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ケンジとかいう奴の使い魔と言うことは、オッド自身はあまり情報を持っていないだろうし、日本に帰るのが目的と言うことがわかれば充分。
一方で、コイツを鑑定したときに「情報送信」とかいうスキルがあったと言うことの方が問題。スキルを鑑定したところ、一日一回しか使えないという制限があったので、今のところ問題は無いが、ここで逃がすと私の存在があちらに漏れる。空間に開けた穴に片っ端から魔法を叩き込んでいるから「なんかヤバい奴がいる」という認識はしているだろうけど、それ以上の情報を持って行かれるのはマズい。
「何?!」
「ということでさようなら、ね」
一気に駆け寄って今度は風穴開けようと拳を振るったが、通常時間の中では相手もそれなりに反応できるようで、バッと翼を広げて空へ。
「クソ!こうなったら!この国など要らん!他にも軍事力のある国はいくらでもあるからな!街ごと消し飛んでしまえ!」
実に小物感漂う台詞を叫んで上昇しながら、その右手に魔力が集中していく。多分、アレをぶん投げて帝都ごと吹き飛ばすつもりなんだろう。
でもね、その位置。その位置がいいのよ。
火魔法レベル十 滅却の業火
上空高くにいるオッドに向けて、使えるけどとても普段使い出来ない規模の破壊力を持つ魔法を解き放つ。彼我の距離は数百メートル。これなら直撃して爆発しても……うん、ちょっと不安だから帝都の上に防御のための結界は五枚ほど張っておこう。
「そらよっ……と!」
薙ぎ払われた騎士たちが吹っ飛ぶが、すぐに次がやって来る。いい加減力量の差を見極めて引いてほしいものだと思う。
「怯むな!奴は一人、攻め続ければいずれは力尽きる!」
「おう!」
ま、そうなるよな。
長期戦を覚悟したとき、フッと辺りが暗くなった。
「何だ?!」
「小屋が飛んできた?!」
「ははっ、絶妙なタイミングだな」
ガキンと剣を受け止め弾き返しながら、叫ぶ。
「フランさん!そいつに乗り込んでくれ!」
「え?コレ……え?」
「安心しろ!そいつは味方だ!」
小屋が空飛んでくるのになれてしまった自分のこの先がちょっと心配だが。
それでも小屋を吊り下げてきた少女――ヴィジョンだと気付いてすらいないだろう――に見覚えがあったのか、それともドアが開いて見知った顔が「フラン様!早く!」と呼んだからか。とりあえず小屋に乗り込んでくれたので吊り下げているヴィジョンに「行け!」と告げるとコクリと頷いてゆっくりと小屋が持ち上がっていく。
「あ!」
「逃がすな!」
「邪魔すんな!」
「グワッ!」
「クソッ!」
迫ってくる男たちを薙ぎ払い、五メートル程まで上昇した小屋に向けて槍の力を借りて跳躍して捕まる。
騎士たちは槍を持っている者もいるが投げるには向かないタイプ。弓矢を持ってる者もいないし、おそらく魔法を使える者もいないだろうから、このくらいまで上がってしまうともはや何も出来なくなる。
「これであとは……ん?」
急速に上空に何かの力が集まっていくような感触。
「オイオイ、アレは何だ?」
「食らえ……え?」
オッドが魔力を目一杯集めた炸裂魔法弾を撃とうとした瞬間、目の前に小さな、それでいて強い光を放つ火球が現れた。
「こ……これ……は……」
明らかにこちらが放とうとしている魔法の数十倍どころでない量の込められた魔力に、思わず逃げようとして……
「!!!!!」
結界の形をコントロールして爆圧を上に逃がしつつ、間を真空にして音や振動がこちらに来ないようにとさらに追加した結界を維持。
それでも不十分だったようで、かなりの爆音と地面すら揺れるほどの振動にソフィーさんが雷に怯える子供のように耳を塞いでしゃがみ込む。
