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結局「どうにか説得してみる」と帰ったので、私も街へ戻る。やれやれ、少し注意しておかないとダメかもね。
おかしいな。帝国のダンジョンに行こうとしているのに、そっちがちっとも進まないで余計なことばかり起きてるよ。
ドラゴンが去って行くのを見届け、街へ戻……うわっ、集まっていた人たちがこっちにみんな来てる。一応、障壁の内側にいるので安全だけど、注目しすぎでは?
平静を装ってスタスタと戻ると、モーセの海割りみたいにざっと人が避けていく。立ち止まるのも何だかおかしい感じがして、その間を歩いて行くと、周囲の声が聞こえてくる。
何言ってるかサッパリわかんないのはこういうときありがたいかもね。
しばらく進むと向こうから通訳さん含め、数名駆けてきた。
「す、すみません。領民が一斉に野次馬根性出してこちらになだれ込んでしまって」
「ま、まあ……特に問題も無いし」
「そうですか?」
「それにドラゴンなんて滅多に見られないわけですから、珍しい物見たさ、って気持ちはわかります」
とはいえ、普通ならドラゴンを間近で見るイコール命の危険大だから、その辺の注意喚起は必要ね。私がいて、守っていたから大丈夫だったのであって、普通なら全員消し炭にされていてもおかしくないわけだし。
その点、王子とか大使さん一家は落ち着いているね。ドラゴンが出た程度では動じず、野次馬根性も出さな……私のヴィジョンの後ろに固まって恐る恐るこちらを見ているのは……見なかったことにしよう。
「さすがだな」
ゴードル王子が「このくらいは普通だと思ってた」みたいに言う。なら、私のヴィジョンの後ろに隠れるな、と言いたい。
とりあえず、何をどう説明すればいいか頭の中で整理しながら歩いて行くと、タチアナがスッと横へ。「失礼します」と言いながら、先程私から外したアクセサリをテキパキと取り付けていく。手際がいいなと感心する。
「レオナ様」
「ん?」
「先ほど、王子が」
「王子が?」
「レオナ様のヴィジョンの尻に触ろうとしてました」
「どーでもいいわ」
「よくないです。セクハラです。レオナ様にあんなに粉かけながら二股であうっ」
私からの返答はデコピンのみ。なぜかダメージを受けるタチアナにため息をつきながら壇上へ上がる。
王子が?尻を触ろうとしていた?
そのくらいの感覚は私にも伝わるからね。タチアナが何を考えているのかわからないけど一言だけ言っておこう。
「タチアナ」
「はい?」
「あなたが王子にしたプロポーズ、有耶無耶にしてるけど……有効だからね?」
「そ、そんなっ!」
なぜか慌てるタチアナは壇に上がる途中で足を踏み外して落ちていった。一応アレでも私に付いているわけなので、あとで治癒魔法でもかけておきましょうか。
「なんのやりとりだ?」
「内々のやりとりですよ。っと、ただいま戻りました」
「ドラゴンは追い返せたのか?」
「まあ、はい。話せば長くなりますが」
「長くなるか」
「はい」
「とりあえず、街は安全ということでいいのか?」
「そうですね……若干の不安は残りますが、大丈夫かと。何かあったら細切れにして売り払うと言っておきましたので」
「そ、そうか……」
ゾロゾロと戻ってきた人々の前での私の挨拶は、ドラゴンを追い払うという、これ以上無いデモンストレーションがあったおかげで恙なく終わった。
そりゃそうでしょう。「こんな小娘が領主?大丈夫なのか?」という声を上げるより前にドラゴンぶっ飛ばしてるからね。
そういう意味ではあのドラゴンに感謝、かな。
挨拶を終えると、一旦ここの代官を務めるディガーさんたちに交代。引き続き色々と説明するらしいけどそこはお任せ。
「ラガレットへ行くときの書面だ」
「二通?」
「一通は城に入るために必要なことを書いた物。もう一通は国王宛の報告書だ。すまないが、一緒に届けて欲しい」
「わかったわ」
そのくらいはお安い御用。
さて、ラガレットへ向かうにあたっての懸念は、私がいない間にあのドラゴンがまた来ること。ということで、ヴィジョンを残していくことにした。
「じゃ、行ってきます」
「お気をつけて」
「よろしく頼む」
見送られながら一気に上空まで魔法で飛び上がり、ラガレットへ向けて移動開始。私のマップでもラガレットは見えないので、だいたいの方角で飛んでいく。私がどのくらいの速度で飛んでいるのかさっぱりわからないし、ラガレットまでどのくらいの距離があるのかもわからない。実にアバウト……ん、待て待て。
「こんな時こそ、マップ内転移!」
この高度なら周囲に誰もいないし、転移する先にも誰もいない状況。マップで見える範囲を移動するのにだいたい二十分前後かかっているので、それを一瞬で移動できると言うだけでもずいぶん早く行けるはず。
「おおおお!早い!これならすぐに着けそう!」
ヒュンヒュンと転移を繰り返しつつ進み、二時間程度でラガレットの王都が見えてきた。
門をわざわざ通過しなくても良いと言われていたのでそのまま城を目指す。言葉も通じない上に、城へ問い合わせなければ真偽のほどがわからない王子の封蝋のついた書簡なんて、足止め要素以外の何物でも無いからね。
とはいえ、のんびり王都上空を飛んでいたら何かと騒ぎになってしまうので最短距離を出来るだけ早く。そして門の前にも素早く降りたら、案の定囲まれた。
主に槍で。
城を守る衛兵たちの対応としては正しいので、何も抵抗はしませんと両手を挙げてアピールしつつ、そっと王子からの書簡を見せると、その封蝋を見て何人かがゴソゴソとやり出し、一人が門の中へ走って行った。しばらくすると見覚えのある顔が数名、通訳を伴ってこちらへ走ってきて無事に解放された。
「申し訳ありません。伝達が行き届いておらず」
「いえ、このくらいは予想していましたから。彼らは自分の職務を全うしていただけなので、責めないようにしてください」
「寛大なお言葉、ありがとうございます」
立場的に、私はフェルナンドからの外交官として訪れているようなもの。そして王子から「近々そっちに行く。ちょっと時期は未定だが」という連絡はあったので、私が訪れること自体は想定していたはず。
ただ、本当に時期がわからなかった上、到着が予想以上に早かった――これは私が転移を使ったのが大きい――ので、こんなことになった、と。
外交問題間違い無しだが、私は事を荒立てるつもりはカケラもないし、衛兵さんたちにも何ら非はないからね。
そして連れて行かれた先は、国王の執務室。
「遠路はるばるようこそ」
「ど、どうも……」
なんで王様と会う必要が?と思ったんだけど、必要なことなんだそうな。
「ゴードルからの報告、確認しております。領地に関してのことと……ドラゴンのこと」「え、ええ」
「食糧事情が厳しいだろうと予想していたし、実際そのように報告を受けているが、レオナ様の目から見て、どうでした?」
「そうですね……私が生まれ育った村のようでした」
「生まれ育った村?」
「えっと……」
そう言えば細かいところは王子には伝わっているかも知れないけど、王様には何一つ伝わっていないかな。前回ここに来たときの私はガリガリの状態を脱していたし。
ということで軽く伝えておく。開拓に取りかかった直後に村人の半数が亡くなった、とても貧しい村だったと。




