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全員の名前は確認しない。ここからじゃ全員見えないし。マップで見ても密集しすぎていて区別がつかない。便利なようでこう言うところでちょっとダメなのよね、このマップ。神様が良かれと思って与えてくれたスキルで、メインのダンジョン探索では役に立つからあまり文句は言わないけど。
「で、ディガー・ルーカス大使が一番前の真ん中にいるんだけど」
「ありゃ、口も聞けそうにないな」
「ひどいです」
相当殴られたのだろう、両目は腫れていてほとんど開いておらず、口からも大量の血を流したらしいあと。両頬も晴れているが、それ以上に顎の辺りがグシャグシャになっているようで、表情と呼べるものがない。良く生きているものだと、逆にあそこまで追い詰めた人物の腕に感心してしまう。
「えーと、その隣の秘書官、ハインツ・シューマンさんはなんとか喋れそうね」
「よく名前がわかるな」
「ふふん、さすがでしょ?さて、ソフィーさん、私の声をハインツさんのところに飛ばすから通訳よろしく」
「はい」
ここに来るまでの間に私が離れた位置に声を飛ばせることと、ソフィーさんがそれを訳することが出来るところまでは確認済み。そっと風の魔法を発動させ、ハインツさんの耳の辺りだけに伝わるようにして、と。
「ハインツ・シューマンさん、聞こえますか。落ち着いて聞いて下さい」
ビクッとなって恐る恐る周囲を見始めちゃった。
「何も起きていないように振る舞って下さい。これが気付かれると、マズいかも知れないので」
ハッとなってそれまで通りの絶望した感じの顔つきに変わる。多分、死を前にして幻聴が聞こえたか、精神が不安定で落ち着かないか、そんなふうに見えてくれていると信じて進める。
「ラガレットのゴードル王子からの連絡を受けて助けに来ました。全員助けます。落ち着いて下さい。大丈夫そうでしたらどちらかの指をトントンと二回、ダメなら一回、お願いします」
トン……トン、と二回。とりあえず落ち着いて聞いてくれそうだ。
「なあ、レオナ様」
「何よ、忙しいんだけど」
「あそこ、四十人いるはずだろ?一人足りないぞ」
「わかってる。それを聞くのよ」
「ええ……よく見えてるな」
「失礼な。これでも全体を見渡してるわよ」
カイル隊長の背丈なら処刑台の上に並んでいるのが何人か、すぐに数えられるんだろうけど、私の視線からは無理。だけど、マップ上の点だけは数えた。三十九人。一人足りないけど、重なり合いすぎていて名前の確認が難しい。
「そこにいるのは全員ではありませんね?」
トントン。
「誰が足りないかわかりますか?」
トントン。
「名前をそっと呟いて下さい」
「……フ……ラ……ン」
「フラン……フラン・ルーカスですね?」
トントン。
「どこにいるかわかりますか?」
この問いにはしばらく間を置いて……トン。おそらく、「ここかも?」という予想はあるけど確証はないとか、そもそも捕まったときに別々にさせられたか。だけどこれ以上聞き出すのは無理ね。
「さて、カイル隊長。どうでしょうか?」
「単純だな。お互いが人質。どちらかが逃亡を図ろうとしたりしたら、もう一方を即、という話をしているんだろう」
「なるほど」
えげつねえな、と呟くコアラの絵を思い出してしまった。
そもそもディガー・ルーカス大使の息子フランさんは、ただ単に家族だから同行してきているだけで、外交的な権限などは一切無い。歳は十八、成人しているけれど家を継ぐのは父である大使が引退してから。だから貴族と言っても、貴族家子息という位置づけでこれまた力があるわけでは無い。でも優秀なんだって。幼い頃から大使の息子として帝国に住んでいるせいもあって東部語にも堪能。父親の仕事をそばで見ていたせいか、人の顔を覚えるのは得意だし、ちょっとした表情から色々読み取ったり、気を遣ったりするのもうまいとか。ラガレットでは大使は親から子へ継がれる職務ではないのだけれど、ことフラン・ルーカスに関しては例外が適用されるのではと噂されているとか。ま、禁止する法律もないから例外とかいうのもおかしな言い方だけどね。
