18-6
「では、これより刑を執行する!」
処刑台の上でちょっと偉そうな人が宣言し、一人目、大使のディガーさんが引っ張り出される。
「うーん……カイルさんもちょっと心配」
「え、そんなにマズいんですか?」
「ざっと二十人くらいが殺到しそう」
「ええ……」
「さらに追加も三十人ほど」
「どうするんです?こっちもこっちで……」
「ちょっとだけ頑張ってもらいましょ。まずはこっちの場を何とかしないとね」
一応物理的な防御力のある結界はまだ効いているしから大丈夫と信じ、台の上に目を向けると、今まさに手足を固定され、処刑人が斧を振り上げたところだった。
「行くわよ」
「は、はいっ」
斧が振り下ろされた瞬間、時間感覚を百倍に加速して斧の真下に立ち、ガキンと頭で受ける。少し斧にヒビが入ったみたい。
「な!何者だ!」
問われて答える義務もないので、そのまま処刑台のすぐそばへ小屋を出し、軽く魔法を放って、全員を拘束している縄を切る。
「こっちです!急いで!」
ソフィーさんが手近な一人を強引に小屋の中へ引っ張り込みながら叫ぶと、当然それを止めに入る衛兵。でも、どんなに頑張って掴もうとしても、私の展開した結界があるので、近づくことすらままならない。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ……」
大使の傷はかなりひどいが、今ここで治してしまうとホッとして倒れてしまいそうなので無理を承知で担ぎ上げて小屋の方へ向かい、ソフィーさんに引き渡す。
「貴様ら!一体何者だ?!」
「それはこっちの台詞よ。あんなのの言いなりになって」
「あんなのだと?!何のことだ!」
ドゴン!
私が答えるより早く魔法が放たれ、私の目の前で爆発した。
「な……何……が……」
私に食ってかかった人がちょっと火傷&裂傷&……何か色々あったので、瞬時に治す。
魔法を放ったのは言うまでもなく皇帝になりすましたオッド。
っと、カイルさんがちょっとピンチかも。
慌てて十倍加速して、アイテムボックスから用意しておいた物を引っ張り出してブンッと投げる。投げた先、カイル隊長のほぼ真上にヴィジョンを出しておくのも忘れない。そしてヴィジョンが受け取って真下のカイル隊長の方へ投げたらヴィジョンは戻し、小屋の方へ。とりあえず離脱だ。
「ほう……何やら色々とやっているようだな」
「おかげさまで大忙し……よっ!」
さっきの十倍はホンの一瞬だったので、すぐにもう一回加速。皇帝の元へ踏み込んで、みぞおちに向けて拳を叩き込む。ぶち抜かない程度に加減しながら。
「おぐぅぉっ!」
「さっさと正体現しなさい!」
「ぐ……貴様……気付いて」
「当然よ」
本当はあなたの方が魔力で探知したのに気付いたからという、ちょっと残念な経緯だけどそこは言わないでおく。
「レオナ様!」
「いいわ!行って!」
私の合図と同時にヴィジョンが小屋を持ち上げてカイル隊長の方へ向かう。まずは合流だ。
二十人以上が狭い路地になだれ込んできたが、狭いと言うことは一度に相手をする人数は限定されると言うこと。それでも三人程度を同時に相手するのはそれなりにきつい。そう思ったとき、目の前にいきなり槍が突き刺さった。
「これ……おいおい、銀翼の星槍かよ」
ロアでギドを切り刻んだらちょっと刃が欠けたとかで、レオナが「修理しておくわ」と持って行っていたが、まさかのタイミングで寄越しやがった。
「ふんっ!なるほど……これはなかなか」
おそらく、クレメル家お抱えの職人、エルンスの手によって修理されたのだろうが、色々と良い材料を使ったらしく、長年使い込んでちょっとくたびれ始めていたようなところも全部手が入っていて新品どころかさらに強化されているようだ。
「コイツなら!」
構え、振り払うと「おとなしくしろ!」とか「抵抗するなら命はないぞ!」とか叫びながら飛び込んできた衛兵を軽く吹き飛ばせた。やはりこの槍はいい。持ち手の意を汲み取って致命傷を与えずに無力化してくれる。
ありがたい。これなら、守り切れる!
