18-18
「その……なんだ」
「ん?」
「新しいレシピができたら教えてくれ」
「は?」
「そういうのが得意らしいと聞いたんだが」
私はレシピ開発が趣味ではないんですが。
とりあえず黒麦二袋はクラレッグさんに渡しておく。
ラガレットの定番レシピも、価値観、経験の違う者が見れば違った発想で調理できるだろうし、そもそもの定番レシピさえもフェルナンドでは見かけないものだろう、と。
「レオナ様、エルンスが、油を絞る器械が完成したと」
「おお」
「いかがなさいますか?」
「うーん……ちょっとだけ出来映えを確認しておこうかな」
と言うことでやってきました我が家の厨房。私が執務室で書類と格闘する以外の時間の大半をここで過ごすという……これで貴族かつ領主というのがなんともね。そう思いながら扉をくぐり抜け、それを見てガクリと崩れ落ちた。
厨房の一角を新しく作られた器械が完全に占拠している!
「お、嬢ちゃん来たか。どうした?疲れてるなら日を改めても別に」
「疲れてるけどそうじゃないわよ!」
「ん?そうか?なら、大丈夫だな」
「大丈夫じゃないわよ。何よこれ」
「何って、油を絞る器械。現在試運転中」
「それは何となくそうだろうなって思ったけど……なんでこんなに大きいの?」
「必要だろ?」
エルンスさんの返事に、周りにいる人がうんうんと頷く。
縦横三メートル、高さは天井あたりまでという巨大な器械が二台。どう考えても大きすぎ。
「お、出てきたぞ」
「こっちもです」
わあっと歓声が上がる。
そこまでか。そこまでして油が欲しいのか。
「はあ……エルンスさん、こっちへ」
「お、おお。なんだい?」
「あれはここに置くべきものじゃない」
「は?必要だろうと」
「あのサイズは工場で使うサイズでしょう!」
「そうなのか?」
「そうよ……」
とりあえず今絞っている分はいいが、それが終わったら開拓村へ運ぶということをしっかり伝えておく。
「それだとココでは使えなくなるじゃないか」
「油だけココに運べばいいでしょう?」
「それもそう……いや、足りなくならないか?」
地産地消するほどのものではないでしょうに。
確かにこれから色々な料理に使うから、大量に使うだろうと予想するのはわかるけど、こんなに使わないって。パッと見た感じ、このペースだと大きな樽に三つ分くらい絞れそう。
そんな量、唐揚げ専門店でも使い切るのに何日かかかるだろうって量だと思う。よく知らないけど。
「と、とりあえず油はこんな感じだが、どうだ?」
絞った油を鑑定……
「うん。使えるわね」
「お!そうか!」
「やりました!」
再びわあっと上がる歓声。
「はい、そこまで」
「「「え?」」」
「今日はこれを使うの禁止」
「「「え?!」」」
「禁止」
「「「そんなあああああっ!」」」
誰が何と言おうと決定事項です。
「レオナ様」
「ん?」
「どうしてそんな酷い仕打ちを!」
「そうです!」
「俺たちはこの日のために頑張って」
「そうですよ!私たちだって!」
皆が一斉に騒ぎ始めるので、パンと手を鳴らして静かにさせる。
「皆さんに聞きますが……まさか、唐揚げ程度でそんな騒ぎを?」
「「「えっ?!」」」
「はあ……情けない。あの程度で満足してしまうなんて」
ため息をつきながら厨房を出ると、慌てて皆が追ってくる。
「レオナ様!」
「まさか!」
「他にも?!」
ピタリと足を止め、クルリと振り返って一言。
「明日、じっくり試作してみたいと思います」
建物が人の歓声で揺れるって、初めての経験でした。
翌朝、朝食はいつもの半分程度と軽くして、すぐに厨房へ。
「まずこちらが昨日いただいた黒麦のレシピです」
「ん?」
お皿の上には灰色&こんがり焼けて茶色になった薄い板。この色合い、もしかして?
