18-3
「じゃ、おやすみ」
ドアの向こうへカイル隊長が消え、こちらの部屋ではソフィーさんがベッドに潜り込む。これから夜通しかけてルウィノン帝国の帝都まで向かう間、私は寝るわけにはいかない。だけど、帝都に着いてから処刑だなんだの話をしていたら一体どれだけ時間がかかるか。さすがの私も不眠不休では限界があるので、まず二人に休んでもらい、帝都に入ったら私が少し休んで、という感じにする予定にしている。
二人が休んだところで、窓から外を眺めながら考える。
ルウィノン帝国の新皇帝アルセン・ルウィノン。皇帝の遠縁で継承順位は低く、普通に考えたらそのまま地方貴族として何となく一生を終えるだろうというのが周囲の評価だったらしい。それがいきなり「皇帝が不正を!」とか側近やら皇子やらが不正をしていると告発。ルウィノン帝国は皇帝が絶対的な権力を持つ国で、こんなことをしたら逆に捕まってよくて幽閉、普通なら処刑、らしい。それが、捕まるどころか逆に皇帝をはじめとする帝国の中枢に関わる者を軒並み処刑したというから驚きだ。
一体何をどうしたらこうなるのだろう?
フェルナンド王国の人々は帝国のやり方に詳しくないから、あまり参考になる意見はなかったけど、ゴードル王子とカイルさんたちに言わせると、相当な、それもかなり大規模な根回しをしていたはずだ、と。
資金力も後ろ盾も無い上に、腹の探り合いにかけてはそこらの国の比では無いほどの伏魔殿と言われるような帝国中枢で、そんなことが出来るのだろうか?
ラガレットにいる、昔は帝国の大使を務めていたような人たちに言わせると、ポッと出の若造には「無理」らしい。裏で何者かが糸を引いているというのが大方の予想だけど、下手をすれば即処刑されるような告発の後押しが出来るような人物に思い当たらないという。
それもそうだ。帝国の中枢を引っかき回せるほどの影響力があるような人物は、自分自身が中枢にいてうまいこと立ち回れば、余計なリスクを負わずにおいしい思いが出来るだろうし。
そんな、考えても答えの出そうに無いことを考えながら飛び続けること数時間。帝都まで程々の距離で小屋を下ろし、二人を起こす。
「で、ここからどうするんだ?」
「こうします」
遠く、警戒の明かりがかすかに見える帝都を見ながら投下いる隊長への答えはシンプル。私がソフィーさんに後ろから抱きつき、それを私のヴィジョンが抱え、その背中にカイル隊長が乗る。そしてそのまま飛び上がり、ソフィーさんが気絶しかけるほどの高さで見張りの目を回避して外壁を越えるとゆっくりと降下する。
「ふむ……あまり街並みは変わってないな」
「あら、詳しいの?」
「それなりにな。夜明けまで隠れているならあっちの方がいい」
「ちょっと治安悪そうな感じがするんだけど」
「その辺は大丈夫だろ?」
「まあ、そうだけど」
「それに……情報も集めておきたい」
「情報?」
「今日処刑が行われるのはいいが、時間とか場所とか」
あの書面には書かれてなかったわね。ラガレットに届いてから慌ててでても間に合わないこと前提だろうからね。
「だから情報収集?こんな夜中に?」
夜明けまではあと三、四時間といったところ。情報収集といったら酒場で、というのが定番だと思うんだけど、色々と大人な感じのお店が並ぶ辺りも明かりが落ちている時間帯。
「さすがに「今日行われる処刑の時間、知ってるか?」なんて聞いて回ったら怪しすぎるだろ。効率も悪いし」
「うん。だからどうするのかなって」
「そう言う情報に詳しい奴がいるんだよ」
まさかの情報屋。一緒に行きたい!と思ったんだけど、言葉が通じないからソフィーさんも連れて行かなきゃならなくなるし、そろそろ眠いから寝ておきたいし。全くなんて悩ましいことを、こんな土壇場でいうのかしら。