「グ……ォォォオッ!」
オッドがうなり声を上げ、その体が倍ほどに膨れ上がり、角とか翼とかが生えてきた。なんて言うかぼくのかんがえたさいきょうのまぞく、みたいな姿にさすがに帝国の偉そうな人とか騎士とかもうろたえ、見物に来ていた民衆は悲鳴を上げて逃げ惑う。
「許さん!許さあぐぅ!!」
カッコつけて叫んだそのアゴを蹴り上げて数歩後ろへさがり、チョイチョイっと手招き。
「かかってきなさい。格の違いをわからせてやるわ」
「き……貴様!」
軽く飛び上がり、殴りかかってきた腕を回り込んでかわしながら拳を叩き込み、肘を逆側へ折る。
「うぐぅわああっ!」
数秒のたうち回るが、どうにか自身で治癒魔法をかけ立ち上がろうとした側頭部を蹴り飛ばす。
「ふんぐぅぁっ!」
衝撃で処刑台を粉砕しちゃったけど別にいいよね?
「所詮三下ね。相手にもならないわ。どうせろくでもないこと考えてこっちに来たんでしょうけど、送り込んできたケンジってのもあまり頭が良くなさそう」
「我が主を愚弄するな!」
「へえ、忠誠心はなかなかってこと?」
「あの御方の深遠なるお考えが貴様のような小娘にわかってたまるか!」
「ふーん。何をしようとしたのか、知恵の足りなそうな小娘の後学のために教えてもらえる?」
「ふ……いいだろう……ケンジ様は異界からの転生を果たされた方だ」
「異界?」
「ククッ、やはり無知だな。ニホンという高度に発展した国家を有するチキューなる異界のことも知らんか」
いや、普通に暮らしている人が自分たちの住んでいるのとは違う世界があるなんて知らないと思うんだよね。私は知ってるけど。
「で、その異界がどう関係するのかしら?」
「ケンジ様は転生によって大いなる力を得た。その力を持って元の世界へ凱旋し、チキューを支配するべく、世界を渡り歩くこととしたのだ」
「世界を渡り歩く?」
「ああ。ケンジ様の力を持ってしても神々によって作られた世界とその世界を隔てる壁は分厚く、一気にチキューまで移動するのは至難の業。だが、他の世界を経由し、チキューの近くまで行けば、容易く移動できる」
この世界、通過駅なんだね。私が転生したタイミングで既に穴を開け始めていたらしいから結構前からやっていたのかしら。そして、そもそもケンジが転生した先が今こちらに穴を開けている世界なのかどうかも怪しくなってきたかも。これ、神様確認案件だわ。
あとは、地球を支配ねえ……バカなのかしら?
もしかしたら、ちゃんと考えていて「ただ里帰りしたいだけだけど、それだと従ってくれそうにないから「地球の王に俺はなる!」とか言えば、いいか」と考えている可能性の方が高い。
だって、地球、つまり世界征服って……面倒よ?
例えば、私が今からこっちの世界を相手に戦った場合、ひと月かからずに全ての国を制圧するくらいは出来る。だけど、そのあとが大変。世界を征服って、世界の王様になるって事で、王様になったら支配している地域を治めなければならない。きちんと税を徴収して、その税を使って道路整備したり、治安維持のための警察機関的なものを運営して……小さな島国日本でさえ、それを治める政府は日々色々なことに頭を悩ませていたはずなのに、それより広い地域を治めるなんて。
ま、いいか。どうせ敵対すること間違い無しの相手。何を考えていたとしてもこちらの対応はとてもシンプル。
「そちらの事情はどうでもいいって事がわかったわ」