「いくつかある中で、基本とされている物の一つです」
「基本?」
「はい。実際には他に色々な具材を乗せたりして焼くそうです」
「ふーん」
とりあえず手に取って実食。うん、これ……蕎麦だったわ。
言うなればこれは蕎麦のガレット。色々な具材を乗せるというのは良くあるレシピ。その中で一番シンプルというか、このまま出すことはないだろうという、生地だけ焼いた物。
「ちなみに何を乗せるの?」
「ええと……肉やチーズ、野菜も色々ですね」
完全にガレットだわ。
「他には?」
「小麦粉の代わりに使って、パンやクッキーを作ったりできるようです」
「なるほど。で、パンやクッキーでないレシピとしてこれを作ったと」
「はい。といっても、パンやクッキーも小麦粉とは違う味わいだそうです」
「粉自体の香りが違うから?」
「そうですね」
「あとはこんなものも」
「ん?」
「引いて粉にした物を湯でこねただけですが、これがレシピだと書かれてるんです」
そばがきだった。
くっ……醤油さえ、醤油さえあれば!
その後も色々確認してみたが、どうやらこの黒麦、引いて粉にするときにまとめて全部粉にしてしまうので、更科とかそういうのがないらしい。まあ、いいけど。
そば粉が出来たなら何が出来るだろう……って、言うまでもなく元日本人としてはソバ一択。
こちらにも一応小麦粉を麺にするという料理はある。うどんと言うよりはパスタだけど。
ではソバにするとしたら……醤油がない。
ナトロージが醤油の代わりになるけど、現状では栽培を始めたばかりで、まだ収穫には至っていない。一応もらってきたものがあるからそれで試すことも出来るけど屋敷にいる全員が試食となると、少々心許ない。だいたい二リットルくらいしかないので、すぐに使い切ってしまうだろう。
あとは、ソバにする場合、ネギがない。
今のところ、ネギは見たことがないんだよね。ネギなしだとかけそばになるのかな。うーん、天ぷらが作れるから天ぷらソバ?
悩ましいところね。
では、他のレシピ……パラパラ流し読みした感じ、そばがきがかなり寂しい。何も味付けせずにそのまま食べると書いてある。そばがきって……醤油が欲しくなるよね。
よし、決めた。先送りだ。
「レオナ様?」
グッと拳を握った私にクラレッグさんが問いかける。
「ところでこれ、全部挽いたの?」
「いえ、一袋の半分程度です」
「なるほど。残りって、そのまま植えられるのかしら?」
「ええと……大丈夫と書いてありますね」
「クラレッグさんの主観でいいのですけど、これ、開拓村の人たちの主食になるかしら?」
「うーん……試食してもらって感想を聞いてみないとなんとも」
「そうね……ある程度の人数に試食してもらおうかしら」
「では……今ある分ですと五十枚程度焼けますので、このあと用意しておきます」
「よろしくね」
「では続いて……」
黒麦、そば粉に関してはナトロージ待ちとし、昨日絞っていた油を使った料理を試してみよう。
野菜を切ってもらい、薄切りの肉も切ってもらい、軽く塩胡椒してから一緒に炒める。ただの肉野菜炒めの完成だ。
「ん!これは!」
「へえ……」
そうなのよ。今までの肉野菜炒めって、使う油はラード。それを大豆油とか菜種油に変えたらどうなるかというと、風味が全然違うというか、獣臭さがなくなるというか。
「むむむ……」
「これは……」
クラレッグさんとモーリスさんが何やら悩み始めた。
「レオナ様」
「ん?」
「その……これだけで店が出せます」
「え?そういうレベル?」
「はい」
「うーん……それは今のお店?それともこれからのお店?」
「どちらでも大丈夫ですよ」
「うーん……貴族が外食で肉野菜炒め、食べるかしら?」
「それは確かに」
どう見ても家庭料理。かろうじて街の定食屋メニュー。貴族がわざわざ足を運ぶメニューではないね。




