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あとは領内の状況をもう少し詳しく聞いておこう。
もともと農作物の栽培には向かない土地らしく、何を植えても出来は普通の土地の半分以下。しかも農業系のヴィジョン持ちが参加しててこれ。何かの事態で参加しなかった場合、まったく収穫できないのは珍しくない。そういう土地がプラーツ。
といっても別に貧しい領地ではなく、いくつかの鉱山があるほか、綿花や絹糸をとるための蚕の餌、桑はそれなりに育つらしく、工業系の産業で得た収入で他の領から食料を買っていたので、実はそれ程困っていなかった。
が、皇帝が変わり、税が跳ね上がった。
それも歪な方向へ。
こういう土地なら農作物ではなく、工業製品を税として納めるのが普通だろうに、なぜか他の土地同様、小麦を始めとする農作物も納めよ、と。そこで仕方なく畑に力を入れようとしていたが、元が元だけにうまくいくはずもなく、他から買い付けて納めるしかないという……なんだかな。
領主が色々と奔走しどうにか、という状況までこぎ着けかけたが、近隣の領もそれほど余裕があるわけでもなく。仕方ないので、領主自ら皇帝に「少しは各領の事情を鑑みて欲しい」と、上申する決意を固めて帝都に向かったのだそうな。
と、ここまでの話はだいたい今までに聞いていた内容。少し細かい捕捉をもらったので私としてもありがたいのだが、この先が酷かった。
皇帝が偽物だったとか、領地がラガレット……じゃない、フェルナンドのクレメル家の者となった流れは、実は後付けだったのだそうだ。どういうことかというと、元領主様、皇帝(偽物)に「これでは我が領民は全て飢え死にしてしまう。これまで通り鉄や絹織物などを納めるようにして欲しい」とやった直後、床の染みになったそうな。そして皇帝が言ったのはたった一言。
「床が汚れたな」
ちなみに私たちが帝都に乗り込む数日前の出来事。もう少し私たちが早く動いていたらとも思うが、今さらの話。そして私としては、そんなよくできた元領主のやり方は踏襲しつつ、他領に頼らないやり方を模索しようという方針は好ましいと思う。時間はかかるだろうな。
「それから……」
「ん、ちょっと待って」
「どうかされましたか?」
「こっちに誰か来るわ」
「え?」
ディガーさんがドアの方を見るが私が指したのは外。
「あちらから……領都に馬車で入ってきてます」
「馬車で?」
直前まで色々あった領地だから荷馬車でない、人が乗る専用の馬車なんて貴族くらいしか持っていない。そして、その貴族たちは運び込まれた食料を各地へ運ぶために東奔西走中で、数日は帰ってこないはず。
一体誰だろうかと思っていたら馬車はそのまま領主の屋敷へ……そのまま敷地内に入ってきた。一応、形だけではあるが立たせている門衛も止める様子がないのは、馬車についている紋章のせいかな。たしか元領主の紋章のはず……って、誰?
出迎えが必要かしらと逡巡している間にあちらは勝手に玄関から入ってこちらへズンズンと。大きな足音をさせながらとか、躾がなってないわね。
「出て行きなさい!ここは私たちが治める街よ!」
「「「誰?」」」
ドアをノックすることもなく、バン!と開いて入ってきたのは金髪縦ロールが見事な令嬢。そのあとを慌てて侍女っぽい方が二名入ってきた。
「何してるの?!さっさと出て行きなさい!」
「だから、誰?」
「……ベアトリス、ベアトリス・レティツィア・プラーツよ」
うん、だからそれは誰なの?姓がプラーツってことは?と思ったらディガーさんが答えてくれた。
「ここの元領主、ベルナール「元じゃないわ!現役の領主よ!」
亡くなった方は現役じゃ無いと思うけどなあ。
とりあえず、元領主の一人娘ということはわかった。そして、とても微妙な立場だということも。
領主というからには貴族階級だろうけど、肝心の領主が皇帝に処刑されている。
帝国の法がどうなってるか知らないけど、普通に考えたら処刑される時点で領主は貴族籍から抜かれるはず。つまり、このご令嬢は平民となっているはず。
なんだけど、私の活躍(?)で皇帝が偽物だと判明し、処刑自体が無効になった。亡くなった方は帰ってこないのはどうにもならないとしても、領主の立場は回復するので、このご令嬢も貴族の娘の立場を回復するはず。そして、どうやら元領主のベルナールにはベアトリス以外の子がいないので自動的にベアトリスが領主の地位を引き継ぐ事になるというのが自然な流れ。
だったんだけど、肝心の領地が帝国から切り離されてしまった。
領主の地位というのは帝国の領地だったから有効だったわけで、現状はどうかというと……平民ということになるのかな?
