19-13
「あとは私の頑張り次第かあ」
「レオナ様、頑張ってくださいね。私、ずっと見守ってますから」
「見守るだけじゃなくて手伝ってくれてもいいのよ?」
「それはちょっと……」
とりあえず、今すぐに何かということはないので、この場はこれで終了。私たちは一旦フェルナンド王国に帰り、色々報告、今後について相談だ。
ちなみにハンターギルドのプラーツ支部が店じまいするかどうかは、ギルドの判断に任せることとなった。ダンジョンがなくてもハンターの仕事はあるからね。
「待ってくれ。じゃない、待ってください」
と、帰り支度を始めようかというところにラハムがおずおずとやってきた。まだ巣に帰らずにこんなところで油を売っていたとは……うん、見ないようにしていただけです。
「……何かしら?」
「その、やっぱり何とかならない……なりませんか?」
「そう言われてもねえ」
私も何が何だか、だし。
「その、アレだ。多分ひどいことになるのだが、ちょっと見てもらっていいか?」
「ん?」
何をするのだろうかと思ったら、ラハムが大きく息を吸って上を向いた。息吹かな?
と思ったら当たりだったらしく、口を開いてゴオッと吹き出……え?
彼の口から吹き出されたのは炎ではなかった。なんか、口のあたりにバチバチと放電する球体が現れ、そこからビームっぽい真っ白な光の筋が放たれた。そしてその光はそのまま天高く、雲を貫いて……ああ、魔王の分体の時みたいに遙か彼方、宇宙空間の黒い空が見えた。
そして、周りにいた全員が腰を抜かしたり、アタフタと逃げ惑ったりしている。まあ、ドラゴンが息吹を拭いたらこの反応は当然でしょうね。
「いい感じじゃない?」
「どこが!と言いたいのだが」
「え?」
「威力が強すぎる。これじゃ狩りに使えない」
「そう?」
聞くと、ドラゴンは食べる肉を焼くという習慣はなく、ブレスは獲物を仕留めるための手段の一つとのこと。
ドラゴンに匹敵するほど大きな相手なら爪や牙の出番だけれど、そうでない小型の獲物の時は息吹の炎で一帯を火の海にすることで仕留めるんだって。実に物騒な生き物ね。
「あ、そうか。大まかに吹けば良かったものが狙いをつけないとマズくなったと」
「と言うか、これ、普通に吹いたら山すら貫通しそうなんだが」
「え、それはちょっと困るかも」
山脈の中で収まってくれればいいけど、そのまま人里まで貫通したりしたら、被害甚大だね。うん、なんて言うか……汎用竜型殺戮兵器が生まれた瞬間に立ち会ったのかも。ドラゴンは兵器じゃないけど。
「と言うことで、なんとかして欲しいのだが……」
「ええ……」
「それに体の色も変わってるだろ?」
「う、うん」
「他のドラゴンに示しがつかん」
「ゴメン、どういうことか意味がわからないんだけど」
ラハムによると、ドラゴンの体の色は幼少期から成体になるにつれて変化する一方、成体になると変わることはない。んで、ドラゴンって、成体になっても成長し続ける上に、お互いが顔を合わせるのは数十年単位で間隔が開くのは珍しくない。そして、それだけ間が開くと体格がひとまわり大きくなってたりするのはざら。
なので、彼らは体の色で個体を識別しているとのこと。
「へえ、ドラゴンってそういう文化なのね」
「いや、文化はどうでもいいのだが」
「どうでもいいなら構わないんじゃない?」
「その、文化では無いのだが、我が我として認識されないのだ」
「ん?」
「つまり、その……なんだ、このまま巣に帰ると「ラハムが倒され、他のドラゴンがやってきた」と認識されるのだ」
「ふーん……それが何か問題になるの?」
「大ありだ。「ラハムが倒されたなら、その縄張りを奪ってやろう」というドラゴンが一斉に押し寄せてくるのだぞ」
