18-12
「……以上だ。すぐに用意しろ」
「ハッ。では二時間ほどで」
私が考え事をしている間に何やら話がついたらしい。二時間?何を用意するのでしょう?
「あー、えっと……コホン。その、なんだ」
「なんか、言いづらいことですか?」
「いや、そんなことはない」
「ならさっさと言ってください」
「このあと、この街にいる者だけだが、集まるように指示した。もちろん強制ではない」
「集まる?」
「領主が交替した……つまり、帝国から抜けたことを告げる必要がある」
「なるほど」
「一緒に出て欲しい……いや、一緒に出て新しい領主として挨拶してくれ」
「は?ラガレットの領地でしょ?」
「フェルナンドの領地になる」
「え?」
「飛び地としては遠すぎるからな……という話をしたはずだが」
聞いたけど、本当にそうなのかって信じられなかったし。
「あの山脈の向こうはフェルナンド王国。道を通せばすぐだろう?」
「道は簡単に通せませんよ?」
「すぐ、という話ではない」
色々と準備も必要とのこと。当たり前ですね。
「それと、これが本題なのだが」
「なんでしょうか」
「挨拶のあと、ラガレットの王都に行って欲しい」
「何をしに?」
「ここの領民の様子、見たか?」
「様子?」
「ひどいものだろう?」
「そう、ですね」
ほとんどの者が痩せていて、病気の人も多そうだ。私の治癒魔法で病気を治すことはできるが、栄養状態の改善はできない。手持ちというかアイテムボックス内の食料は豊富だけれど、この街の全員に行き渡らせるのは不可能で、私にできることはなんだろうかと思案中。
「この辺りは元々土地が痩せていて、農作物もあまり実らない。帝国の支配を受ける前までは色々目こぼしされていたのと、加工業で稼いでいたのだが、帝国に組み込まれた後、あの皇帝になってからは農作物を作るように指示されたそうだ」
「はあ」
「で、重税だ」
「つまり、搾取された結果がアレ」
「そうだ。それを何とかするために、ラガレットで食糧を用意した。それを運んで欲しい」
なるほどね。私なら大量の物資を短期間で運べると。でも、問題があるわね。
「一つ質問が」
「なんだろうか?」
「それ、あまり解決になりませんよね?」
「ああ。レオナ様に頼りっきりではな。だから運んでもらうのは一回だけだ。その後はラガレットで何とかする」
「なんとかって……ここの領地、結構な人数が暮らしてますよね?」
「だから、うちの方から痩せた土地でも収穫できる作物を持ち込む」
ラガレットにもそういう土地は有り、そういう土地でもそれなりに収穫できる作物を品種改良しているらしい。
「ふーん。色々考えてるんだね」
「そ、そうだとも!これでも王位を継ぐ予定の……責任ある立場を志す者だ」
ドン、と胸を叩き格好つけてるけどとりあえず言っておくことは言っておかないとね。
「ラガレットに行く件はわかったわ。何かこう、私が遣いで来たってわかる書面を用意して」
「わかった。すぐに用意する」
「で、それはそれとして……私はあなたと結婚するつもりはないからね」
「……ぐっ」
フラッとなってなんとか持ちこたえた。メンタル強いなあ。追撃しておこう。
「私、貴族とか権力とかそういうの興味ないの。ダンジョン絡みというか、魔王云々が片付いたら田舎で畑でもやりながら暮らしたいのよ」
「そうか……ハハ……はぁ」
がっくりと肩を落として「色々準備してくる」と部屋を出て行った。可哀想だがこればっかりは。
仮にも他国の王族。私みたいなポッと出の貴族もどきとでは……ね。あと、純粋に生理的に無理。ああいう押しの強い系は。悪い人ではないのは間違いないんだけどね。
「さすがレオナ様、容赦ないですね」
「変に未練がましくなるよりマシでしょう?」
珍しく私のことをタチアナが褒めている。これ褒めているのかしら?
