19-11
百メートルほど先、吹き飛ばした魔物たちの隙間に見えたコアに向けて魔法を放つと赤く輝く球が一直線に飛んでいく。そしてあと二、三十メートルほどで崩れ落ちてきた魔物に触れ、大爆発。直撃じゃないけど、間近で食らわせているからコアも無事では済まないはず……え?
嫌な予感がして慌てて飛び退くと、私がいた場所が吹き飛んでいた。
爆発がここまで届くのは予想していたけど、予想以上の威力で、何重にも張った障壁がバリバリと割れていく。明らかに威力がおかしい。私の魔法が強くなっているのは確かだけど、それ以上の威力……まさかと思うけど、ダンジョンコアって、魔法を反射したりするのかしら?
今までダンジョンコアの中に魔法を撃ってきたからこんなことは起きなかった、という可能性が……うーん。
「試しに……えい」
ピッと火の矢――最大威力ではなったのでほとんどレーザーのようになっている――を放つと、狙い通りダンジョンコアに当たり、跳ね返ってきた。
「うわっと」
跳ね返ってきた火の矢は飛び退いた先にあった壁に当たり、穴を開けた。
「いや、私の魔法でもこんな穴は開かないわよ」
ただ反射するだけでなく、威力を増して反射。悪意しか感じられないわね。
とりあえずこれでわかったのは、あのコアの元まで向かい、コアの中に魔法を撃つしかないってこと。
そして、こんな検証をしている間に、一旦は吹き飛んだ魔物がまたワラワラと集まりはじめていて、ダンジョンコアは見えなくなってきた。
「改めていく……ん?」
これは……急がないとマズいかも。
「フン!」
魔族の振るう拳を両腕でヴィジョンが受け止めるが、踏ん張りが利かずに吹き飛ばされる。
「なかなか頑丈だな」
二度三度バウンドしてからすぐに立ち上がり、向かってくるその姿に魔族が呆れる。
ドラゴンなら爆発四散しそうな力で殴ってるのに無傷。おそらくこれが、今まで送り込んできた魔王の配下や他の使い魔を撃退してきた者だろうと見当をつけ、全力で倒すことを改めて決意し、拳を固める。
「どりゃああ!」
振るってきた拳に拳を合わせると、地面がえぐれるほどの衝撃波が生まれ、双方が少しだけ下がる。が、すぐに踏み込んで一撃、また一撃。
力はほぼ互角……ではない。
コーディの目にはヴィジョンの方が分が悪く見えていた。
見たところ、あの魔族っぽいのは魔法の力でダンジョンを抜けてきたように見えるので、ダンジョンを愚直に駆けてきたヴィジョンの方が消耗しているというのもあるだろう。
また、体重も倍以上違うようだ。
疲労と体重差、これだけでもかなり不利だが、やはり根本的な力に僅かながら差があり、その僅かな差に疲労と体重差が加わった結果、簡単に覆せないほどの差に広がっている。そんなふうに素人目にも見える。
「フンッ……ってうおっ?!」
体格差は如何ともし難いが、小回りは利きやすく、スイッと懐に入り込むと殴りかかってきた腕をつかみ、背負い投げの要領で投げて頭から地面に叩きつける。この世界に柔道はないが、格闘、体術という概念は有り、このように背負って投げるのもあるにはある。が、背負い投げなどそうそう決まる物ではないし、魔族のいた世界でも似たようなものだったらしく、不意を突かれた形だ。
が、ダメージは今ひとつ。
頭が全部地面にめり込んでいるというのに、すぐに体を起こし、土埃を払い落とす程度。
「ちょっと……マズい、かも?」
逃げるタイミングを見誤ったかと、コーディは後悔しはじめていた。
マズい。
ヴィジョンと使い魔が戦いはじめたけど、互角どころかあちらの方が上。
今のところはなんとか食らいついているけど、もってあと数分……どころじゃないかも。
「急がないとね……火砲!」
