18-11
書面を取り交わし、「では正式な玉璽を入れたものを早急に送るように」と一番プレッシャーをかけながら告げた王子は、だいぶお怒りのようで、廊下を歩く足音が大きい。ま、気持ちはわかります。
「レオナ様」
「ん?」
「私が怒りを覚えているのは、彼らが我々を殺そうとしたことだけではないんです」
「え?」
私ならそれだけでブチ切れ案件なんですが。
と思っていたら、帝国の歴史とか情勢について教えてくれた。
帝国を名乗るだけあって(?)領土的野心は非常に強く、その領土の広さはフェルナンド王国と同じくらいで、世界トップクラス。
「へえ、フェルナンド王国って結構広いんですね」
「山に完全に囲まれて分断されている特異な環境だからだろうな」
「まあ、確かにあの中で争ってもいいことないですからね」
そしてそんな国土の広さで、人口はフェルナンドの五倍以上。現状で、洪水被害のあった地域があるそうだけど、その他は実は穏やかに治められていて、食糧難とかもないとのこと。それどころか隣国へ輸出するくらいの余裕があるそうだ。
「ま、その輸出ってのが、帝国の戦略だ」
「戦略?」
「十年ほど、その国で消費する食料の一割位の量を輸出し続ければどうなる?」
「どうって……輸入に頼り始め……あ、そういうことか」
ある日いきなり「輸出止めます」とやって、大わらわになっているところに軍を送り込めばどうなるかなんて火を見るより明らかね。
そして、そうやって領土を拡大していく一方、帝国に組み込んだあとは、道路を始めとしたインフラの整備に、騎士団の巡回による治安維持。各地の農村には改良した品種を持ち込んだりして農業生産量を向上させる。んで、税はそれまでの国よりもやや抑え気味。人口が増えるのも当然ね。
「すぐ隣が帝国だと、いつ攻め込まれるか気が気でないが、あの善政は見習いたい部分も多かったんだ」
「へえ」
「だが、それも先代皇帝まで」
「ということは?」
「帝都だとあまりわからないが、ここ最近の他の街や村はひどいもんだ。典型的な、そうだな、ラガレットの王太子教育で読まされる、「こうしてはいけない」という典型的な圧政を敷いていた」
「ええ……」
「皇帝の権限が強いから、皇帝が「こうだ」と言えばだいたいのことが通るが、それをまわりが諫めることもなく、というのがな。いくら洗脳……精神支配を受けていたとしても、言っておきたかったんだ」
為政者としての憤りか。私にはわからない感覚ね。
「さて、いただいた領地へ向かうとしよう」
「え?」
「さっき言っただろう?」
「ええ……あちらさん、まだ連絡できてないんじゃ?」
「関係ない。新たな領主が領地に赴くのに準備も連絡もあるものか」
あると思うけどなあ。ま、帝国にも遠距離連絡のできるヴィジョン持ちはいるだろうから大丈夫だろうけど。
仕方なく、城の中庭へ小屋を出すと、当然のように全員が乗り込んだ。
「ここに残る人は?」
「残した場合、無事でいられる確率が極めて低い」
「ですよねー」
というか、それくらいに信用できない相手ということか。
納得して飛び立ち、方角を確認して移動開始。
「調べた限り、ラガレット以外の国の大使も色々と、な」
「え?」
「基本的に大使というのは、スパイだ。贋物の皇帝が真っ先に危険視して処理していくのも当然として進められたらしい」
少なくとも地球では大使というのは外交の窓口で、スパイではなかったはず。実態がそうだとしても表向きは。だけど、こっちでは「大使=スパイ」というのは当たり前のこととして、警戒される対象なんだそうな。
「フェルナンドとラガレットみたいな友好的な関係って難しいのね」
「そりゃそうだ。本当に仲がいいなら別々の国になってるはずはない。フェルナンドとラガレットは地理的理由で別れていただけで、今後どうなるかは全くわからん」