大丈夫よ。コレ、雷どころじゃない威力だけど、私がきちんとコントロールしてるから。
たっぷり三十秒ほど轟音と振動が続き、訪れた静寂。見上げた空にオッドの姿は無し。ちり一つ残さず燃え尽きたようで、討伐完了ね。
うん、私の展開しておいた結界、中でドラゴンが数匹大暴れしてもびくともしない強度のハズだったんだけど、五枚中三枚までぶち抜かれてたわ。
爆圧が全て空に向かうように結界の形を調整しておいたから当然なのかな。星空が見える。
見なかったことにしよう。
レベル十の魔法はダンジョンコア、つまり向こう側に向けて撃つだけにして、こっちでは撃たないようにしよう。威力がありすぎる。
「ソフィーさん、大丈夫?」
「は、はひ……終わったんですか?」
「ええ。とりあえずこの場は」
「ふう、よかった」
周りを見ると、逃げ遅れていた見物客に、騎士とか役人とかが腰を抜かしていたり、頭を抱えて丸くなってうずくまっていたりと様々。一番偉そうな人は、放心状態だ。ま、そのうち復活するでしょう。
そこへ、ヴィジョンが小屋を吊り下げて戻ってきた。さて、急がないとね。
ドアを開けてカイル隊長のあとからフランさんが出てくる。
「はい、どいてどいて」
何か言いかけている二人を押しのけて中へ。
「ティガーさん、聞こえますか?」
「……」
言葉が通じないって不便ね。
「ソフィーさんこっち!早く!」
「ま、待って下さい。レオナ様、早すぎ!」
「ティガーさん?」
「あ、ああ……」
うん、意識ははっきりしてるね。
鑑定、っと。お、思った以上にいい感じに鑑定してくれた。結果は……ひどいなあ。
あちこち骨折。明らかに拷問ね。んで、適当に添え木を当てただけで二週間くらい経ってるのかしら。折れたところがおかしな形で繋がりかけていて、このままだと曲がったままになってしまう。
「カイル隊長!」
「おう」
「ええと……あとは」
「何か手伝えるなら俺が!」
傷だらけだけど表面的なケガが大半で骨が折れたりはしていないみたいね。ま、息子なら親の事が気がかりなのは当たり前だし、ダメとは言わないわ。
「じゃあ、フランさん。二人でティガーさんの手足を押さえてて。それからそこのあなた」
「え?私?」
「そこの箱に布が入ってるハズ。持ってきて」
「は、はい……これですか?」
「ん、ありがと」
さて、カイル隊長とフランさんがティガーさんの手足を押さえたところでこれからやることを説明する。
「まあ、押さえるといっても軽くでいいわ」
「なんで押さえる必要が?」
「これから折るのよ」
「え?」
「出来るだけ痛くないようにするけどね」
「いや、ちょっと待て。なんで折るんだ?」
「おかしな向きに繋がりかけてるから。私の治癒魔法だと、そのままにしそうだから折りなおすのよ」
「言葉がひでえな」
「あと、カイル隊長は経験済みだけど、私の治癒魔法って、治してる最中は痛いのよね」
「う……そう言えば」
「ということで布を噛ませて、と」
あちこちの骨を折るといっても一瞬で終わらせれば大丈夫なはず。
「いくわ!」
時間感覚操作百倍
この曲がって繋がっている部位は敵、と意識しながらパチパチと指で弾き、治癒魔法開始と同時に解除。
「ふ……がっ……ふぬぬ!ふがっ!」
「っと、そっち押さえろ」
「あ、はいっ……くっ!」
痛みに悶え、暴れそうになるところを二人が出来るだけ傷に障らないように気をつけながら押さえる。ん、そのくらいの力加減でちょうどいいかな。
ほんわりとした白い光が全身を覆い、ゆっくりと吸い込まれていくと目に見えてあちこちにあった傷口がビデオの逆再生みたいに塞がっていく。汚れたところを拭い取ってみると、生まれたての赤ん坊のような肌ではないけど、綺麗になっていた。全身の泥土地の汚れを洗い落とすのはフェルナンドに戻ってからかな。




