19-10
ちなみにコーディはレオナが負けるなど考えていない。本心から、何らかのどうにもならない事情があって、取り逃がしたと思っているが、ベアトリスは逆にレオナが負けた、倒された、と思っている。
そう、ドラゴンを軽く圧倒するような者がかなわない化け物がここにやってくると言うことは……ドラゴンであるラハムでも絶対勝てないのでは?と思っているのだ。
ベアトリスの認識はレオナが負けているかも、と言う部分以外は概ね正しいが、今はダンジョンから出てくるであろう化け物の方が問題であるため、慌ててダンジョンから距離を取る。と言っても、大して意味はないだろうとも思っている。精々、ラハムが戦うときに余波に巻き込まれないようにする、というくらいだ。
そして、その緊張はハンターたちにも伝わっていた。
「おいおい……マジか」
「ふう……俺、ここで死ぬのか」
「こんなことなら」
そんなぼやきが聞こえた瞬間、ソレは現れた。
「ほう、なかなかの出迎え「ガアアアアアッ!」
問答無用とラハムが炎の息吹を浴びせた。
「うわわわっ!」
「いきなりかよ!」
前触れ無く放たれた息吹に慌ててハンターたちが距離を取った。
ラハムは古竜までは行かないが、この辺りでは最強クラスのドラゴン種。そう簡単にどこの馬の骨とも知れぬ相手に後れを取るつもりはないのだが、どうやらダンジョンから出ようとしている者は馬の骨ではないらしく、本能が逃げろと告げている。だが、仮にもドラゴンがおそれをなして逃げるなど……レオナ相手以外には許されない行為だと、自らを奮い立たせる。
「ヌルいな」
吹き荒れる炎をものともせず突き抜けてきた影に素早く反応し、回避。
「フン!素早いな!」
「ガアアアッ!」
開いた口をガチンと閉じて噛み砕こうとするもスルリと避けられ、慌てて首を引くが一瞬遅く横っ面を強打される。
「ぐっ!」
「ハッハァッ!」
頭に二本の角、背中にコウモリのような羽を持った魔族。華奢な体格の割にうちに秘めた膂力は相当なものがあるのか、自分の体よりも大きなドラゴンの頭を殴りつけてもブレることはない。そしてグラリと体制の崩れたラハムに勝利を確信したのか、さらに追撃しようとした瞬間、ドンッとラハムの尾が打ち付ける。
「ぐぬぬ……」
「グ……」
だが、その尾を受け止めて持ちこたえるだけでなく、そのまま抱え込みラハムの巨体を持ち上げた。
「グォッ!」
「どりゃあああ!」
ズンッと放り投げられたラハムが地面に叩き付けられた。
「な、なんだ……アレは」
「う……動けねえ……ひ、膝が笑っちまって」
「俺なんか腰が抜けちまって……」
ハンターたちは全員固まって動けない。そんな中、コーディは
「あの羽、飛ぶためについてるんじゃないのね」
羽ばたいている様子も無く宙に浮いているのを見ながらどうでもいいことを思っていた。まだ付き合いが短いのにレオナに毒されすぎという自覚は……多少はある。
困った。全然数が減らない。いや、減ってるハズなんだけど減ったように見えない。それくらい大量に(ぎゅうぎゅうに)いたというわけで、正直うんざりしている。
爆裂魔法みたいな魔法を撃ってもいいんだけど、ほぼ一本道とは言え、ぐねぐねと曲がりくねった構造のダンジョンではあまり威力は期待できない……と思う。
やってみても良いけど、やってみて残念な結果だったらと思うと二の足を踏んでしまう。
「とりゃああああ!」
火砲を連発してもある程度まで焼き尽くすと威力が落ちる。そして空いたスペースになだれ込んでくるのでまた火砲。さっきからずっとこの繰り返し。ついでに言うなら、時々凍らせてやらないと、生焼けの臭いが……うぷ。
それもこれも、どういうつもりかわからないけどこっちに侵攻しようと企んでいるケンジとかいう奴が悪い!いずれこっちに来るのかも知れないが、その時は侵攻してきたことを後悔するくらいお説教してやろう。これでも子育て&孫育て&……で、子供を叱るのはお手の物。泣きながら反省文を書くくらいにはしてやろうと決めながら一歩ずつ進む。せめて真正面にコアが見えれば何とかなる……ハズ。
っと、ヴィジョンはどうなっただろうか。お、そろそろ外に出るかな。さすが私よりも速く飛べる子だ……って、ここまであの使い魔に遭遇していないってことは、おそらく外に出てしまっているだろう。
アレ相手だとあのドラゴンでも食い止めるのは難しいはず。まあ、必死に食い止めてくれることを期待するしかないか。
「邪魔!」
ボンッと風魔法レベル六、風裂弾を放ち、左右から寄ってこようとした魔物――魔族込み――を吹き飛ばす。
あともう少し、百メートルも進めばコアまで一直線という場所に着くはず。
グラリとラハムか倒れそうになり、「ぐおおおお……」となんとか踏みとどまる。
「ほう、なかなか頑張るな」
「ま、負けるわけには……いかないのだ!」
「その心意気は大いに結構。だが、無理はしない方がいいぞ?」
現実を見ろ、とその魔族は両手を広げてみせる。
直接の攻撃こそラハムにしか向けていないが、攻撃の余波は周りにいた者に多大な被害をもたらしている。直接的な怪我を負っている者は少ないが、恐怖で凍り付いていたり、失神していたりと、戦力としてカウントできる者は皆無。
今のところラハムとの戦いに専念しているからこの程度だが、ラハムが倒されたら秒殺されるのは間違いない。
「そろそろ面倒だ。一気に片付けるか」
右手に魔力が集まり、小さな光の球を形成し出すと、それがどんな被害をもたらすか想像のついたラハムが即座に飛びかかり左前脚で握り込む……すでに右前脚は引きちぎられているのだ。そのまま握りつぶせる……わけもなく、そのままスルッと後ろに下がり、光の球だけが残され、握り込まれた中で爆発を起こす。
「ぐおおお……」
「これで両前脚が吹き飛んだな。次は後ろ脚か?」
「ぐ……」
満身創痍のラハムを見ながらコーディは……とりあえずベアトリスたちの前に立ち、全員を自分の糸で繋ぐ。
「コーディ、あなた……」
「お気になさらず」
彼女らを守るつもりの行動なら称賛されそうだが、実際には「こっちに来たらこの人たちを盾にしよう」と腐れ外道なことを考えていた。
「フン」
ドムッと重く鈍い音がしてラハムが少しだけ浮き、ズシンと落ち……いや、倒れた。
「グハッ……」
「どうした?もう終わりか?」
「ま、まだだ……」
降参などしたら、いや、降参しようとしたことがレオナに知られたら、鱗の一枚まで素材として活用されてしまう。それも嬉々として。
それはさすがに勘弁願いたいと気力を振り絞る。
「そろそろ飽きた。死ね」
そう言って右手を突き出し、ラハムが覚悟を決めかけた瞬間、いきなり魔族が地面に叩きつけられた。
ヤバかった。あともう少し遅かったらラハムがやられてた。そんなギリギリのタイミングでヴィジョンがダンジョンから飛び出し、ケンジの使い魔を地面に叩きつけた。
見たところ上半身が地面に埋まっているので少しは時間稼ぎができそう……ん、ちょっと無理かも?とにかく急ごう。私の方もどうにかダンジョンコアまで一直線という位置に辿り着いた。あと少しだ。
「火砲!風裂弾!」
魔法を連射してコアまでの道筋……出来た!
「滅却の業火!」




