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「ということで、二十日以内にダンジョンに向かう必要あり。場所などは聖女様が把握されているとのことです」
「なるほど。ゴードル殿下、いかがかな?」
「問題ありません。十日後に訪問する旨、文書を認めております」
戻ってすぐに王城へとんぼ返りして日程報告した結果、まだ残っていた全員に渋い顔をされました。唐揚げが先送りにされたのが余程残念だったのでしょうか。
聖女様宛の文書は内容を何度も確認した上で、リリィさんのようなヴィジョン持ちがリレー方式で聖王都まで送り、そこで清書した上で聖女様に送ることとなった。
ということで、私は出発までの間、開拓村のこととかに専念できるかと思ったら、手紙用の紙と封書一式が屋敷に届けられていた。文面についても。何でも、こっちの言葉でいいから、私の直筆の返事を書いた方がいいらしい。そういう作法なのかな。とりあえず色々片付けながらやっていきましょうかと、留守中の報告をセインさんから受ける。
「虹芋が数日中に収穫できそう?」
「はい。なんでも開拓村の土地は土壌がいいのか、今までに植えた作物全般の生育がよいようです。今のところは試験的に植えている物が大半ですし、農地も整備が終わっていないのですが、本格的に始まったら農業だけで相当な収益が見込めそうです」
「わかりました。あまり期待しすぎるのもよくないですし、急ぎすぎて色々見落としがあっても行けませんから、じっくり進めましょう」
「はい。その方針はアラン様の方でも同じ意見です」
私が関わっているから、良い土になっているとか、そういうのがないことだけ祈りたい。
「それから、こちら。見つかったダンジョンですが、数日中に調査開始となります。腕の確かなものを集めているのと並行して、開拓村に移住した中からも調査に参加する者がおります」
「カイルさんが含まれていなければ問題ないです」
「……」
「まさか」
「はい、そのまさかです」
「何考えてんだか……」
一応は統治する側の人間で、かなり立場が上になってるはずなんだけど、血気盛んというか何というか。
「そちらに関しては周りが必死に説得しておりますので、大丈夫かと思いますが、出来ればレオナ様も説得して頂けると」
「私?」
「その、物理的な説得を」
「物理的?」
「調査当日に参加できない状況を作れれば大丈夫です」
それって肉体言語でわからせるって意味かしら……
「それから、油を絞る器械ですが」
「ええ」
「実に大変でした」
「え?」
「エルンスを徹夜させないのが、あれほど大変とは」
「も、申し訳ないです」
「いえ、私としても彼の健康と食欲、どちらを重視すべきか悩みましたので」
「はは……」
本人が進んでやってるぶんにはいい、のかな?でも、体を壊したら元も子もないからね。
「開拓村にそこそこの大きさの器械が設置されました。試運転をした結果が先ほど届きましたので確認を」
「わかりました……って、菜種も収穫できたってこと?」
「はい。こちらも想定以上に早く収穫できております」
「なるほど」
「ゴードル殿下から、「出来れば一樽欲しい」と頼まれておりますが」
「へ?」
「ラガレット王都近郊で作っていたのはお一方でしょう?」
「そうか。辞めちゃったから」
「はい。一応、他の地域では栽培しているそうですが、なかなか王都では手に入らない状況になりつつあって、王城の料理人が困っていると」
「うーん」
開拓村の目玉商品とするのはアリといえばアリなんだけど、そもそもラガレットで作られていた物。なんか、横取りしているような罪悪感があるのよね。
「殿下からは「油の絞り方が違うせいか、きれいな油がとれているようにも見えるので、是非」とも言われております」
「え?あー、そっか」
袋に入れて叩いて潰して絞る方式に比べれば、収量も多いし、不純物も入りにくい、のかな?器械の輸出も含めて相談としておいた。
あとは村の工事の進捗状況。今のところは問題なし……とはなっていない。全員やる気を出しすぎていて、ちょっとペースが早い。
こういう場合、どこかで「○○が出来ていないと意味がないものが先に出来てしまった」とか「道を通れない状況が何日も続く」ということが起こりがちになるので、アランさんたちが必死に調整しているとのこと。
「どこかでお祭り的なことでもやって数日休み、とかした方がやりやすいですかね?」
「それもアリですな」
まだ村としての体制が出来上がっていないので、お祭り的なものをやるのはどうかという意見もありそうだけど、何か理由をつければいいだろう。うん、領主の私がいいと言っているのだから、いいのです。
と、一通りセインさんからの報告が終わったところにコーディが入ってきた。
「こちら、どうにか仕上がりました」
「ありがとう」
なんかちょっとやつれた感じのコーディから紙を受け取り、目を走らせて……机にゴンと額を打ち付けるほどに突っ伏した。
「だ、大丈夫ですか?」
「うん……コーディ、ホントにこんなことが?」
「はい……完全に正しいかというと自信はないのですが」
「それは仕方ないけど……はあ」
聖女様から届いた手紙のうち、正式な招待状となっている分に関してはラガレットの協力の下、精密な翻訳がされ、王様にもその内容が伝えられた。
そして、ゴードル殿下が気を利かせて、別扱いにした一枚。意訳した内容は確認したんだけど、正直なところ疑わしいので、原本をコーディに訳してもらっていたのよ。
直訳でいいから、と。
コーディ自身、北部語の読み書きは完璧ではないし、わからない単語もあるだろうけど、それは構わない。本当にあの意訳を正しいものとして受け取っていいのか不安を感じて、コーディに訳させた。
ゴードル殿下のことを信用していないわけではない。が、聖女様ともあろう方があんなことを書くのだろうか、と。
「あの意訳をした方たちの苦労が偲ばれるわね」
「はい」
コーディには原文の書き写しと訳をそばに書くという、いわゆる対訳の要領で書いてもらった。
結果、いわゆる名詞、形容詞の三割くらいがコーディの知らない単語で「不明」となっていたんだけど、それでもわかる。これを仮にもこの国の貴族である私に直接渡してはいけないと結論づけた方々の配慮が。
「なんだろう……なんかこう、ピンク色と紫色が混ざったような変なオーラがでてる気がする」
「言ってる意味はよくわかりませんが、何を言いたいかはなんとなくわかります」
「本当にこれを聖女様が書いたのかしらと疑いたくなるわね」
「はい」
ますます本人に会いたくなくなってきました。
翌日から、現実逃避を兼ねて厨房へ。開拓村で試験的に絞られた油は想像以上の品質で、少し濾過するだけで使えるレベル。では唐揚げ食べ放題になるかというとそうは行かない。
菜種の生産量はまだ安定していないし、ダート豆だって、全部油に回したら色々困る。私としては油を絞る以外の用途にも使いたいし。
個人的には豆腐を再現したいところ。にがりが見つかっていないけど、探せばあると思う。というか、確か海水からとれたはずなので、海まで行けばきっとある。
最悪、岩塩から不純物を取り出したりすれば行けるかも、とか思ってるし。




