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他のダンジョンなら十層以上に潜ることになり、必然的に数日間、場合によってはひと月とかかけて潜って採ってくるような素材が二、三日、ものによっては日帰りで採取できるのはコスパもタイパも良さそう。両方ともこの世界にはあまり浸透していない考えだけどね。
それでも行くしかないと、五層に降りようとしたとき、そいつが現れた。
「全く、アイツら無能か?こんな小娘にやられるとは」
「……この私を相手にしたら、どんなに有能でも負けるわよ」
「ほう、すごい自信だな」
「一応ここまで負け無しだからね」
「なるほどな。確かに命のやりとりしてる現場だ。一度でも負けてたらここまで来れないよな」
これがまた身長三メートル近くの体躯に、なかなか立派な鎧を纏った騎士スタイルの魔族。既に抜いている剣はなんだか黒い靄が立ち上っていて、触れちゃいけないのが一目瞭然。
「一応聞くけど、誰?」
「魔王様に将軍の役目を仰せつかった、ルーカイ。冥土の土産に覚えておけ」
「将軍ね……つまり、あなたを倒せばあとは有象無象の兵ってことかしら?」
「まあな。新兵が多いのは確かだが、俺が直々に鍛えている。簡単に勝てる相手じゃないぞ」
いつも思うんだけど、彼らって、結構話に乗ってくるのよね。で、ペラペラと内情を話してくれることもある。負けるつもりがないからこそなんだろうけど……アレかしら。ご都合主義。
「ま、口上はいいわ。ぶちのめせば終わりだし」
「こっちの台詞だ……ぜ!」
言うが早いか、斬られたら絶対よくないことになりそうな剣で斬りかかってきたので、バックステップで回避。さらに踏み込んできたのを回避、回避。
「なかなか素早いな!」「あなたの太刀筋もなかなかね!」
さて、このルーカイは自分のことを将軍と名乗った。魔王軍にどういう階級があるのかは知らないけど、将軍と言う地位は上から数えた方が早いはずで、相当な実力があるはず。
そして、この踏み込みと剣戟の速さはリリィさんのそれと比べても遜色ないので、魔王軍でも最高戦力の一人であることは間違いない。
だけど、「将軍」という名前から想像するに、「軍」を率いる立場のはずで、ルーカイがさっきも言っていたとおり、兵を率いるのが主な仕事。こうやって先陣切って相手と切り結ぶのは最終手段。
ここからは完全に予想だけど、こういう一対一の戦いって、随分やってないんじゃないかな?
なぜなら、ルーカイの動きは後ろをまったく気にしていない。私がどちらに動いても常に私を真正面に捉えるように動いているのよ。
なぜか。ここからは完全に勝手な推測だけど……軍というのは軍隊と言うだけあって、複数の兵が陣形を作って動くのが基本。その陣形は原則、個々の兵の死角を互いに補うような形になっている、と思う。
うん、私、軍隊とか陣形とかサッパリだから完全に予想だけどね。
まあ、そんなわけで背中ががら空きなんですよ。
だから、
「ぬおっ」
「とりゃっ!」
「くっ!」
背後にヴィジョンを出し、膝裏を蹴ればこうしてバランスが崩れ、剣の間合いの内側に飛び込んでしまえばさらに体制が崩れる。
そして、体制が崩れたところに……え?
