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ティガーさんは気絶してしまったけど……うん、折れたところもちゃんと綺麗に治ったわ。良かった。
え?百倍のまま治癒魔法をかければ痛みも一瞬だろうって?気絶するほどの痛みを百倍の早さで受けたら正気でいられるか保証できないのよね。
すぅすぅと落ち着いた呼吸に戻ったところで、口に噛ませた布を取り除き、そっと毛布をかける。
「さて、次は誰かしら?」
ちょっと!治すって言ってるのにどうして全員数歩下がるのよ。
私の治癒魔法による治療はその過程で痛みを伴うこともある。それは折れた骨を元の位置に戻すときに周りの組織を折れて鋭く尖った部分が周りを傷つけてしまうとか、傷が塞がる過程で痛みを感じる神経が先に修復されてしまうとか、そういう辺りが原因。
最終的にはキチンと治るのだし、傷跡も残らないのだから素直に受けなさいと、フランさんを捕まえ、ヴィジョンでガシッと肩を押さえつけて座らせて治癒魔法をかける。こちらはあちこち傷だらけだけど骨折などはなかったので、特に何事もなく……とはならなかった。どれだけ殴られたのかわからないけど、一部内出血をしていて、ひどいところは壊死しかけているところが数ヶ所。周辺の神経が切れてしまっていて感覚が鈍くなり、本人は「動かしづらいけど怪我のせいだろう」と思い込んでいたこともあって、治る過程で痛みのあまり大暴れ。神経から先に治っていくからこうなるわけで。うーん、私、人を治すとか癒すといった才能はないのかもね。
大臣親子がこの調子なので、他の皆は……よし、腰を抜かして身動きできなくなってるね、今のうちだ。
私が近づいていくと、アワアワと逃げようとするけど、ヴィジョンが背後に回り込んでガシッと押さえつけて治癒魔法発動。治療しているはずなのに阿鼻叫喚の地獄絵図みたいになっていくという、私としては実に不本意な感じになってしまったけど、私のせいじゃない。私の魔法の特性のせい……やっぱ私のせいか。
それでも、年のせいで最近腰がとか、昔の古傷が、といった者まで全部まとめて治し、とりあえず全員小屋に放り込んでいく間に、カイル隊長が偉そうな人たちから色々と聞き取ってくれていた。
「全員とても協力的だったぞ」
「そう」
「ざっとこんな感じだな」
そう言って話してくれた内容はだいたい私の予想したとおり。
皇位継承権が二桁という、立場的には上位の貴族にちょっと及ばないかもという立場の若者がいきなり上位者――皇帝も含む――の告発を開始。
誰もが最初は「知らん」と一蹴していたのだが、二度三度と繰り返されるうち、どういうわけか「私が悪かった」と謝罪の言葉が出るようになり、さらに聞かれてもいないのにポロポロと悪事を自白。本当にやったかどうかすら怪しいものが多いという謎を誰も指摘することもないまま、どういうわけか誰もが自ら極刑を望み、進んで首を差し出した、と。
どう考えてもおかしいとしか思えないのに、誰もおかしいと思わず、そのまま処刑が行われ、最終的に残ったのがアイツ。皇位継承権を持つ者が他にいないのでそのまま皇帝の座に。
「確かに今思い返せばおかしなことばかりだった」
「まだ十にも満たない子どもすら数多くの賄賂を自白して処刑台に」
とりあえず、相手の心を操る魔法を使うらしいと言うことを教え、抵抗する術がなかった以上はどうしようもなかったのだと伝えておくが、年端もいかない子どもすら手にかけてしまっていたりしていると、慰めの言葉も出てこないね。
「どうすればいい」とオロオロし出したとしてもねえ……私たち、完全に部外者だし。
カイル隊長は「一旦我々は引き上げる」「数日したら戻るので、詳しい話はその時に」とうまいことまとめたというか、投げ捨てたというか。
とりあえずラガレットの皆を一旦フェルナンド王国へ連れ帰る。怪我は治したけど衰弱のひどい人は多く、できるだけ早く落ち着いたところで療養させたい。ラガレットに行ってもいいけど、王子に引き渡す方がいいだろうし、しばらく私が様子を見て必要そうなら治癒魔法を、ということで。
治癒魔法という単語で全員が少し身構えた。解せぬ。
小屋を持ち上げて飛び始めたところで、遠距離通信できるヴィジョン持ちの方が王子へ「フェルナンド王国へ向かいます」と一筆送る。あとの細かいところは戻ってからでいいや。
やれやれ、面倒な相手だったわ、帰りはゆっくりさせてもらおうと思ったのに、すぐにリリィさんからの手紙が届いた。
「えーと……簡潔に経緯を説明しろ……あう」
事前にある程度根回しして置いてくれるのは有り難いんだけどねえ……仕方ない。
まさに処刑されるその場に突入、皇帝が異界からの魔族が変身した者だったことを看破し、全員救出。魔族は情報を聞き出した後討伐。帝国は皇族が全滅したが、その後どうするかは僅かに生き残っていた偉い人たちに丸投げして帰還中、と返した。
これ以上細かいことは戻ってから、よ。
帰路の半分くらいまで来た頃、治癒の過程で気を失った人たちが目を覚まし始めたので、様子を見て回る。どこか痛いところはないか、気分は悪くないかといった確認を。全員問題なかったので、クラレッグさんが腕によりをかけた麦粥を配る。ここ数日はほとんどまともな食事をしていなかったらしいので、お腹がびっくりしないように良く冷まして少しだけ。最悪私が治癒魔法をかければいいとしても、今は安全のためこのくらいにしておこう。
そんな感じで気を遣いながら飛び続け、日が暮れる少し前に王都到着。いつものように手前で降りて、ズラリと用意された馬車へ乗り換えて屋敷へ向かう。
ラガレットの皆さんは。
私は城へ。
まずは状況報告です。
リリィさんへの返事のあと、皆さんから話を聞いてまとめたメモを手に会議室へ案内され、入って早々にゴードル王子に深々と頭を下げられた。
「この度は本当にありがとう。いくら感謝しても感謝しきれない」
「ええと……」
「私にできることなら何でもする。言ってくれ」
「とりあえず頭上げて席についてもらえます?」
「そんなことでいいのか?」
普通にお願い事ではないと思いますが、それでいいならいいか。
下手すると「願いを叶えるためには結婚した方が早いな」とか言われそうだし。
とりあえず王子に落ち着くように言いながら私も席に着き、何があったのかの話に入る。
私たちが到着するまでの話は大使とその部下と家族総勢四十名の話をまとめたものを簡潔に。到着後のことも簡潔に。
「以上、簡単ではありますが、何が起こっていたかという話です」
「異界の魔族が」
「すり替わっていたとは」
「我が国は大丈夫か?」
「他の国にも警戒するように呼び掛けては?」
「いやしかし」
色々な意見が出てくる。
なるほど他の国にももしかしたら、というのはあるか。と言っても、この世界に一体いくつの国があるのか知らないから、どのくらい手間のかかる話になるのやら。
「軍事力という意味で警戒すべき国はルウィノン帝国の他は三つだな」
「ほう」
「北のルミナ聖王国、西のマフィ王国、南のジュペス帝国。ルミナ聖王国はまだ話のわかる国だが、マフィ王国は少々厄介だな」
「ジュペス帝国は?」
「論外だ。ラガレットの南西の国で、つい最近まで小競り合いが絶えなかったし、現在進行形で他の国と交戦中。下手なことをすると挑発と取られるだろう」
ラガレット的に話を通しづらい国でした。