「へえ」
「少なくとも俺は……レオナ様の生まれ育った国と事を構えるつもりはない」
「え?」
「我が妻の故郷ならなおさら、な」
聞こえなかったことにしておこう。
二時間ほどで――結構な速さで飛んでいるので、馬車で移動したとしたら五、六日かかる距離だそうな――目的の、帝国から奪い取った領地の中心、領都プラーツに到着した。なお、街の名前はあとから変えられるらしいし、変えた方がいいとのこと。つまり、治める者が変わったのだから名前も変わるのだと知らしめるためにも。
「街の外で降ります?」
「自分たちの治める街で、そんな遠慮をする必要はないだろう?」
空飛ぶ小屋に住民が驚いているんですが。
王子の「構わん、行け」と言わんばかりの空気に流され、そのまま領主の館へ向かう。さすがに門の前で降ろすべきではと思ったんだけど、
「領主の到着だ。門の前に降りて警備の者にあれこれ言うのも面倒だろう?」
ということで、そのまま庭を通過して玄関前に。
当然警備がワラワラ出てきて……一番怪しい位置にいる私のヴィジョンに向けて、槍を向けたり矢をつがえたり警戒感丸出し。あと、ヴィジョンの目ではもう一つマズいものが見えている。
「さて行くぞ」
「あ、王子!」
止める間もなく扉を開いた。
時間感覚操作百倍。
慌てて王子の首根っこをつかんでぐいと引く。ちょっと苦しいかも知れないがそこは自業自得、反省してもらうことにして私が突き出された槍の前に立ち、解除。
ガツンと眉間に槍が命中。この程度では日々どころかひっかき傷すらつかない謎素材の仮面が頼もしいわね……っと、ぐいと押されそうになるのを踏みとどま……バキッと床が割れた。あとで色々叱られるの、私なんだけど……
「っは……何が……レ、レオナっ!」
後ろにひっくり返った王子が槍を突き立てられた私の背を見て叫ぶ。
「王子、私が言うのも何ですが、危機感無さ過ぎです。私がいなかったらどうなってたかわかりますか?」
「なら一生そばにいてくれないか」
「お断りします」
通訳さんを気の毒なくらい恐縮させてしまいました、ごめんなさい。でも、無理なものは無理なんです。
「さて……で、いつになったらこの槍は引いてくれるのかしら?」
「くっ……怪しい奴め、何者だ!」
「何者って、失礼ね」
「レオナ様」
クイクイとタチアナがそっとそばに来て袖を引っ張る。
「この場にいる仲で、見た目が一番怪しいのはレオナ様です」
「それ、言う必要ある?」
タチアナを小突いている間に王子が降りて、「現在のここの責任者を呼べ!」と怒鳴りつけている。私が障壁を展開して警備を押しのけたからできることだと、私が仕事してるアピールをしておこう。
「……っ!」
「……」
館の応接室で無言のまま対峙する二人の男性。一方が椅子にふんぞり返り、もう一方がもうそろそろ床に頭がめり込むのではと言うくらいに平身低頭。
「……まあ良い。先触れもないまま訪れたこちらにも落ち度がないわけでもない」
「!」
「それに、この館の警護という責務を果たさんとする気概も感じられた」
「で、では……」
「次は無い。以上だ。立て」
「あ、ありがたき「立て」
「は、はいっ!」
この領主の館、現在は主不在。
新たな皇帝の即位とか関係無しに、定期的に帝都へ出向く時期だったのだけれど、ちょうどそのタイミングで騒動が起き、それなりに政務ができる人物として帝都に残っていたところに、領地が没収というかラガレットのものになったため、こちらに戻ってくることは無くなった。
という連絡が入ったのはつい先ほど。新たな領主が来るという連絡が警備に行き渡るより前に私たちが到着してしまったので、非はこちらにある。が、それを勢いで帳消しにする辺り、王子も無茶をすると思う。




