18-17
「そんな馬鹿な」
「これが現実だ」
「し、しかし!」
「我、言ったよな?アレに手を出すなと」
「た、たかが人間だろう!」
「だが、神の遣いらしい」
「信じられるか!」
「別に信じなくても我は構わん……とは言えん」
「何?」
「まず、こいつらを仕留めたのは、あの人間のヴィジョンだ」
「ヴィジョン?確か、人間の持つちょっと変わった能力だよな」
「そうか、ヴィジョンがとんでもなく強力なんだな」
「逆だ」
「何?」
「あの人間……レオナが言うには、ヴィジョンはレオナの十分の一程度の強さだそうだ」
「な、なら!我々が総力を挙げれば!」
「待て。ついでにこうも言っていた。「息吹はちょっと焦ったけど、デコピンで頭が消し飛んだ。ドラゴンって脆いんだね」と」
「デ、デコピンだと?!」
ドラゴンたちは大騒ぎとなった。
長く生きるドラゴンは個性豊かで、人間にあまり興味の無い者もいれば、興味津々で遠くからいつも眺めている物まで様々。だが、興味の無い者でもデコピンがどの程度のものかはだいたい想像がつく。
どう考えても全力の一撃では無いということくらいは。
「ちなみに、こうも言われたぞ。「次やったら山脈全部回ってドラゴン狩り尽くす。もれなく素材にしてやるから感謝しろ」と」
もちろんレオナは「素材にしてやるから」なんて事は言ってないが、ドラゴンにとって最大級の侮辱と言っていい言葉のようで、ドラゴンたちは再び大騒ぎになった。
「ええい!鎮まれ!鎮まれ!」
「これが落ち着いていられるか!」
「我らの存亡に関わることだぞ!」
「それはそうだが」
「なら!」
「あまり騒ぐと「静かにしろ」と乗り込んでくるぞ!」
このときのことを後に若いドラゴンはこう語る。
「耳が痛くなるほどの静寂って、ああいうのを言うんですね」
とりあえずその場でドラゴンたちに通達されたのは「これ以上レオナを刺激するな」ということと「何かあったらラハムが窓口として対応する」であった。窓口にされたラハムはたまったものでは無いが、それでもドラゴンの存亡を考えると引き受けざるを得ない。
「とりあえず我からは以上だ。くれぐれも軽率なことをするなよ?」
全員が頷き解散。その場に直接集まれなかった者は遠隔意思疎通の魔法を切り、集まっていた者は三々五々それぞれの縄張りへ帰っていく。
それを見送ったラハムはため息を一つついてから翼を広げて飛び立つ。
話は付けたので、どうにかこれで手打ちにして欲しいと懇願するために。
「え?ドラゴンが街の外に来てる?」
「はい。その……レオナ様を呼んで欲しい、と」
「わかった。すぐに行くわ」
タチアナの目でドラゴンの接近は気付いていたし、街の外に降り立ったのも知っている。こちらに危害を加えようという意図は見えなかったので、あちらがどういう出方をするかと見ていたところに、見張りをしていた衛兵が顔色変えて飛び込んできたので何事かと思ったら、まさかの伝言だった。
「なるほど。説得できたのね」
「はい。今後はこのようなことは起きないと」
「……」
「も、もちろん突然遭遇してびっくりしてしまうとか、そういう事故はあるかもしれませんが」
「……」
「ひ、人族に対しての害意は一切ありませんので、何卒」
「わかったわ」
「ホッ」
なんだろう。私がすごく悪いような扱いがされているんだけど。ま、いいか。魔王の件が収まるまでの間だけでもドラゴンのことを考えなくて良くなるのなら。
「ところで話は変わるんだけど」
「な、なんでしょうか」
「異界から魔王が来る件」
「ああ、はい」
「ぶっちゃけたところ、私一人じゃ手が回らないのよ」
「わ、我にも手伝え、と?」
「さすがにその図体じゃダンジョンに入るのは無理でしょ?」
「ええ」
よく、ドラゴンが人の姿になるというファンタジーラノベがあったと思うけどそういうのは無いらしいから、そこは仕方ないとしよう。
「今まで、だいたいのところでダンジョンから魔物が溢れてきてるのよ。で、結構な実力者が揃っていても対応がキツくて。そこを助けてもらえないかな、と」
「なるほど」
我ながらちょっと無理な頼みだと思う。
魔王が進軍してくる目的がよくわからないが、少なくとも人間は滅ぼされるか、奴隷としてこき使われるかの二択だろうから私が必死に防いでいる。だが、ドラゴンは?
一応は魔物カテゴリなので、共に生きるという道もあるのかも知れない。つまり、彼らにとって魔王がこちらにやって来ようが来まいが、特に関係ないとも言える。
「どこまで出来るかわからんが、できる限りのことはしよう」
「いいの?」
「ああ」
ラハムによると、彼らドラゴンも明確に形になったものではないが、女神……あのモヤモヤした神様……に対する信仰心のようなものはあるという。と言っても、この世界を創造した神を敬うという程度で宗教的なものでは無いらしいが。そして、その心は……この世界で生まれた者が世界の支配を目論むなら好きにすれば良いが、違う世界からやってきて日々の営みを繰り返している者たちを蹂躙するのは看過できないとのこと。
よくわからないけど、そういうものらしい。
ドラゴンが帰っていったのでここでできることはこのくらいかな。
あとはダンジョンだけど、プラーツの領内にあるのでハンターへの通達は領主からのものとしてハンターギルドへ情報を出すこととなった。数日以内にダンジョンへの立ち入りを禁止する、と。もちろん強制力はない。強制しようとしても国家権力とハンターギルドは切り離されているので、法的根拠がない、ただの横暴になるだけだからね。とはいえ、こちらからは過去の経緯説明も添えて出している。それを信じるかどうかはあちらに任せるが、一文書き添えているんだよね。
今まではダンジョン内でハンターを見つけた場合、可能な限り救助していたが、今回はその余力がない可能性が非常に高い。
うん、ただ単に私がそろそろ面倒くさくなって来たってだけ。ある程度深いところでハンターを見つけた場合、そのまま連れて行くかヴィジョンに連れ帰ってもらうかの二択。そしてどちらも私の負担がとても大きいのよ。ということで前世日本でよく言われていた単語、自己責任、でお願いすることにした。
「ただいま、っと」
「お帰りなさいませ」
ディガーさんたちに領地のことは任せ、一旦帰宅。王都に入る手前の街道で降り、待っていた皆さんの出迎えを受ける。
一応王子も連れて。
もちろん我が家に滞在するわけではないので、ここで別の馬車に乗ってお別れだ。と思ったら、大きな麻袋がドス、と置かれた。
「ちょっと待て」
「なんでしょうか?」
「これ、持っていけ」
「ん?」
「話しただろ。痩せた土地でも育つ作物のこと。これがそうだ。こっちで育ててもいいし、このまま調理してもいい」
これも持っていくって言うから何かと思ったら、私たち宛だったのか。
「ふーん……って、いいの?」
「構わん。フェルナンドでも作物の出来が悪いときはあるんだろう?色々と策を用意しておくのは為政者の務めだ」
「わかったわ……って、調理って言われても」
「レシピはこれだ。呼んでもちんぷんかんぷんだったが、プロの料理人ならわかるだろう」
「ふーん……黒麦ねえ」
なんだっけ……ああ、確かライ麦の別名だったっけ?ん?違うな。これ、麦じゃない。要確認だわ。




