と促すので、机を挟んでほぼ正面へ。
「こちらが油に関する資料、先ほどまとまったばかりです」
「はい」
「それからこちらが砂糖についての資料です」
「……はい」
どっちも村の主力商品になるから私が最終チェックしなければならないのはわかるけど、何この厚さ。
「とりあえず、問題が起きているわけではないので、あとで目を通していただければ大丈夫です」
「そうなの?」
「少々相談しなければならないことがありますけどね」
「相談?」
「話の転がり方次第では国王の耳にも入れなければならないかと」
「えーと、それは国として?それとも王様の個人的な嗜好?」
「両方です」
「両方かぁ」
ラガレットから、油を売って欲しいという話は来ている。生産量を考えれば多分可能というのが今のところの見込みだけど、生産が軌道に乗る時期とか価格とかはこれから決めること。そして、クレメル家の事業となっている以上、我が家の収入源になる。
金額があまりにも大きくなるようなら一旦国に格安で売って、国としての取引にした方がいいというのがアランさんとモーリスさんに加え、オルステッド家の見解。
クレメル家があまり力を持たない方がいい、という考え方なんだって。
国に格安で売り、国が各領、ラガレットに売ることで利益を得る。その時、国の利益がクレメル家の利益より大きくなるようにしておくと、パッと見では我が家が損をしている一方で国に対して誓った忠誠は揺らいでいないことを示せるんだそうな。
うん、難しいからよくわからないけど、そういうのに長けている人たちがそう言うのならそれで合ってるのだろう。これが、クレメル家が財政的に厳しいというならもっと色々考えるべきとなるけど、今のところ困ってないからねえ。
王様の個人的嗜好に関しては聞かなかったことにしておこう。
「それからこちら」
「うん?」
「ナトロアです。試しに植えた分が収穫できたということで、屋敷の方へ送っておきました」
「おお!」
ナトロアがもう収穫できたのね!って、あれ、木の実だよね?木になるんだよね?木ってそんなに早く成長するものなのかしら……ま、いいか。収穫できたなら、そういうものだと受け入れよう。
その他、少しだけオルステッド家に持っていくべきものとか受け取り、開拓村をあとにした。本来領主がすべきことではないけど、誰もが忙しいからね。そして、帰ったら早速ナトロアからトロアとナトロージ、つまり味噌と醤油を作らねば!
そう意気込んで帰った私を待っていたのは、天日に数日干した後、冷暗所で数日おいて熟成……と、そこそこ時間のかかる作業があるという現実でした。
「レオナ様」
「ん?」
「ゴードル殿下がお見えです」
「え?」
「え?訪問の予定、あったっけ?」
「緊急、とのことです」
日数のかかるナトロアの加工に関してはクラレッグさんにお任せし、完成をのんびり待っていたところにセインさんがゴードル殿下の来訪を告げてきたので、仕方なく応接へ。
「緊急の用件とのことでしたが?」
「ええ。聖王国、いえ、聖女様から返事が届きました」
「早っ!」
 




