18-16
クルリと振り返ると、そこにはこの状況をどうしたものかとアタフタしている皆さんが。
そうよね。上にはドラゴンが三体いて、私の障壁をぶち破らんとしているところ。足下には自分たちの国の王子とその王子が密かに心を寄せている者――ただし一方通行――の侍女が揃って頭を押さえてのたうち回っているのだから。
とりあえず、上はなんとかするからという意思表示として、上を指さした後、胸をどんと叩いたらどうやら伝わったらしく、王子の方へ向かってくれた。
タチアナ?どうせあとで説教するからそのまま放置でいいわ。
そうしている間にも屋敷のまわりにはどんどん不安を感じた人たちが集まってきているので、さっさと上だけでも片付けよう。
そう思って見上げたら、三匹揃って口を開けてこちらを見下ろしていた。
まさかの三匹同時の息吹。
さすがにちょっと障壁が保たないだろうと、ヴィジョンに命令を下す。
シンプルに「あのドラゴン三匹を無力化せよ」と。
「さっさと焼き払っちまおうぜ」
「だな」
「焼き尽くすなよ?餌としちゃ悪くないからな」
「そうだな」
この辺りでは一番長く生き、体も大きく、力もあると尊敬を集めていたドラゴン。それがいきなりやってきて「あの地には近づくな!いいな!」と弱腰なこと抜かしてきた。
まったく、我らドラゴンはこの強靭な体と膨大な魔力によって、あらゆる障害を実力で排する者だ。それがここ最近そこらを飛び回り始めた矮小な人間に言い負かされたらしく、手を出すななどという弱気なことを、一番強いと尊敬を集めていた者が言い出したのだ。
そんなことではドラゴンの沽券に関わると、近場の者と共に来てみれば、なるほど確かに頑丈な障壁が張られていた。
一度や二度の体当たり程度ではびくともしなかったが、三竜が何度か体当たりをしたらヒビが入り始めた。崩れるのは時間の問題だ。
こっちを見てようやく危機感を覚えたのか、人間どもがギャアギャアと騒ぎ始めているので、少しばかり焼き払ってやろうと一斉に口を開く。
「少しおとなしくしてもらうぞ……滅べ」
その瞬間、恐ろしいほどの速さで飛び上がってきた者の姿は、二百年は生きているドラゴンでもまともに捉えることができなかった。
有り体に言えば、「いきなり吹っ飛んでいった」ようにしか見えなかった。
だが現実には、首から上が爆発し、首から下が障壁に沿って地面へ落ちていった、というドラゴンたちにとって信じられない事が起きていたのだった。
「ふう、到着」
私がプラーツへ到着したときには既に終わっていた。いや、現在進行形かもね。
頭のないドラゴンが三体積み上げられていて、そのそばに先ほど私と話をしていたドラゴン――だと思う。ドラゴンの見分けなんてつかないから――が、所在なさげにたたずんでいた。
といっても、この巨体。存在感はあるんだよねえ。
「ぬ、来たか」
「来たか、じゃないわよ。これは一体どういうこと?」
「そ、その……なんだ。私の言葉に耳を傾けない者もいるということで」
「そこをなんとかして欲しかったんだけど」
「面目ない」
とりあえず先に街の方をと考え、少し待っているように告げるとまっすぐ領主の屋敷へ向かおうとしたところにタチアナが待っていた。
「今戻ったわ」
「お早いお帰りですね」
「ええ。誰かさんのおかげで、色々と気をもんだわ」
「な、なんのこ……と……や……痛い痛い!痛いですってば!」
軽くアイアンクローをかますと頭を抱えて悶絶するタチアナ。おかしいわね。あなた、本当に私の味方なのかしらと素朴な疑問が浮かんできたところに王子たちがやって来た。
「ええと……随分速かったようだが」
「ちょっと頑張ったのよ。モノは全て受け取ってきたから安心して。あ、これを渡すように言われてたわ」
「ふむ……わかった。すぐにこれを」
「はいっ」
書簡を受け取った王子はチラッと見ただけでどういうものか理解したらしく、ディガーさんへ渡した。細かい調整まで王子がやる必要はないからね。
「運び出すための馬車の準備が出来次第積み込むが……あのドラゴンはいったい何がどうなってるんだ?」
「外に待たせてあるから、あとで話を聞いてくるわ」
「そうか……ドラゴンを待たせるって、何だかすごいと思うが」
「そう?」
あちらが待つと言ってるんだし、いいでしょ?
「街の被害は?」
「今のところ聞いていないな。まあ、さすがに連続してドラゴンが来て、かなり怯えているが」
「はあ……その辺も含めて抗議してくるわ」
「ま、まかせた」
「さて、申し開きはあるかしら?」
「それ、私がとんでもない悪行を働いたように聞こえるんだが」
「実際そうでしょ?私との話を終えてその舌の根も乾かないうちにこんな」
「それはまあ……確かに。だが、コイツらが勝手に暴走してな」
「それを抑えて欲しいって話だったと思うけど?」
ドラゴン側の言い分はわからないでもない。
仮にもあらゆる生物の頂点に君臨するのがドラゴン種。そしてそのドラゴン種の頂点にいるのが、このドラゴン(ただし、この近辺に限る)。
それが「あの人間には手を出すな。程々に距離を保っていれば、害はないから」などという弱気なことを言ったりしたら、血の気の多い若いドラゴンがこういう行動に出るのは予想できる事。
そしてそれを抑えるのも難しい。他のドラゴンの元へ向かっている隙に襲撃に向かわれてしまったら、どうにもならないのだ。
「仕方ない」
「ん?」
私の言葉にちょっと表情が明るくなるけど、許してもらえるつもりなのかしら?
「こういう言葉があるの。聖女の顔も三度まで」
「なんだそりゃ?」
「こういう裏切りとか悪事に対して、目をつむっていられるのには限度がある、ってこと」
「ぬ……」
「次はない、ということよ」
「え?三度までって」
「ええ。一度目はあなた自身の襲撃。二度目はコイツらの襲撃。そして三度目はコイツらの襲撃を止められなかったあなたの言い訳」
「そ、そんなっ」
「……」
「はい」
「ということで、コイツらの死体抱えていってもいいわ。素材としての利用は諦める」
「え?」
「次に街や村を襲ったら」
「お、襲ったら?」
「原型、残ってるといいわねえ」
三体はまとめて運ぶにはちょっと、と弱気なことを言っていたが、「いいから持っていけ!」と尻を叩いた(物理)。
「レオナ様、ドラゴンにも容赦無しですね」
「ドラゴンにも、じゃないわ。あちらが約束を守ろうとしないのが悪いのよ」
約束を守るというのはとても大変というのは前世でも今世でも同じ。だから私は約束を守れなかったことに対してアレコレ言うつもりはない。だけど、約束を守ろうとしないのはダメだ。
今回のケースだと、あのドラゴンがどういう説明をして回ったか、だ。おそらく「手を出すな。いいな。出すなと言ったからな」という、日本の芸人が「押すなよ、絶対押すなよ」に近いことを言った程度っぽい。
自分がいかに打ち負かされたか、手も足も出なかったか、をしっかり話しておけば、こういう事態は避けられたはずだ。
「集まったか」
「ああ」
この辺りで一番年かさのドラゴン、ラハムの招集に近隣の若いドラゴンたちは若干の不満を覚えながらも集まっていた。
「まずはこれを見てくれ」
「……それは、まさか」
「そうだ。そのまさかだ」
そう答えながらラハムは、先だって人族に手を出すなと警告したにもかかわらず乗り込んでいった結果がどうなったかを告げた。