「ご承知かと思いますが、一連のやりとりは全て記録しております」
「は?」
「一年以内に出版予定のレオナ様語録の一番最初……いえ、真ん中の方が……ううん、一番最後に大物を持ってくるのが王道……どうすれば」
「何をするつもりかだいたい予想ついたけど、許さないからね」
「ご安心下さい」
「え?」
「大っぴらには販売致しません。我らの動きに気付いた聡い者だけに路地裏などでこっそりと」
「余計に悪いわよ!」
安心できる要素がゼロという安心感はどうかと思うわ。
「さて、語録に関しては私にお任せ下さい」
「あのね」
「それよりもこの後、領民の前での挨拶です。きちんとした格好でないと色々示しがつきません」
「ええ……私、領主じゃないし」
「こちらに来る前にそうだという話を聞いておりましたが」
「はあ……外堀は完全に埋められてるわけね」
「本日のコーディネートは……シーナが用意してます……ちっ」
「舌打ち?!」
タチアナとシーナは仲が良いのか悪いのか。
どちらもメイドとしての能力は高く、甲乙つけがたいし、互いに協力したり分担したりというのをよく見かける。が、どういうわけか悪い意味で競い合ってる部分がある。セインさんによると「ずっと前からです」だそうで、理由も原因もよくわからないというか、考えなくないので私に害がない限りスルーしてる。やるべきことはきちんとこなしてくれているからね。
「舌打ちするのも当然です。出発の準備を手分けした結果がこれとは」
「何か問題が?」
「シーナのコーディネートは平凡すぎるのですよ」
「平凡?」
「はい。レオナ様の愛らしさを一ミリも引き出せない、凡人のコーディネートです」
「はあ……」
「まったく……仕方ありません」
キリッとした感じでこちらを向くタチアナ。イヤな予感しかしない。
「何も着ないで行きましょぬぐぅぁぁぁっ!」
さらっととんでもないことを言ってきたので、デコピンをしてやったらのたうち回ってる。おかしい、私の攻撃って私に敵対する者のみに有効で、仲間には見た目相応、つまり細腕少女の可愛いデコピンになるはずで、こんなダメージになるはずは……まあいい。詮索はしないでおこう。
「つまり!これからは!」
正装と言うほどではなく、それでいて貴族っぽさの感じられる格好になって集まった領民の前に立ち、ゴードル王子の演説を一緒に聴いている。内容は事前に聞いていた通り、この領地がルウィノン帝国から切り離され、ラガレットとフェルナンドの二ヶ国で管理するようになったことと……私が領主となったこと。
領民の反応は特になし。王子が演説で税の減免を宣言しているので、「今より悪くならないなら誰が治めてもいいか」と思っているのだろう。
私は私で、集まった領民を見る。ざっと二、三千人かな。この街だけで一万人強がいると聞いていたが、その情報が誤りなのか、それともここまで減ってしまった……はないか。おそらく、新しい領主とか興味ないか満足に動けないほどにひどい状態のどちらかだろう。実際、ここに集まっている、というか集まれている者でも、健康そのものと言った者はほぼいない。元々ある程度体力があって、街の外に出て動物を狩れるような人がかろうじて健康、というくらいか。
「では新たな領主、レオナ・クレメル様より挨拶をいただく!」
え?ホントに挨拶するの?
私の慌てた様子を見ても何とも思わないらしく、「さ、どうぞ」と促されるので仕方なく……ん?
「ゴードル殿下」
「すまない。何となく興が乗ってつい口走ってしまった。適当に「これからよろしく」とでも言っておけば「そうじゃない」
「何?」
パチンと指を鳴らすとそれを合図にタチアナがスッと出てきたので、パパッと外せるアクセサリと手袋を渡す。全く面倒事が次から次へやって来るわね。
「ちょっと騒がしくなるけど、全員護るから」
「え?は?」
「上よ」
「上?」
私が上を指さすと、釣られて壇上の皆と領民たちが見上げ、同時にズン!と地面が揺れた。




