18-10
「皇族の血筋に生き残りがいる」
「全員、色々難癖付けて処刑したって聞いたけど」
「何代か前の皇帝の末娘の子孫だ。嫁ぐときに皇族の籍から外れているので正確には皇族ではない。だが血筋的には立派に皇族と見なされるらしい」
「へえ……」
その血筋の家系、現当主は結構な歳なのと領地を治める立場でもあるので今さら皇族復帰はできないらしいが、その息子は次期領主としての教育を受けているので、少し教育をすれば、とりあえずお飾りでも皇帝の座に据えるのはできるらしい。
「要職で生き残っている連中についてはディガー大使たちが把握している。そして、このことに気付かないほど間抜けでもないだろうと。それなりに政の才はある者たちらしいからな。つまり、国の体勢を立て直すために手配をしているはずだ」
「なら、その次期皇帝を待ってからでもいいのでは?」
「もちろん正式な取り交わしは次期皇帝を待ってからになるが、内容はさっさと詰めておきたい。皇帝がいる、いないであちらの気の強さも変わるだろうからな」
「なるほど。向こうがまだ強気に出られないうちに、と」
「そう。色々と有利な条件を無理矢理でも引き出す」
「ちなみにどんな条件を?」
「ある程度の金品は当然だが、もう少し踏み込んで土地もいただく予定だ」
「土地?!それってつまり……」
「ああ。帝国の領土を切り取る」
完全に戦争、それも戦後処理のような話になってるんですが。
「フェルナンド王国とも折り合いはつけているぞ」
「へ?」
「帝国の一番西。つまりフェルナンド王国の東の山脈を越えた辺りの土地をいただく」
「はあ」
「そして、その土地をラガレットからフェルナンド王国へ譲渡する」
「は?」
「譲渡というと大げさかもな。共同管理のようなものだ」
「いえ、それでも充分大ごとだと思いますが」
「そうか?」
「だいたいそんな土地があったとしてもフェルナンド王国も収められる人材がいないと思いますよ」
「いるじゃないか」
「え?」
「私の目の前に」
「ええ……」
開拓村で既に手一杯なんですけど。
「何、私と婚姻す「しません」
先に釘を刺しておこう。抜けないように返しのついた釘、無いかな?
翌日、ラガレット側は王子と側近に、ディガー大使親子に秘書官、通訳の計六名。フェルナンド王国側は私とタチアナの二名という実にアンバランスな組み合わせでルウィノン帝国へ向けて飛び立った。ま、フェルナンド王国はただ単にダンジョンについての話をしたいだけなので私一人でもいいのだけれど、仮にも貴族が身の回りのことをする者も連れずに外国訪問は、ということでこういう人選。前回?公式訪問じゃないからノーカンなんだって。
結構な速度で飛ばし、昼過ぎには帝都に到着。手前で降りて行くかと思いきや、そのまま城門前まで行っていいそうだ。ということで、城に向かう。
「えーと、城門は……あれか」
「なかなか立派な城だな」
「あ、顔を出さない方がいいかと」
「何?」
シュパッと飛んできたそれが障壁で弾かれて落ちていった。そちらを見ると、明らかにこちらを警戒した兵士がさらに矢を射ってきた。
「城門前に行っていいって話は?」
「通っているハズなんだがな」
クレームネタが一つ増えたといったところかな。
「……以上がこちらの要求だ」
「ぐぬぬ」
「先ほどの件も含めると、ずいぶん控えめな内容だと思うが?」
いきなり攻撃してしまったのは小屋が空を飛んでくるなんて思いもしなかったと言い訳をしていたが、王子はそれを一蹴した。
「彼らが昨日引き上げるときに同じ小屋で飛んでいっただろう?」
「そ、それは……その……実際に見た者は……今……」
「そちらの連絡体制に問題があるとしても、こちらには関係ないどころか、仮にも俺はラガレットを代表してきたのだぞ。それに武器を向けるとは……な」
「し、しかしっ」
「クドい」
先ほどからずっとこんな感じ。平行線というか、そもそも帝国側は一切非が無いの一点張りから、少しだけ譲歩して金貨を積み上げて、というところを落とし所にするつもりらしく、ラガレットの要求は話にならないと蹴っているんだけど、ラガレット側は「それならこの件を大っぴらにする」と引く気無し。
「魔族がいつの間にか入れ替わっていたなど、誰が気付くと思う?」
「そうだな。だが、そうだとしても皇族を片っ端から処刑していくのを何とも思わなかったのはどうなんだ?」
「魔法による精神干渉だと聞いているが」
「だとしても、年端もいかぬ子供までというのを異常と感じなかった時点で」
「うぐ……」
そこへこの城の侍女たちが数名入ってきて茶菓子をそれぞれの前に出していく。その所作は見事のひと言で、ついついこちら側に置かれた茶器を全てたたき割ってしまうほど。
「な、何を?!」
帝国側は狼狽えているけど、こちらがまったく動じず。そして、スッとタチアナが私に耳打ち。流れるように私がパチンと指を弾くと、すぐそばの天井がバキッと割れて落ち、少し遅れて黒ずくめが落ちてきた。
すると、天井でゴトゴトッと音がして、さらに三ヶ所おなじように天井が割れて、黒ずくめが落ちてくる。
落ちてきた黒ずくめが「ぐ……ぬぬっ……」とか言っているのを、それぞれ天井からたたき落としていた私のヴィジョンがずるずると引きずって一ヶ所にまとめ、タチアナが――持ち歩いていた理由については聞くまい――持っていた縄でグルグル縛り上げる。
適当に縛っておいても問題ないでしょう。全員天井からたたき落とすときに両手両足を折っておいたからね。
そしてそれを見届けてから私の前に置かれたお茶をひとくち。帝国側が全員注目しているけど、私は見世物じゃないわよ。
「ふう……苦いっ!ひどい味ね」
普通のお茶だったら失礼極まりない感想を述べてから焼き菓子をひとくち。
「これも同じ。帝国のやり方ってこんな感じなのね」
「な……」
「な?」
「なぜなんともないんだ?!」
「なぜって……私に毒が効くわけないでしょう?」
知らんがな、という顔をされてもねえ。
「なるほど。穏便に済ませようと訪れている我々に毒を盛ろうとしたのか」
「ひっ!そ、それ……は……」
王子、ちょっと殺気がひどいですよ。
そして黒ずくめから色々回収したヴィジョンが私の元へ。どう見ても健康に良くなさそうな色合いの液体の入った瓶に、吹き矢っぽい一式。あとはなんか黒い粉がまぶされた投げナイフ。
「これは一体?」
「そ、その……わ、我々の護衛です」
「あなたたちの護衛?」
「不届き者がいた場合に、すぐ始末できるように、と」
「ほう……」
五度くらい室温が下がった気がする。
大使を処刑しようとしただけでなく、こうして外交に訪れた他国の王族をあっさり亡き者にしようとするとか、帝国ってホント恐いわあ。
さてどう言い訳するのかしらと思ったら、土下座だった。
もう少しこう、外交手腕を発揮して、うまいこと煙に巻くみたいなのを期待してたんだけど期待外れ。今まではこのやり方で問題なかったんだろうね。つまり、帝国始まって以来、初めて楯突く奴は亡き者にというやり方が通用しなかったのでしょう。
結局、当初ラガレットが提示しようとしていたよりも多くの金品に、思ったよりも広い領地がついてきた。
「ではこのまますぐに領地へ向かう。すぐに連絡をしておくように」
「す、すぐに……?!」
「何か問題が?」
「ありません……」
「よし、行くぞ」




