18-5
「絶対に許さん!」
「ほう、許さないとどうするんだ?」
ギャハハハとまた下品に笑う衛兵たち。
無力。無念。
あのときこうしていたらという後悔など既に遅すぎると、ギリリと鉄格子を掴むと、爪が掌に食い込み、血が一筋流れ落ちた。
「……って感じかな」
何言ってるのかさっぱりわからないけど、雰囲気でわかる。そして、鉄格子の向こうにいる男性――拷問を受けた結果なのか、はたまた違うのか、全身傷だらけでひどい状態だ――が、フラン・ルーカスその人だ。
さて、これ以上は彼も限界。さっさと助け出そう。
時間間隔操作百倍。
ゆっくりに引き延ばされた時間の中、檻の前まで進み、グイッと鉄格子を開いてフランをそっと外へ引っ張り出す。そして、鉄格子を元の形に戻したら抱え上げて……解除。百倍の速度の中でヴィジョンが全力で飛ばしたら人間の体が耐えきれないからね。
「なっ?!」
「ちょっ!なんだこれは?!」
「あ、コラ!待て!」
とか言ってるんだろうなと思いながらフランを抱えて一気に階段を上り、そのまま外へ飛び出すと急上昇。少なくとも弓を射た程度ではここまでは届かないだろうという高さで一旦停止。フランは……何かが起きたのかさっぱりでポカンとしている。うん、慌てふためいて暴れるより遥かにマシね。
「ソフィーさん」
「は、はいっ!」
「フランさんを助け出しました。通訳をお願いします」
「え?通訳?」
「私の声を飛ばすだけなので」
「わ、わかりました」
私とソフィーさんの周囲をふんわりと風で包み、ヴィジョンが連れているフランさんのところまで繋ぐ。
「フランさんですね。そちらの声はこちらに届かないので、頷くか首を振るかで答えて下さい」
コクコク。
「ラガレットからこの事態を伝えられて助けに来ました。他の方たちもこの後助け出します。これからあなたを安全な場所に移します。そのまま待っていただけますか?」
コクコク。
よし。
そのままブンッとヴィジョンを飛ばし、目的の場所で降ろす。
「カイル隊長」
「うまく行ったか?」
「はい。さっきまでいた路地に降ろしました。ヴィジョンを護衛につけてますが、至急向かって下さい。合流したらその場で待機で」
「レオナ様は?」
「三十九人を救出します。ソフィーさん」
「はい」
「色々物騒な展開も予想されますが、絶対守りますので、通訳、お願いしますね」
「はひ……」
カイル隊長が人混みをかき分けながら去って行くのを見送り、こちらはこちらで朗報を伝えておこう。
「ハインツさん」
トン。
「無事にフランさんを救出しました」
ハッと顔を上げたので慌てて窘める。
「落ち着いて下さい。まだこれから。喜ぶのはここにいる全員も助け出してからです」
トン。
こちらの声はハインツさんの両隣くらいに聞こえており、明らかに表情が和らいだ。さて、後はどうやって助け出す……ん?
「アルセン・ルウィノン皇帝です!」
誰かの声が響くと同時に、ピカピカの鎧を纏った騎士たちに護衛されて若い男が現れ、処刑台を見下ろすような位置の椅子に座った。
「あれが皇帝」
「雰囲気ありますね」
そりゃそうでしょう。皇帝としての威厳を見せるような服装に装飾品だもの。
そして皇帝がこの場に集まった者へ視線を向けると同時に……
「!」
「レオナ様、どうしました?」
「シッ……何も起きてない振りをして」
「は、はい」
何だ、今のは。
この場について、ラガレットの人たちが処刑台に引っ張り上げられた時点で私は自分自身とソフィーさんに三十九人全員に結界を被せてある。数と範囲が広いのであまり強度はないけれど、騎士の剣戟一発くらいではびくともしない程度の強度があり、魔法もある程度防げる。その結界に、何かが触れた。馬鹿な。元々そばにいた者以外、誰も近づいていないはず。
一体誰が……ん?皇帝から薄らと何か触手のような物が伸びて周囲を探っているような……私が細かく魔法を使っているのに気付いて、発生源を探っているような……鑑定っと。
オッド:魔族 空間魔導師ケンジの使い魔
コイツか!
「ソフィーさん」
「はい?」
「私、今回のこの騒動の原因、わかっちゃった」
「え?」
「あの皇帝、偽物よ」
「え?嘘んぐぐ」
大きな声を出しそうになったので慌てて口を塞ぐ。
「静かにね。アレ……えーと、話したよね。ロアのダンジョンを潰した後に……何だっけ、ああ、ギドだ。なんか、空間魔導師とかなんとか言うのの使い魔が来てたって」
「え、ええ。聞きました」
「アイツもそれ」
「ええ……じゃあ、えっと、その、魔族でしたっけ?こっちにやって来てこっそりアルセンって人と入れ替わって姿を変えて」
「ええ。この国の皇族を全員処分して自らが皇帝に成り上がってこの国を支配。そしてダンジョン、つまりこちらの世界への穴を塞ごうという動きを見せたらガレットに対して、今後妨害させないぞ、という意思表示ってところね」
「むむむ……どうするんですか?」
「今までとあんまり変わらないけど……カイル隊長がフランさんのところに到着しないことには動きづらいのよね」
今のうちにこの後のことについて伝えておく。私の行動指針としてはソフィーさんとラガレットの外交関係者三十九人を無事にここから脱出させつつ、あのオッドとか言うのをぶちのめすに決定。出来ればあちらの情報を引き出したいけど、話が通じなかったら諦める。無理に聞き出そうとして被害が大きくなるなんて本末転倒は避けないとね。
「こっち……っと、こっちか。そしてこっち……いた!」
処刑場前の人混みをどうにかかき分け、帝都内を駆け回ること十分。どうにかついさっきまで休んでいた路地へ辿り着きそのまま奥へ。
「いた!」
「!だ、誰だ……」
「すまない、東部語はあまりうまくないのだが、ラガレットのフラン・ルーカスでいいか?」
「あ、ああ」
ま、そのすぐそばにレオナ様のヴィジョンがいるから間違いないだろうが。
「詳しい事情は追って話すが、フェルナンド王国から助けに来ました。カイル・ラビロロアだ」
「ラビ……ロアの王?」
「元、な」
とりあえず合流できたとホッとしたと同時に、ヴィジョンがフッと姿を消す。こちらの様子はきちんと見ていたようだ。
「ええと……」
「とりあえずもう少し奥へ。追っ手が来る可能性がありますので。とりあえず俺が話せる限りで事情を説明します」
よし、カイル隊長がフランさんに合流したので、ヴィジョンを戻す。さて、本格的に……ん?
「マズいかも」
「ええ……まだ何かあるんですか?」
「衛兵が意外に優秀だわ」
「え?」
「もう、フランさんの居場所付近まで来てる」
「嘘……」
「まあ、空飛んでいるのをどこか高いところから見ていたら、降りた場所もだいたい見当つくでしょうね。土地勘は絶対あるから最短距離で来るでしょうし」
さて、カイル隊長だけで大丈夫かな。
「マズいな。もう追っ手が来たらしい」
「え?」
剣を抜いてフランを守るべく構えるが、ぶっちゃけたところ衛兵を斬り殺すわけにはいかない。彼らは彼らの職務を全うしようとしているだけで、今のところ非はこちらにあるわけだし。せめてこの剣がもう少しいい物だったら、鎧だけを切り、武器をたたき折って無力化する方法が採れると思うが、それは贅沢すぎるか。この剣だって、普通に手に入るような質を遥かに超えているんだから。




