20-1
ラハムと別れ、フェルナンド王国の我が家へ向けて針路をとる。
このあたりを縄張りにしているドラゴンに話がついている――という体になっている――おかげで他のドラゴンに遭遇することもなく、まもなく山脈を越えるかというところで手紙が飛んできた。リリィさんからで内容はシンプルに一言。
「片付いたか?」
もう少し、こう、なんか無いですかねと思いながら、もうすぐ王国領内に入りますと返事を送り出しておく。
「ところでレオナ様」
「うん?」
「次のダンジョンはどちらに?」
「さあ……帰ったら神様に聞いてみないとねえ」
「もう少し間隔が空くとありがたいんですが」
「相手がある話だからちょっと難しいかもねえ」
ケンジとか言う奴がもう少しのんびりやってくれればいいのですが。
「そうですか」
「ん?何かあるの?」
「いえ。ただ、また次も外国語の勉強が必要になるかと思ったら憂鬱で」
「そっか」
「結構大変なんですよ。東部語って、文法がちょっと独特らしくて、難しかったんです」
「へえ」
「だから、次も東部語が通じるところか、北部語が通じるところならいいんですけど」
うーん、それ、フラグになるからね。
そんな他愛のない話をしているうちに私の領地、開拓村が見えてきた。
「うーん、改めてこう、上から見ると」
「ええ。村の規模じゃないですよね」
魔物や盗賊の侵入を防ぐための外壁こそ無いが、広さだけなら地方の街に匹敵するくらいの広さになっている。これでまだ住居の数だけで言えば半分程度なのだから、どんだけ大きくなるのやら。
「あ、あれ見てください」
「ん?」
「あの辺、畑ですよね」
「そうね」
おかしいな、すでに収穫が始まってるように見える。
「あれって、もう収穫できる野菜でしたっけ?」
「さあ……」
皆さんが頑張った成果、ということにしておこう。
そして街道沿いで待っていた馬車に乗り換え……ん?馬車のそばにシーナさんがいて、御者台が無人?
「タチアナは?いつも迎えはタチアナだったと思うんだけど?」
「それが、その……屋敷で大変なことになっていまして」
「大変なこと?」
「はい。やむを得ず出迎えが私だけになってしまいまして」
「一体何が?」
「手短にお話ししますが、まずは馬車へ」
「わかりました。コーディ、御者を」
「はいっ」
馬車が走り出し、シーナさんがこの数日で起こったことを簡潔に教えてくれた。と言っても、結構いろいろあって、話し終える前に屋敷に着いちゃったけど。
「ただいま戻りました!セインさん!」
「お帰りなさいませ」
「簡単に事情は聞きました。詳しい話を」
「はっ」
王都のほぼど真ん中に新しく店を開く。これは決定事項。
新しくと言っても、元々ある建物――日用品を売る店だったらしい――を食事の出来るように改装するので、立て直すよりは短期間で開店できる。
ここまでは問題なかった。
改装工事をするのは、専門の職人、要するに大工さんたち。腕は腕は確かで、信頼できる者と聞いていたので、すべてお任せ。と言っても、何が必要になるかとか、そういったところはクラレッグさん監修のもと、詳細が詰められていた。
ここまでも問題はなかった。クラレッグさんが少しばかりやつれた以外は。
さて、元々あったお店が閉店し、工事が始まると、当然街の人々の目に留まる。そして、こうなるわけだ。
「ここ、何が出来るのかしら?」
で、大工さんたちに口止めしているわけではないので、休憩しているときなんかに街の人が話しかけるわけだ。
「何のお店になるんですか?」
「うーん、詳しくは知らないが、新しく貴族になった方が経営する食堂らしいよ」
口止めしていない理由はとても簡単。後ろめたいことをしているわけではないし、これはこれで宣伝になるから。
だけど、そこから予想外の方向へ転がっていった。
新しく貴族になった方、というのは間違いなく私、レオナ・クレメル。貴族向けはともかく、平民向けに大々的に発表されたわけではないけれど、それとなく噂はされていて、名前自体はそこそこ知られているらしい。そして、少し前に貴族街に貴族向けの店を開いていたことは、商業ギルドに届け出ていることもあって、知る人ぞ知る情報。
そしてその店では、今までに無い、新しい料理が出るという噂がチラホラ。これは一部の貴族がお抱えの商人に情報を流していたためで、こちらも別に秘密にしていたわけではないから問題は無い。
一方、商人たちの間では、予約が必要な上、結構高いという噂もあって、
「まあ、俺たちには関係ないか」
「だな」
という感じだったらしい。貴族と取り引きのある商人といえど、クレメル家との取り引きがあるわけではないので、予約をしたくても出来ない謎の店という位置づけ。現代日本だったら、電話で「○日に×名で予約したいんですが」で済む話が、そう簡単にはいかないのがこちらの世界というわけね。
そこへ、同じクレメル家が経営する店が新しく出来るとなったら、どうなるだろうか。噂が噂を呼び、尾ひれと背びれが立派になった上に空飛ぶ翼がついたとしてもおかしくない、と。
んで、我が家の使用人たちも、何かと用事があって外に出る機会は多い。貴族といえど、青二才もいいところの新興貴族だから、食品から日用品の購入全てで商人を呼びつけるまでには至っておらず、彼らが店まで足を運んで買い付ける事は多い。量が多いときは配達してもらうくらいはするけどね。そして、そういう仕事としての外出では必ず家紋の入った服を着るのが決まり事。となれば、行く先々で聞かれるわけだ。
「あのお店はいつ開店ですか?」
「何を食べさせてくれるんですか?」
そして、翼の生えた噂はとんでもない方向へ向かっていった。そう、貴族たちの方向へ。
「新しい店ではまた新しい料理を出すと聞いたが何を出すんだ?」
「我々はいつそれを食べられるんだ?」
そして貴族の間で噂になれば当然王族にも伝わるわけで。
「こちらが昨日届いた書簡でございます」
「ええと……え?」
そこには「国王一家は三日後なら全員の予定を空けた。よろしく」と書かれていた。
「あの、これって……」
「はい。決定事項となってしまっておりまして」
「えっと」
「もちろん、レオナ様が不在故、確約は出来かねます……というよりも、予定ではまだかかると回答したのですが」
「ですが?」
「ダメでした」
「ええ……無茶振りされてもできないものはできないって答えたのよね?」
「はい。しかし、これを逃すと二ヶ月は先になってしまう。それは困ると」
困ると言われてもこちらも困るんですがそれは。
セインさんも何とかしようと精一杯のことはしてくれたのだろう。が、食欲という人間の三大欲求の一つが暴走してしまった相手には通じなかったと。
「それで、屋敷中、てんてこ舞いなのですね」
「はい。中でもタチアナには王都全域で全員のフォローに当たらせております」
「はあ……わかりました。で、私は何をすれば?」
「まずは国王様へ帰還の報告を」
「報告書はまとめておいたけど、こんな感じでどうかしら?」
セインさんがパラパラと確認……する程枚数はない報告書を斜め読みして頷いた。
「問題ないかと思います。ではそれを持って城へ。先触れは出しておきます」
「わかりました」
「それと、できればで良いのですが」
「うん?」
「なんとか日程を変更できないか打診していただけると」
「頑張ってみるわ」
結果が伴うかどうかはわからないけどね。