行く手を塞ぐ魔物たちを吹き飛ばし、コアを目指す。
時間感覚操作百倍。
僅かにコアが見えたところで一気に加速してコアのそばへ。周りが距離を詰めてくる中、一点集中。
「ふう……滅却の業火」
コアの中へ魔法を放つ。今回はちょっと強めに。うまいことケンジがいて巻き込まれるといいな、と思いながら。
パキ、とコアにヒビが入り、パラパラと崩れていく。穴としての機能もこれで停止。あとはダンジョンが崩壊してくのに備えるだけ。
ゴゴゴとダンジョン全体から不穏な音がして揺れ出したのに、さすがに魔物たちが騒ぎ出し、我先にこの場を離れようとするが、ダンジョンから出る以外の安全策、ないのよね。
そして、バキッと真上が崩れたのに合わせ、上に向かう。
「もうちょっとだけ、待ってて」
「ふう……ようやくダメージが見え始めたか?」
ミドルキックで吹っ飛び、ヴィジョンがふらつきながら立ち上がるのを見て魔族が満足げに頷く。
「全く、こんな頑丈な奴、初めてだぜ」
両手をパキパキ鳴らしながらニヤリと笑い、姿が消える。
その場にいて、その戦いを見届ける程度に意識を保っていた者が全員「あっ」と思わず声を漏らしたのと背中に強烈な一撃を受けてヴィジョンが吹っ飛んだのはほぼ同時。
「グア……」
運がいいのか悪いのか、飛ばされた先はラハムの腹。全身ズタボロで気を失っていたラハムは衝撃で目を覚ましたようだが、動けるわけもなく、すぐにまた気を失った。
「さてと、まとめて全部片付け……おいおい、そんなんでも動けんのかよ」
呆れるを通り越したらなんて言うんだ?と魔族がぼやく。しかも、驚いたことに立ち上がっただけでなく、足を引きずりながらこちらへ向かってきている。しかもその目はじっとこちらを見据えたまま。
戦いはじめた最初の頃のままの視線は、ここまで来ると不気味ですらある。
「やれやれ……いい加減に……しろよなっ!」
ブンッと宙返りして頭の上に踵落とし。ズガンッと叩きつけられた頭が地面に沈み、さらに地面がクレーターのように沈む。
そして、右手の先に魔力を集める。
特に何かの系統の魔法ではない、魔族が生来持つ、単純な破壊をもたらす魔力の塊。
「いい加減に……くたばりやが「そうね、そろそろくたばって」
ドスッと首が吹っ飛び、一瞬遅れて体が倒れた。
「ふう、間に合った」
「カ……ハ……」
千切れ飛んだ頭はまだ意識があるのかこちらを睨んでいる。まあ、声を出す器官がないから静かでいいけど。
「火球っと」
頭と体それぞれに魔法を放ち、灰も残さず焼き尽くし、ヴィジョンを戻す。
「これで完了……ふう、ちょっとヤバかったわ」
やれやれ、です。
「レオナ様、なんとか無事に終わったんですね。よかった。心配してたんですよ」
「うん、心配してない感じだね」
「ええ、むしろ我々の方がヤバかったので」
「あはは……ラハム、生きてる?」
「さっきまでは動いてましたが」
「コーディ、さっきって、いつ?」
とりあえず微かに腹が上下しているので、かろうじて呼吸は出来ているようだ。近づいて、そっと触れると、ビクッと震えた。
「大丈夫よ。安心して。ヒール」
ポワンとラハムが光に包まれ……ちょっと大きいわね。もう少し魔力を込めないと全身に行き渡らないわ。
「ヒール……まだ足りないかあ……ヒール、お、いい感じかも」
両前脚がないだけで無く、全身至る所が傷だらけ。それも鱗が剥がれ、肉がえぐり取られて骨が見えているところもあるほどにひどい箇所ばかりで無事なところを探すのが難しいくらい、満身創痍。
これで良く生きているものだと感心するレベルの傷を治すにはかなりの魔力が必要で、ぶっちゃけ滅却の業火よりも大量の魔力をつぎ込んだかも知れないレベル。




