18-13
やれやれ、直前で気付いて障壁を展開しておいたからいいようなものの、一歩間違えば大惨事でしたよ。
「なんだあれは?」
「え?何?え?」
「ド……ドラゴンだ!」
「ドラゴン?!」
集まってみた皆さん大パニック。そりゃ、ドラゴンなんて、存在は知っていてもハンターや騎士でもない限り、一生のうちに実物を見ることなんてない魔物の筆頭とも言えるしね。
「殿下、私はあれを何とかしてきますので、この場を収めて下さい」
「どうするんだ?」
「話が通じるなら追い払います」
「そ、そうか。通じなかったら?」
「ドラゴンの素材ゲット、ですね」
そうか、素材か……と生暖かい視線を上空の障壁にベチッとへばりついているドラゴンに送るゴードル王子。きっと頭の中では各部位がいくらくらいになるか試算しているのだろう。あのサイズなら、相当な値がつくだろうね。
「では行ってきます」
念のためヴィジョンをこの場に残し、風魔法で上空へ。
障壁を抜けながらドラゴンのお腹を蹴り上げる。
「グガァァァァッ!」
グルングルンと障壁の上を転がり、街の外へズドンと落ちた。
結構大きいので地響きがすごいが、下の方で「安心しろ。諸君らの領主様ならあの程度のドラゴン、どうということはない」と落ち着かせようとしている声が聞こえる。
まあ、「あの程度って……ドラゴンだぞ?」「大丈夫なのか?」という声が聞こえていたけど、私が蹴り飛ばしたら「マジか……」になった。
さて、私も風の魔法を纏ってドラゴンを追って街外れへ。街道から大きく外れた特に何もない平原に落下したドラゴンは目が回ったのか、少しフラフラしながらもこちらを見た。
「お前、いきなり我を蹴り飛ばすとか、どういう教育を受けて育ったんだ?」
「え?」
「ん?どうした?」
「言葉が話せるんだ」
しかもフェルナンド語。
「話せるぞ。我くらいに長く生きているとな」
「ふーん」
「で、お前は一体何……ぬ?!な、なんだそのよくわからん力は?!」
「え?」
「お前から、人間ではあり得んほどの力を感じるぞ!一体何者だ?!」
「何者って……」
なんて答えるのが正解?
「ぐぬぬ……ハッ!まさか」
「まさか?」
「魔王の類いか?!」
「失礼ね。一応、神様に頼まれて色々雑用しているだけのいたいけな少女よ」
「お前のどこがいたいけだ」
うん、たしかにそろそろ「いたいけ」って歳じゃないわね。
「って、神様に頼まれて、と言ったか?」
「言ったわよ?」
「ほ、本当に?」
「本当に。証拠を見せろって言われると困るけど」
何が証拠になるのかわからないし。
「ううむ……しかし、神の遣いならばこのくらいは当然か」
ブツブツ言い始めたけど、勝手に自分の世界に入り込まないで欲しいな。
「ところで、その神の遣いがどうしてここにいる?」
「野暮用」
「その野暮用の中身を知りたいと聞いているんだが?」
「知ってどうするのよ?そもそも、あなたこそこんなところに何しに来たの?」
「ああ、えっとだな。質問に質問で返して済まないが、最近、あちこち飛び回っていたのはお前か?」
「あちこちって?」
「この山脈の上空。北とか西とか。あとこっちの方も」
「多分、全部私ね」
山脈を越えるどころか空を飛ぶ魔法自体珍しいみたいなので、多分私だろう。
「じゃあ、南の方の山脈を切り拓いたのは?」
「私ね」
「そっちの方でドラゴンを倒したのは?」
「私じゃないけど、関係者ね」
「そうか……なんのためにあちこち飛び回っているんだ?」
「神様の用事のため」
「詳しく聞きたいのだが」
「簡単に言えば、ダンジョン」
「ダンジョン?」
「そう。ダンジョンの一番奥にあるダンジョンコアに他の世界の魔王が出入り口を作ってこっちに来ようとしてるのよ。それを阻止して回ってるの」
「なるほど。だいたい事情はわかった」
ウンウン、と納得したらしいドラゴン。
「それを聞きに来たの?」
「そうだ」
「ふーん」
「お前ら、というか人間はあまり知らないだろうが、この山脈、だいたいのところがドラゴンの縄張りになっていてな」
「へえ」
そう言われても、ねえ?
