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「あと、フォーデン領というのは?」
「ちょうどここから真っ直ぐ山脈を切り拓いたらフェルナンド王国のフォーデン領になるわ」
「何か問題のある方が治めているのでしょうか?」
「問題はないわ。とてもいい方よ」
ある意味とても良い領主だと思う。ちょっとぶっ飛んでるかも知れないけど、領民思いのいい領主……のはず、うん。
とりあえずベアトリスさんからディガーさんたちに、今までどのように治めてきたのかを聞かせてもらい、それを今後どうしていくか、話し合ってもらうことにした。私?まとめ終わったところで「良きに計らえ」でいいと思ってますよ?と言ったらこう言われた。
「え、それは領主としてどうなんですか?」
「どうって」
「だって、領主ってことは、領民からの税で色々とやっていくわけですよね?」
「まあ、確かに」
「税率をどうするとか、そういうのに意見を出して欲しいんですが」
「うーん」
「そこ考えるところじゃないですよね?だって、税の中から領地を治めるための費用を出して、私たちを始めとした色々な人に給料を支払って、その残りで領主様であるレオナ様が生活するわけでしょう?」
あ、根本的に認識が間違ってたわ。
「私、ここ以外に領地があるんですよね」
「え?」
「あと、フェルナンド王国からも給金が出てますし」
「は?」
この辺の認識は正しておこうと、私の領地がここだけでなく開拓村――既に村の規模ではない――があり、開拓村の慣例で数年間は税を納める必要が無いということ。その一方でその開拓村を中心に産業を興し始めており、軌道に乗ったらかなりの利益が見込めそうだと言うこと。そしてそれとは別に店の経営に取りかかっており、既に結構な利益が出始めていることなどを伝えた。
「店……ですか」
「あー、やっぱりこっちでも貴族が店の経営をするのって珍しいですか?」
「そうですね。オーナーとして名前だけというのはありますが」
「ラガレットでもあまり聞きませんし、他の国でも聞きませんな」
ディガーさんからも普通はありませんと言われてしまった。
「それに、なんかおいしそうですね」
「あはは……ゴタゴタが落ち着いたら招待しますよ」
パッと目を輝かせましたよ。うんうん、やっぱ女性、甘いものに目が有りませんね。
ベアトリスさんの「絶対ですよ?約束ですからね?」にちょっと引きながら、一旦帰ることにした。本当は一泊してからでもよかったんだけど、この調子だとさらに何を言われるかわからないので。
あとのことはディガーさんに任せてめいっぱい飛ばしてフェルナンド王都まで。深夜の帰宅となったけど、ほぼ全員が出迎えてきた時点で色々ブラック臭が出てきているな……
翌朝、その辺を指摘し、夜半過ぎに起きていて良いのは警備の者だけと言うことを再徹底しつつ、僅か一日留守にしただけなのに色々起きたことの報告を受ける。
まずはスルツキからの砂糖。
工場の試験稼働が開始。機械の方はともかく、それを使う人たちの習熟を兼ねた稼働なので、量は少ないが、質は当初予定通りらしいのでクラレッグさんへ届くように手配しておく。普通に流通している砂糖との違いは、相当繊細な舌の持ち主ならわかるかな、と言うレベルらしく、加工してしまうとわからないだろうとのこと。とりあえずこれで試作した物を誰かに食べ比べてもらって……適任は侯爵家くらいか。
なお、輸送路のチェックをフォーデン領の方々がしているそうで、明日にでも一旦報告に来るとのこと。ダンカード伯爵領から王都までの何カ所かで補修が必要そう、という速報が入っていた。
普通に行き来するぶんには問題ないが、これから頻繁に行き来するなら先行して直しておくべきだろう、と。こちらは開拓村から人を出す予定。開拓村も人の余裕はないけれど、クレメル家の使用人で道路の工事が出来る人なんていないからね。
油に関しては開拓村に器械を設置して試験稼働開始。夕方までにある程度の量をこちらへ持ち込むとのこと。動きが速すぎると言ったら「それだけ期待してると言うことです」と異口同音に返されたので、それ以上は何も言わないでおいた。
領地の代官としてベアトリスさんをと言う件は、一旦国王へ書面で報告となった。ダメと言われることはないだろうけど、筋は通しておかないとね。
そしてそれから五日間。油が届いて唐揚げを量産したり、量産したり、量産したり……って、唐揚げばっかり作ったら両隣――もちろん貴族だ――からクレームが来た。「ものすごくうまそうな匂いがしてきて、仕事が手につかなくなっている」と。これ、ウチが悪いのかしら?
とりあえず謝罪がてら、というか、謝罪メインで試食できるように持っていったら逆効果になって両方とも夕食に招待することになった。
一応、派閥的にはオルステッド家の派閥になるし、仲良くしていて損はないし、ご近所づきあいって大事だし。
でも、こう言ってはなんだけど、クレメル家の敷地って結構広いのよ。それなのに唐揚げの香りが隣にって……うーん。
「風向き、ですな」
「風向きか……」
これから試作するときは魔法で風をコントロールしながらにしようと決めた。まあ、どうでもいい話か。
そんなこんなで、プラーツのダンジョンへ向かう日となった。
「あ、見えてきましたね」
「へー、あそこが」
いつもはダンジョンへ直接乗り込んでいるんだけど、今回は一旦プラーツへ立ち寄り、そこから馬車でダンジョンまで向かうことにした。馬車で一時間という程良い距離を進む先にダンジョンとその周辺の建物が見えてきた。
「ハンター協会の出張所と、素材の買い取り、武器の販売メンテに飲食、色々揃ってるんですよ」
「なかなか活気のあるダンジョンと言うことですか」
「そうですね。だからあれが潰れるとなると結構痛手です」
「なるほどね」
でも、潰さなければダンジョンの奥から魔王が軍勢を率いてやって来てしまう。
経済的な痛手と、街もろとも吹き飛ばされるのとどちらがいい?なんて聞くまでもないことはベアトリス嬢も理解している。ただ単に「ちょっとこの先が不安です」という愚痴だ。
「ま、先のことは追々考えていきましょ。まずは目先の大きな問題の解消からです」
「そ、そうですね」
そんな馬車の行く手には、ずらりと並んだハンターたち。どうやら私を待っていたらしく、馬車を降りるなり、怒声が。
「貴様か?!ここの閉鎖をすると言っているのは?!」
「はあ……初対面でいきなり貴様呼ばわりされる覚えはないんだけど」
「うるさい!このダンジョンが閉鎖されて、どれだけのハンターが困っているのかわかっているのか?」
うん、話がちゃんと通じていない。
コーディを引き連れてスタスタと歩いて行くと、一番騒がしい男がすらりと剣を抜いた。気が早いなあ……
「勝負だ!俺が勝ったらダンジョンには自由に入らせてもらうぞ!」
「へへっ、お前が負けても俺が続くぜ」
「おっと、お前にばかりいいかっこはさせないぜ?」
「俺がいるのも忘れるなよ」
仲が良いというか人望があるというか。
「一応聞くけど、全員まとめてくる?それともひとりずつ?」
「おいおい、本当に嬢ちゃんひとりだけか?」
「やー、こわいなー」
「ワハハハハ」
ひとしきり――なんで私が待たされるのだろう?――笑ってから、いきなり真面目な表情になって告げた。
「一対一だ。卑怯なまねはしないさ」
「ひゅー」
「格好つけやがって」
何だろう……既にちょっと疲れてきた。私、体育会系って苦手なのねと再認識。もっと爽やか系が良い。決して贅沢をいってるつもりは無いのよ、私としては。