「え、ちょっと待って」
他のドラゴンがラハムを倒したと認識する。ここまではわかった。けどそのあとの「じゃあ、ラハムの縄張りを」の下りがわからない。
「今までラハムの縄張りを奪おうとしなかったのって、ラハムが強かったから、挑んでも返り討ちになるだけ、と思ってたからでしょう?」
「まあな」
「そのラハムを倒したドラゴンって、ラハムより強いから挑むのは危険、って考えないのかしら?」
「ん?なんで我より強いと考えるのだ?」
「へ?」
「我より強いドラゴンだから勝てるわけ無い、という考え方はドラゴンには無いぞ?」
「は?」
その辺を何度も聞いたのだけれど、全く理解できなかった。
普通に考えれば、「AはBより強い」「Bには勝てない」ならば「Aにも勝てない」と考えると思うんだけど、ドラゴンの場合「それはそれ」と言うことで、「Bには勝てないけどAに負けるとは思わない」という謎の思考があるらしい。
うん、理解するのをやめることにした。
「じゃあ、しばらくドラゴンが暴れるって事ね?まあ、人里離れたところでやってもらえれば別に」
「今まではな。だが、このブレスっぽい何かを撃ったら、向かってきたドラゴンに風穴が開くだけじゃ済まなくなるのだが」
「そこはもう、頑張って下から上に向けて撃つように」
「かなり難しいな……」
参考までにドラゴンの縄張りを巡る争いがどんな感じになるのか教えてもらうことにした。
「基本は、至近距離でのどつき合いだな」
「ほうほう」
「互いの爪や牙による引き裂きや、尻尾による殴打だ」
「おお」
怪獣大決戦かな。
「そして要所要所でブレスによる攻撃を入れて、相手の動きを阻害する」
「一つ質問」
「なんだ?」
「ブレスって、口から吐いてるよね?ドラゴンに効くの?」
「効くぞ」
ドラゴンには色々と種類があるという。厳密には種類と言うより個体差に近いらしく、同じブレスでも火、毒ガス、酸等、色々と有り、その組み合わせになっているものもあるとか。また、同じ火でも温度の違い、広がり具合といった違いがあるそうで、ラハムのブレスは本来、火、毒、酸が混ざっていたという。
「なんか、すごくない?」
「そうでもないぞ。我の親は闇を吐いてたし」
「なにそれ」
「よく知らんが、触れると我の鱗ですらボロボロに腐り落ちる」
「うわあ」
どこの中二闇魔法かしら。
と言うことは「AがBより強い」というのは、相性の問題も大きいので「ラハムには勝てなかったが、コイツには勝てるのでは?」というのはおかしな話ではない、ということね。
「レオナ様、というかラハム殿」
「ん?」
「そもそも、別人というか、別ドラゴンのようになっていますから、今さらどうこうできることはないかと」
「え?別ドラゴン?」
「そうね。確かに同じドラゴンというのは無理があるわね」
体の色もそうだけど、体格が一回りどころか二回りくらい大きくなったように見える。すぐそばにラハムと使い魔の戦闘の痕跡、ラハムの後ろ足の跡がある。ドラゴン全般がそうなのかは知らないけど、ラハムの場合後ろ足の方が大きい。んで、残っている後ろ足の跡よりも今の前足の方が大きい。
「た、確かに……」
「うん、色でも塗れば解決するかなと思ったんだけど、そう言う以前の問題ね」
「むむむ……」
「じゃあ、こうしましょう」
とりあえず、こうして見たらと言う策を告げ、納得させた。
「じゃ、いったん帰ります」
「は、はい」
「何か困ったらすぐに連絡を」
一応、こちらにもメッセージを送れるヴィジョン持ちがいる。フェルナンド王国の王都までは届かないらしいけど、ラガレット国境ギリギリの街には届くらしいので、そちら経由で連絡してもらえるとか。ま、その辺のやりとりの仕方は専門家にお任せしておこう。