とは言え、ゴタゴタしている真っ最中なので、彼女自身へ皇帝が偽物だったと判明したあたり以降の情報が届いていない模様。双方の認識がズレたままでは話にならないので、まずはそのあたりの共有を……ディガーさんに丸投げする。
「実は皇帝が」から始まる話がひと段落つくのを待つ。コーディは日常会話は通訳できるけど、込みいった話になるとちょっと難しいらしいので、話が終わるまでは気にせず楽にするように伝え、一緒に茶菓子をいただきながら待つ。
そんな私たちをベアトリスはチラチラ見ていたが、話が進むにつれて表情がコロコロ変わる。どういう感情なのかよくわからないけど、あまりいい感じでは無さそう。
「ということになっております」
「……そう」
というようなやりとりになったらしく、一通りの話は終わった様子。
ベアトリスがスッと立ち上がりこちらの前に。
「……先ほどは失礼致しました」
「え?」
「わ……我が父の無念を……敵をとっていただいた方へ無礼な態度をとってしまったこと、謝罪致します」
あら素直。
「さらに領民のために奔走していただいているとのこと。こちらも領民に代わり改めて感謝を」
二言目に領民のことが出てくるあたり、領民のことをよく考えて思いやっていた領主の教育がよく行き届いているのでしょう。
「謝罪を受け入れます」
「よろしいのですか?」
「ええ。不幸な勘違いですし」
平民が領主の館にズカズカと入り込み、領主を怒鳴りつけるなんて、普通ならその場で斬り捨てられるはずで、彼女もそれを覚悟していただろう。
両足がブルブル震えているし、ちょっと顔色も悪いし。
「お互いに出会ったタイミングが最悪と言ってよいタイミングでしたから」
「……」
「何より、そこで私があなたに何らかの処分を、となったら、皇帝の偽物がやっていたことと同等ですし」
「か、寛大な措置、ありがとうございます」
深々と頭を下げたが、なかなか姿勢を戻さない。どうしたのかしらと思ったら……「うっ、うっ」と嗚咽の声。
立ち上がって、ポンッと肩に手を置く。
「大変でしたね」
「……はい」
「彼女の部屋は?」
「そのままになっています。正直なかの整理には手が回っておりませんでして」
「だそうですので、今日はゆっくりしてください。今後については改めて話しましょう」
ベアトリスが退室したところで、ディガーさんに話を聞く。
コーディでも訳せるようにかみ砕いてもらいながら。
なんでも元領主のベルナールさんが皇帝に直談判に行った日の朝、ベアトリスさんに逃げるように指示を出していたとか。当然彼女は拒否したが、強引に帝都の外へ追い出して当人は皇帝の元へ。
かろうじて難を逃れていた側近からの連絡で処刑されたことを知り、とにかく逃げようと帝都から距離をとったが、領地に帰るわけにも行かず。
だが、領地以外に行くあてはない。追っ手がいたらすぐに逃げようと思いながら領地に帰ってきてみたら、普通に見覚えのある衛兵が門にいるし、領主の館を帝国の兵が取り囲んでいたりもしない。だけど、門番の兵から新しい領主が来ていて、という話を聞いて「そんな馬鹿な」となった、と。