細い路地を抜けた先の突き当たり。周囲の建物の窓や扉のない、隠れているには都合のよい場所があったので、そこで降りて、私が結界を展開。オーガの大軍が攻めてきたら破られるかもね、という程度の強度。仮にも帝都にそんな魔物がいきなり出てくることは無いはずだから大丈夫だと思う。
「じゃ、行ってくる」
「行ってらっしゃい。くれぐれも気をつけて」
「ああ。ヤバいと思ったらすぐに逃げる」
カイル隊長を見送ったあとは、
「じゃ、おやすみなさい」
「は、はい」
「大丈夫よ。結界あるんだし」
「それはそうですが」
結界の中にいるとわからないけど、外からは中の様子が見えないというか、壁があるように見えるから、こちらに気付くことはないんだけどね。あ、上から見たら見えちゃうか。ま、三階建ての屋根の上を行き来する人はいなだろうから、大丈夫だと思う。
「レオナ様、起きて下さい。レオナ様」
「ん……?」
「夜が明けてきました。あと、カイル隊長が戻ってきましたが、中には入れないんです」
「ああ、うん……結界解除」
包まった毛布から這い出しつつ結界を解除すると、外で待っていたかいる隊長がやって来る。
「少しくらいレディの寝起きを待つくらいしてもいいと思う」
「そう思うならレディらしく振る舞ってくれ」
こんな路地でそんなことを言われても。
「まず処刑場所だが」
「こっちでしょ?」
「なんでわかるんだよ」
マップで見ればひと目でわかるわ。
「まあ、いいや。処刑は朝九時頃から始めるそうだ」
「早っ!」
「何しろ全部で四十名ほどだからな」
「人数に関してもラガレットの把握している一覧と同じか。多いなあ」
人数の多さからも異常さがうかがえるわ。
「で、どうする?」
「とにかく行くわ……あ、これ朝ご飯ね」
パパッとテーブルを出して並べてさっさと済ませて移動開始。処刑場所は街の中心部から少し城の方に行った辺りにある。私たちがいた、ちょっとスラム街に近いようなところは夜明けと共に人々が起き出して動き始めて、働きに出たりしている人が多かったけれど、帝都中心部を越えた辺りから処刑を見物に行くらしい人が増えてきた。帝国でも処刑ってのは見世物的な物なのだろか?
「皇帝からは全員必ず一人分は見るように、というお達しがあったそうだ」
「うげ」
「見せしめって事ですか?」
「おそらくな」
帝国に害をなそうとするとどうなるかとか、新たな皇帝が帝国を守ろうとしている姿勢を見せるとか、色々な意図があるだろうというのがカイル隊長の率直な意見。
「その割には処刑場所に向かっていない人もいるみたいだけど?」
「全員ではないのかも知れないが、情報料が意外に高くてそれ以上は聞かなかったんだ。そんなに重要な情報でもないだろうし」
「そうね」
そんな話をしているうちに処刑台のある広場に到着。まだ処刑開始まで一時間はあるというのに多くの人でごった返している。ざっと眺めた感じ、最前列の方は最初から最後まで見続けようという人、後ろの方はとりあえず一人見たらこの場を去ろうという人、という具合に分かれているようだ。
「最前列に行きましょ」
「無理だろ、この混雑」
「強引に行くわ」
私の邪魔をするのは敵、私の邪魔をするのは敵、と呟きながら行けば、私の筋力は強化されるので、グイグイと押しのけて進める。何人かこちらを睨み付けてくるが、カイル隊長が睨み返すと視線を逸らすので問題なし。
少々時間はかかったが、どうにか最前列に到着。それから数分で、衛兵たちがゾロゾロとロープで繋がれた人たちを引っ張りながらやって来た。
「あれかな?」
「多分な」
先頭の数名を鑑定。ラガレットからもらった一覧に名前があることを確認。さて、ここからどうやって助け出すか、色々プランは考えてあるんだけど、どうしようかな。