なんにせよ、フランという人物はラガレット大使たちにとっても大事な人ということ。そしてそれをわかっていて一人だけ離し、「お前らが誰か一人でも逆らったら……わかるだろ?」とかやったと。
「居場所の予想は?」
「帝国の場合、衛兵は騎士団の下部組織。騎士団の詰めている建物があっちだったかな。その中に衛兵たちも詰めているはずで……多分その地下、いわゆる地下牢だろう」
「了解……うん、見えない」
「え?見えない?」
「何でもない、独り言よ」
騎士団の場所はわかったけど、中は別マップ扱いで、何にも見えないのよ。とりあえず騎士団にいるだろうというかいる隊長の予想以外にこれと言って選択肢も無いので様子を見に行くことにしよう。
「ちょっと見てくるわ」
「え?」
「集中したいから、まわりの警戒をお願い。何かあったら教えて」
「何かって」
「処刑が前倒しになったりとか」
「わかりました」
一応、ここに連れてこられた全員に物理障壁を展開してあるのでいきなり前触れも無く首を飛ばすということをされても大丈夫と言えば大丈夫だけど、その場合「なんだ!なぜ斬れない?!」と大騒ぎになるのは間違いない。
「えーと、騎士団はあっち方角……コール」
上空遠くにヴィジョンを出し、騎士団へ向かわせるとともに目を閉じて視界を共有する。こういうとき、仮面をつけていると目を閉じていることに気付かれなくていいわね。「また、器用なことをやるな」とカイル隊長が呟いていたので、あとでお説教しよう。お説教テーマは「上司に対する物言いについて」とか。
さて、騎士団にはすぐに到着。上から見て、中には入れそうなところ……あの辺がいいかなという入り口発見。警備はされているけど空からやって来るなんて考えてないだろうから、苦労もなく中へ入る。
「マップ……よし、地下への入り口発見」
ヴィジョンでもマップが使える不思議に感謝しつつ、天井付近をすいーっと移動しながら地下を目指す。建物内部にいる人たちも天井付近を浮いて移動している者がいるなんて想像もしていないのか、誰にも見つかることなく地下へ下りる階段へ。そっと進むとマップが切り替わり……いた。
「クソ!ここから出せ!」
「うるせえ!黙ってろ!」
「俺一人処刑すればいいだろう!他の皆は「黙れと言ってんのがわかんねえのか?!」
ガン!と鉄格子が蹴られ、さらに格子を掴んだ手に棍棒が振り下ろされる。もとより避けるつもりもなく、ゴギャッとイヤな音共に激痛が走るが、構うものか。
「三十人以上処刑なんてしたら、戦争は避けられないぞ!」
「俺たちの知ったことじゃない」
「そうそう」
「お前一人の命じゃ軽くて釣り合わないんだよ」
「貴様っ!」
「もう一度言うが……全員処刑なんだよ」
「お前だけ少し順番が遅いってだけ」
ギャハハハと下品に笑う衛兵たちにフランは無力を嘆く。どうして自分はこんなにも無力なのかと。まわりは自分のことを優秀だともてはやすが、自分では出来ることを精一杯やった結果であって、失敗だって多くある。だが、その失敗を全てまわりの大人がフォローし、「ゆっくりでいいからしっかり学べ」と支えてくれた。
その支えてくれた人が全てこれから処刑される。何一つ恩を返すことも出来ないまま、ここで待つしか出来ず、しかもそのあとは自分も処刑される。これほど絶望があろうかと歯を食いしばり衛兵たちを睨み付ける。悔しさで流していた涙は三日前に涸れ、食いしばり続けた歯は数本が砕け、噛み締め続けた唇は既にカラカラで血も流れてこない。