突然現れた影に、反射的に体を伏せ、ゴロゴロ転がるようにして離脱。
直後、ルーカイの体がずるりとズレて上下に分かれながら落ちた。
「フン……勘は鋭いようだな」
「誰?」
「知る必要はない」
「は?え?」
言いたいことだけ言ったらしいソイツはかき消えるように姿を消した。
無意識のうちに使っていた鑑定はホンの僅かだけ情報を教えてくれた。
ケンジの使い魔
「またか……」
多分、ロアに来てたアイツ同様、空間転移を得意として、外へ向かったのだろう。
「ぐ……あ……アイツ……クソ」
上下に斬られたルーカイは言うまでもなく瀕死。これ以上私が何かする必要はないし、せっかくなので聞き出せる限りの情報を聞いておこう。
「アレは何者?」
「詳しくは……知らん。少し前……魔王様から……アドバイザーだと……紹介……」
「アイツがこっちへの侵攻をさせたの?」
「あ……ああ。だが……信用ならん……と進言……したの……だが……」
そこまででルーカイが事切れた。
上下に斬られただけでなく、首筋にも深い切り傷が有り、背中から心臓部分をえぐるように突いた穴もあったから、ほぼ即死。私がこれだけ聞き出せたのは奇跡的だったと思う。
さて。
アイツが外へ向かってしまった。
背後からの不意打ちとは言え、ルーカイを一瞬で倒した実力は相当なもののハズ。ダンジョンの外にいるラハムでどうにかできる相手かというと、微妙かな。
でも、五層目前まで来ている状況で引き返すのは愚策だと思う。
将軍や使い魔がこちらに来ていると言うことは、穴はかなり大きくなっているはずで、魔王がこちらに来るまでそんなに時間はないだろうし。
そして何よりも
「コール!」
戻していたヴィジョンを呼び出して命じる。
「ダンジョンの外へ向かって!アイツを足止めするのよ!」
瞬時に金色の矢のように飛び出していったヴィジョンを見送る。
私の成長に伴って強くなっていくヴィジョン。現時点で私の風魔法を使った飛行速度よりもヴィジョンのどういう理屈かわからない飛行速度の方が速い。
私はダンジョンコアの破壊を優先。ヴィジョンでアイツの後を追う。今は多分これがベストだと思う。
……ヴィジョンではアイツに勝てそうにない、というのが唯一の不安材料かしら。
私は一刻も早くダンジョンコアを破壊すべく、五層へ踏み込んだ。
「うげえ……」
魔族が率いてきた魔物たちなのか、ダンジョンに元々いた魔物なのか、まったく区別がつかないけど、魔物がうじゃうじゃいた。
マップ全体が埋め尽くされていて数はまったくわからない。
マップに表示されるのは点のハズなのに、面になってしまっている、と言えばわかりやすいかな。
とにかく、それくらいに大量にいる。マップ表示を見るまでもなく私の目の前に。
「一秒でも早く片付ける!」
距離が近すぎて滅却の業火とかは使えない。私も巻き込まれるから。ということで火砲で吹っ飛ばすと一応空間ができるんだけど、すぐに埋まる。
ちょっと多すぎる。多分、朝の通勤時間帯の山手線よりも密集してるかも知れないくらいに。そして先頭の方にいた魔物たちは、私の魔法に一瞬怯んだけど、すぐに状況を理解したらしい。彼らの将軍が倒れたことと、私が攻め込んできた相手、倒さねばならぬ相手だということを。
将軍を倒したのは私じゃないんだけどね。
「ま、いいわ。全部まとめて……食らえ!」
火砲を撃ったあと、すぐに風裂弾という空気を圧縮して破裂させる魔法を放つ。だいたい直径数センチの球体が数十メートルまで膨れ上がるので、火のない爆弾みたいな物。
至近距離で食らえば、頑丈な魔物であってもひとたまりもなく、あっという間に二、三十メートルほどの空白地帯ができた。
が、すぐに魔物たちが押し寄せてくる。
マップで見る限り、減ったように見えないのがポイントかしらね。
でも、これを繰り返しながら進んでいくしかない。
「行くわよ!」
パン、と両頬を叩いて気合いを入れ、ゆっくりと魔物の群れに向かって歩き出した。
「ん?何か来るな」
「どうしました?」
「ダンジョンの中から……外までわかるほどの威圧感を放つ者が来る」
ラハムがゆっくりとその巨体を起こし、ダンジョンの方へ向き直る。
ベアトリスが心配げに近づくが、
「離れていろ。我でも勝てるかどうか、という相手だ」
「え?あ、あの……レオナ様は?」
その問いにコーディが答える。
「おそらくダンジョンの中で行き違いになったか、何らかの理由で取り逃がしたか」
「そ、そんなっ!」




