19-6
ロアのダンジョンでレオナの強さを実際に見て、肌で感じていたコーディは、今回のダンジョン行きに特に不安は感じていなかった。せいぜい、ダンジョンが結構深いらしいので、何日かかるだろうか、ということと、帰ってきたときのために食事やら着替えやらの支度が必要になるから……と既に先のことに意識を切り替え始めていたところで、それは起こった。
レオナがダンジョンに踏み込もうとした瞬間、ダンジョンから何かが飛び出してきてレオナを飲み込んだのだ。
「なんだ?!」
「何が起きた?!」
ハンターたちの動きは素早く、サッと周囲を囲むように動き、武器を抜いたものの、そこから動けなくなっていた。
「な、なんだ……コイツはっ」
経験を積んだハンターにもわからない化け物。
見た目はほとんど蛇といってよく、ダンジョンの入り口――直径五メートルほどの丸い穴――がちょうどよいくらいの太さで、グイと持ち上げた鎌首は十メートル以上の高さ。
左右に二つずつある赤い目に、チロチロと伸びる長い舌。
巨大な蛇としか表現しようのない魔物だった。
「クソッ!全員戦闘態勢!」
「「「おう!」」」
ハンターたちが武器を構える中、コーディはその蛇の向こう側の方がさらにヤバイ、と睨んでいた。
「そこの女!後ろに下がれ!ベアトリス様も早く離れて!」
「は、はいっ!コーディさん!こちらへ!」
周りが下がるように言っているが、下がったところでどうにもならないだろうし、下がる必要も感じていなかった。
「ほう……結構な出迎えだな」
蛇がズリズリとその体をダンジョンから全て出した頃、その後ろから身の丈三メートル、頭に二本の角の生えた、どこからどう見ても普通の人間に見えない……魔族が現れた。
「ぐっ……な、なんだアイツは?!」
誰かの叫びにコーディが代わりに答えてやる。
「魔族……ですね?」
「ほう、よくわかったな?」
「ま、まあ……なんというか、似たようなのを見ましたから」
トラウマレベルで。
「そうか。なら話は早いな」
そう言って、蛇を見上げ……ギロリと睨み付けると、蛇がズズッと後退る。
どうやら協力関係にあるのではなく、ダンジョン内に満ちてきた瘴気で変異しただけの魔物が、この魔族に追い立てられてきただけのようだ。
「さてと、まとめて片付けておくか」
そう言って一歩踏み出そうとした瞬間、蛇の首がズバンと破裂した。
「ん?なんだ?」
魔族が困惑している前で首の千切れた蛇がズンと倒れ、
千切れたところからレオナが這い出してくる。
「うぇぇ……臭い」
まったく、粘液まみれの私なんて、どこに需要があんのよと心の中で悪態をつきながら這い出す。思ったよりも蛇の内臓が衝撃を吸収する……つまり、柔らかかったせいで脱出に時間がかかってしまって、このひどい状態。
魔法で洗浄……の前に、相手をしないといけないのがいるわね。
蛇の方は、首を破裂させた結果、痛みにのたうち回っているので、放置でいいだろう。
「で、そっちは魔族ね」
「お前は一体何なんだ?」
「ダンジョンに入ろうとしたら運悪く蛇に飲み込まれただけの……あなた方のもくろみを叩き潰しに来た者、と言えばいいのかしら?」
「ほう、俺たちのことも詳しいようだな」
「そうね」
「じゃあ、俺たちの目的も知っているな?」
「ええ。そして私たちとは相容れないことも、ね」
「おいおい、意見が一致してるじゃねえか」
ニヤリと笑い、グッと溜めてから一気にこちらへ飛び出してきた。
ので、そのまま顔面に向けてカウンターのパンチを放つ。
ズドン
当然あちらも固めた拳をこちらにぶつけてきたけれど、それは私の展開した障壁で食い止める。逆に私の拳はあちらの障壁を突き破り、そのまま顔面を捉える。
「ぐぉぉっ!」
苦悶の声と共に吹っ飛んでいったところを追っていき、体勢を立て直そうとした脳天にかかとを落とす。
「ぐはっ」
ガゴッとそのまま地面にめり込んだところに手のひらを向ける。
「火球!」
ズンと重い衝撃と共に魔族の体が一瞬で炭化した。
「ふう……こっちは終了」
蛇の方は……まだビクビクと動いているけれど、あの状態で生き延びることは無いと思う、多分。
とりあえず自分に洗浄の魔法をかけて洗い流して改めてダンジョンへ行こうとしたら……今頃来たのか。
「のわあああああ!」
「こ、今度はドラゴンがっ!」
再び現場は大騒ぎになってしまったのと、もう一つの理由で不機嫌そのものといった感じでドラゴン、ラハムに告げる。
「来るのが遅い」
「す、すまぬ……」
「ま、いいわ。ここ、よろしくね」
「うむ」
この蛇くらいなら軽くあしらえることを確認して改めてダンジョンへ……の前にコーディに。
「できるだけ早く帰ってくるけど、危ないと思ったらすぐに逃げてね」
「わかりました」
「では、行ってきます!」
このダンジョン、階層の広さもあまり広くなく、深さも五層と浅い。浅いんだけど、三層から急に魔物が強くなるので、難易度の高いダンジョンとされているとのこと。
私には関係ない話だけどね。
ちなみにあの蛇は四層にいる、ロックバイパーという魔物らしい。大きさが明らかにおかしいけど、頭の形とか模様とかの特徴はロックバイパーで間違いないとのことで、ダンジョン内に広がりつつある瘴気の影響で巨大化したのだろうと言うことを伝えておこう。
「ダンジョンの中、こんなのばっかになるわ」
「マジかよ……」
「自分なら大丈夫、と思うなら中へどうぞ。でもあまり長居するとダンジョンが崩れるのに巻き込まれるから注意してね」
「お、おう」
改めてダンジョンに向き直り、そっと中へ。うん、今度はいきなり私を飲み込むような魔物はいないわね。
「うーん、大して広くないのはありがたいけど、なかなかの密度ね」
一層はほぼ一本道。分岐しているのはだいたいが行き止まり、一部は分岐同士が繋がっているという感じの簡単な構造なので、進みやすい。
どうやらただの偵察で、ちょうどいい感じに育った蛇がいたから追い回しながら外に出てきただけだったみたいね。
「ん?ハンター?」
「ロ∃オザふ-ニ∇≒こむ∞だヱこっへ×ヲr∃∞キ」
うん、何言ってるのかサッパリわからない。
でも大丈夫。こんなこともあろうかと、紙に書いてもらったものがあるのよ!
ということでスイッと見せると、恐る恐る受け取り、読み始めて……顔が青ざめていく。
……私の悪口が書かれてたりしないわよね?
四人は書かれている内容が信じられないのか、何度も読み直し、何か話し合った後、紙を返してきた。
「じゃ、外へ逃げるのよ」
「υドスe≒i☆±+ぞ+☆*※△*たし△zらzど」
ホント、何言ってるのかサッパリわからないわ。だけど、外に向けて歩き出したので軽く見送っておく。
幸い、あの蛇みたいなトンでも魔物は見当たらないので、無事に出られると思う。
さて奥へ行きましょうと、探索再開。あっという間に二層に到着した。
こちらも分岐の数こそ増えているものの、基本的には一本道の構造でひたすらまっすぐ進むだけ。
魔族とかヤバそうなのが隠れていないか確認はしてるけど、その様子は無し。順調なのはよいことね。




