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「もしかして、思慮深くない方?」
「我々も隅々まで情報収集はしていませんので断言はできませんが、比較的優秀な方とは聞いてます」
「じゃあ、父親が処刑されてからの逃亡生活で、まともな思考ができなくなっていただけなのね」
「そうでしょう。話した限り、キチンと筋は通せる方と見受けられました」
「そう。なら……彼女を代官にしましょう」
「フム。いい考えですな」
ディガーさんたちは外交官として帝国にいて、東部語も堪能だし、文官としても優秀なので代官となっているけど、ベアトリスならどうだろうか?
プラーツが帝国に組み入れられる前に生まれていて、それまでのプラーツのことをよく知っている人物。領主と領民の距離が近かったこともあって、彼女自身も領民によく知られている。
あとを継ぐには適任と言えるだろう。
最終的には彼女の意思を確認しなければならないが、そこは「お父様の遺志を継いでください」とでもいえば、コロッといくだろう。
そんなふうに「今後どうやって彼女を持ち上げて代官として担ぎ上げるか」を打ち合わせ、夕食の時間となり、ベアトリスにも同席してもらう。今後についての難しい話は明日にするとしても、食卓を囲むことに否はないらしく、快く席についてもらったが、出てきたものに眉をひそめていた。
「これ、何ですか?」
「ラガレットにも農作物の育ちにくい、痩せた土地はあちこちにあります。そうしたところで育てられている作物でして……」
見たことない食べ物に警戒するのは当然ですねと、ディガーさんが黒麦について説明し、是非ともこのプラーツでも育ててみてはと熱弁を振るう。まあ、彼女が納得しなくても試しに栽培することは決まっていて、各地に種は持ち込まれているんだけど。
「ふーん……なんだか不思議な……香り?」
「でしょう?今回はシンプルに焼いたところに野菜とソースですが、ベーコンやチーズを乗せても絶品ですよ」
「そう……なの?」
私に視線を向けられても。
「うーん、フェルナンド王国にはない作物ですから私からは何とも」
「そう」
「ただ、私としてもこれは工夫のしがいがあるかなと」
「工夫?」
「色々な食べ方ができそうです」
「レ、レオナ様!色々な食べ方とは?!」
そこでディガーさんたちが食いつくのかーい。
「ま、まあ……何というか、粉ですから。小麦粉の代わりに使えるのではと色々と考えているんですよ」
「ほうほう」
だから、ベアトリスさんよりもラガレットの方々の方が食いつきがいいのはどういうことなのよ。あなたたちが持ち込んだんだから、もっと色々知ってるのでは?
「うーん……」
「栽培は難しくないと聞いていますので、是非とも前向きに検討したいと」
「ですが、ご存知のようにプラーツは農業はあまり盛んではありませんので」
「ええ。ですが、今までのように食べる物を買うことは出来ないと思いますよ?」
「え?なぜです?」
「なぜって……今までは隣の領地から購入していたのでしょうけど、国が変わってしまいましたし」
「あ……」
プラーツとその近隣いくつかの領地は元々は帝国とは違う国だったが、帝国の侵攻により組み入れられた。が、領地の形としては残され、領民たちの暮らしもそれまで通りだった。が、今回の騒動で、プラーツだけが帝国から切り離されてしまったため、食料を購入するイコール輸入になってしまう。住んでいる者達はそれまで通りと思っていても、国が変わってしまったというのは事実で、気軽に輸出入はできないだろうというのがディガーさんたちの意見。
元々一つの国だったのが帝国に飲み込まれ、一部だけ外に放り出されたというのはとても歪な感じがする。そして、その歪さを帝国はどうするだろう?「食料を購入したい」という話が出たとき、各地の商人は「わかりました」と気軽に売ろうとするだろう。それが個人が家族で食べる分を買うくらいの小さい規模なら、特にどうと言うことはないだろうけど、村単位、街単位……つまり、商会が仕入れるレベルになったら、帝国はどうするだろう?
しばらくの間は皇帝が偽物だった件、で引け目を感じて何も言ってこないだろうけど、いつまでもその状態が続くだろうか?
それ程経たずに新しい皇帝を担ぎ上げるらしいけど、その皇帝がゴタゴタの経緯についてあまり深く知らず――知らされず、かも?――他国に対して食料をバンバン輸出しているというのをよく思わない可能性は低くない。
一方で痩せた土地をどうにかするというのは大変だ。黒麦は痩せた土地でも育つので、栽培しながら、刈り取ったあとの茎や葉を土に混ぜ込んでいけばある程度肥沃な土地になるかも知れない。
だけど、それはあくまでも表層だけ。
本格的に豊かな土地にしようと思ったら、ひたすら植えては埋め、植えては埋めを何十年という単位で繰り返さなければならないのかな。となると、黒麦を植えた程度では焼け石に水。むしろ、工業面での強みを生かす方向にシフトし、食料はどうにか持ち込むように……うーん。
開拓村から気軽に来られる場所ならすぐにでも流通網を構築すればいいのだけど、ここから山脈を切り拓いて道路を通しても繋がる先はフォーデン伯爵領なんだよね。伯爵夫婦はとても気さくでいい方たちだ。私や開拓村にも色々協力的で、良い関係を築けていると思う。が、山を切り拓いてとなると話は別。
書類上は外国ではなくなったけど、今まで一切行き来のなかった地域との交流がいきなり始まるのはさすがにちょっと負担が大きいと思う。スルツキの件とかで忙しいだろうし、フォーデン領にあったダンジョンが一つ潰れたことによる影響も出てくるだろうし。
「相談するだけしてみるか」
「え?」
「この領の運営について」
「領の運営……わ、私が代官では不満なのでしょうか?」
「そうじゃないけど、食料をどうするかとか、鉱石や糸、布をどこに売るかとか、今まで通りとは行かないでしょう?」
「う……た、確かに」
「そういうノウハウを持ってそうな人に相談しようかなと」
「そういう伝手があるんですか?」
「あるというか……あ、そうか。ベアトリスさん、私ってどんなふうに見えます?」
「どんなふう……えっと、フェルナンド王国の貴族ですよね?」
「ええ」
そこは昨日説明したっけ。爵位がないとか驚かれたけど。
「うーん……国王にも意見できる……とか?」
「わかりやすく言うと、国内最強の貴族が私の後見で、その貴族家の娘が嫁いだ先が山脈を越えたところの領主なのよ」
「はあ」
山脈越えると言われてピンとこないよねえ。
「山を切り拓いてフェルナンド王国へ繋ごうとしたら、フォーデン領と無関係とは言えないし……」
「あの……」
「何かしら?」
「二つよろしいですか?」
「どうぞ」
「あの山を切り拓くと聞こえたんですけど」
「ええ」
「切り拓くと……」
「言いました」
「できるんですか?」
「私よりもむしろラガレットの皆さんの方が詳しいかも知れませんよ?」
「え?」
ディガーさんたちの方を見ると、ウンウンと頷いている。
「フェルナンドとラガレットの間の山、私が切り拓きましたから」
「ええと……」
「言っておきますけど、ツルハシを振るったわけじゃないですからね」
「そ、そうですか」
ホッとしているのは本当に私がツルハシを振るっていたらどうしようかと考えていたと言うことかしら。全く失礼な話ね。