「縄張りといっても、その……なんだ。餌場という程度の意味なんだが、最近そこを何だかよくわからないモノが横切るというので、ちとドラゴン界隈がピリピリしている」
ドラゴン界隈ねえ……
「しかも一頭はバッサリ斬られるし」
「そりゃ、こっちも襲われそうになったわけだし」
「ま、まあ……そこに関してはドラゴン側にも非のある話だ。何も言わんよ。それに斬られる程度の弱さだったとも言える」
「そう?で、あなたがここに来たのはその確認?」
「そうだ。どうやらそれらしい力を感じたので、直接話を聞こうと来てみたら、なんか魔力の障壁に阻まれてな。つい頭にきて破壊しようとしたらお前に蹴り飛ばされた」
「あのね……あなたが街に降り立ったらどうなってたと思う?」
「どうって……どうもならんだろ?」「
なるわよ!」
このドラゴン、サイズだけなら先程皆が集まっていた広場にギリギリ収まるかどうか位にデカい。どう考えても降りた時点で大勢の人を踏み潰すのは間違いない。
「そ、そこはちゃんと考えて」
「何をどう考えてたの?」
「別に地面に降りる必要はない。こうやって、少し浮いて止まることもできるし」
バッサバッサと翼をはためかせて「こんな感じ」とやってみせるドラゴン。風圧で転がる私。
「ぬ?」
「ぬ、じゃないわよ!暴風じゃないの!」
「そう言われても、コレが限界でな」
申し訳なさそうにしているけど、あまり物事を考えてないのは間違いなさそう。というか、申し訳なさそうにしているだけで、申し訳ないとは思ってないはず。
「体を小さくするとか、変身するとか、そういうのって出来ないの?」
「何それすごい。そんな魔法があるのか?」
どうやらこのドラゴンというかちゃんとしたファンタジー(?)だと、人化とかはできないっぽいね。日本のラノベの敗北だわ。
「で、私から話を聞いた結論は?」
「と、とりあえず今日のところは帰る」
「今日のところ?また来るつもり?」
「その……なんだ」
「何よ、歯切れが悪いわね」
「えっと……な」
大きな図体の割にぼそぼそと話した内容は、これまたなんて言えばいいのやら、という内容だった。
このドラゴン、フェルナンド王国をぐるりと囲む山脈に暮らすドラゴンの中では一番の年かさで、他のドラゴンからは一目置かれる存在。そしてここ最近山脈上空を飛び交う私について、若いドラゴンがちょっと恐怖を感じていて「どうにかできないか」と泣きつかれてここにやって来た。
つまり、「あのうるさいのを始末してくれ」と言うことらしいのだが、始末するどころか始末されそうなくらいに実力差があるし、相手は神の遣いらしいし、と二進も三進もいかなくなりつつある。このドラゴンとしてはこのまま帰りたいが、ちょっと血気盛んな若いドラゴンたちの手前何も無しで帰るのは難しく、どうにか折り合いを付けたいところ。
「その折り合いが、この街をちょっと壊して帰る、って事?」
「その……なんだ、人的被害は出来るだけ少なくなるように気をつけるから」
「論外ね」
「そんなあ……」
なんでドラゴンのガス抜きで人死にが必要なのよ。
「じゃ、こうしましょ」
「お、何かいい方法が?」
「文句があるドラゴン、私のところへ連れてきて」
「え?」
「二度と文句が言えないようにするから」
「二度とって、具体的にどう?」
「全身バラバラに解体されたらいくらあなたたちでもおとなしくなるでしょう?」
「そういう意味か?!」
「そりゃそうよ」
「もうすこしこう……なんとか」
「なんとかって……こっちはただ移動してただけよ?それにケチを付けたのはそっち」
「ぬ……」
「直接乗り込んできたのを返り討ちしたのは確かだけど、それ以外に何かしたかしら?」
「た、確かに」
「じゃあ、あなたの選択肢は二つ。なんとか頑張って騒いでるドラゴンをしおとなしくさせるか、私のところに連れてきて細切れにされるのを見届けるか。シンプルでしょ?」




