18-2
「ん?この皇帝の名前……アルセン?知らんな」
「そうね」
政治のことなんて知ったことかというカイル隊長はともかく、ジェライザさんも知らない名前?
「そうなんだ。我々もつい先日知ったばかりだが、ひと月ほど前に皇帝が変わった」
「そうか……だが、この名前、皇子にもいなかったと思うが……」
「ええ。聞いたこともない名前だわ」
「だろうな。先代皇帝の従兄妹の孫らしい」
「は?」
帝国の皇位継承順序がどういうものか知らないけど、従兄妹の孫ねえ。順位的には二十番以降とかじゃないのかしら?
「ラガレットも手紙を送り出した直後に知ったことだが、なんでもクーデターみたいな感じで交代したらしい」
「クーデターって……」
なかなか物騒ね。
「詳しく話すと長くなるので細かいところは端折るが、皇帝に近い者全員にいろいろな不正があったという告発があり、どうやっても事実としか認められない状況に追い込まれて片っ端から首が飛んだんだとさ」
「うわあ……皇帝を告発なんて出来るの?」
「普通は出来ないだろ。ルウィノン帝国は皇帝が白と言えば黒も白になる国のはず。それなのに告発して皇帝の座から引きずり下ろしたって事は……」
「相当な異常事態ね」
「それはこちらも同意見。で、年齢的に皇帝につけそうなのが、新皇帝アルセン。そして、皇帝に即位した直後くらいにこちらから送り出した書簡が到着して、返ってきた返事がそれだ」
「それって、皇帝としての地盤が弱すぎるから、「ハイそうですか」なんて聞いてダンジョンが消えてちょっと経済に影響が出たりなんかしたら国内の支持が得られなくなるからとか、そういう流れ?」
「さすがレオナ様、聡いな。皇帝として弱みを見せられないとか、強気に出て行けるという実績作りだろうと、ラガレットでも考えている」
「とんだとばっちりね」
もう一度送られてきた文面を読む。翻訳こそされているものの、ニュアンス的なものはそのままにしているそうで、「お前ら帝国を舐めてんのか?」という雰囲気が伝わってくる。
「ところで、ここに書かれている処刑の日付って?」
「っと、そうか。それは帝国暦のままだったな。フェルナンドとかラガレット、ロアでも使われている女神暦で言うと……明日だ」
「「「は?」」」
明日?
「明日、処刑される……?」
「そうだ」
「ちょっと待って!何でそんなに落ち着いてるのよ?!」
「今更ジタバタしても仕方ないだろう?打てる手はない。ラガレットとしても有能な外交官を失うのは痛手だ」
「そういうことじゃないわよ!」
国と国との関係は、時にはこういう残酷なものがあるのだろう。実際、地球でも似たようなことをやっている もしくはやっていた国はいくらでもある。
だが、そうした行為は、それらの行為に対する報復を呼び、さらに報復が報復を呼び続け、どこかで限界を迎え……戦争に突入してしまう。
「我が国としては戦争もやむ無しと考えている」
「そんな!ラガレットと帝国の間にいくつも国があるでしょう?それらも巻き込んでの戦争になるってことよ!」
「こちらはそんなことは望んでいないが、向こうはそれでも構わないと思ってるんだろうな。と言うことで、これからそれらの国々との折衝に入るので、一両日中に私は帰国する」
あれ?寂しいとか言わないのか?と言いたげだが突っ込むだけの余裕がない。
「帝国の……」
「ん?」
「帝国の言葉って、ロアの言葉とも違う?」
「東部語といって、似ている部分は多いが違うな」
「そう……じゃあ、コーディは通訳として連れて行けないわね。ソフィーさん、申し訳ないけど」
「へ?私?」
「ええ。一緒についてきて。今から帝国へ向かうわ」
「え?」
開拓村にも通訳できる人はいるけど、外交官として同行するならソフィーさんだろう。
「今から?」
「そうよ。今から行けば朝までには帝都に着く」
「そんな無茶な」
「無茶でも何でも。そんな身勝手な理由で処刑なんて、許せない」
命あるものはいつか死ぬ。それは避けられない。実際、開拓村でも先日数名の葬儀が行われた。まあ、全員六十過ぎたお年寄りばかりで、平均寿命が六十行かないこの世界では充分長生き。私も葬儀に参列したけど、あまり悲しんでいる人はいなくて「やあ、長生きだったね、あのじいさん」「全くだよ。あのじいさん、俺がガキの頃からじいさんだったぞ」みたいに思い出話に花を咲かせてたのに私も混ぜてもらったくらい。「死=悲しいもの、悪いもの」ではないというのが私の死生観。
だけど、死ぬ理由が、即位したばかりの皇帝の実績作りのために処刑とか、そんなのは許せない。それは「死」ではなく、「殺し」だ。
「待ってくれ。俺も行く」
すぐにでも出掛ける仕度をしようと立ち上がりかけたところで、カイル隊長が待ったをかけた。
「ダメよ。開拓村の警備の仕事があるでしょ?」
「いや、行く」
「だからね「レオナ様、私もカイルが行くのに賛成です」
ジェライザさんまで賛成してきたよ。
「カイルは元々はロアの王。出身は帝国ではありませんが、帝国に近い東部寄りで東部語の読み書きもある程度出来ますし、ハンターから王になったとして名前も知られています」
「それに、少しだけど駆け出しハンターの頃に帝国に入ったこともある。帝都にもな」
「はあ」
「そして何よりも、帝国のやり方が気に食わない」
そこに関しては意見が一致、というか、ここにいる全員の意見が一致している。
では、と色々考えている時間の方が勿体ない。それに、乗り込んでいくにあたって通訳として連れて行くソフィーさんの護衛としても期待できる戦力だし。
「わかりました。細かい話は後回し、とにかく出発します。馬車を回しますので、二人とも屋敷まで来てください。私はちょっと先に戻って準備を進めます」
そう言って席を立ち、「ではこれで失礼します」と退室。さて忙しくなりますよ。
馬車の方は任せるとして先に屋敷へ戻ると、そのままエルンスさんの工房へノックの返事も待たずに入る。
「エルンスさん!」
「うわあっと!驚かすなよ!せめてノックの返事くらい待ったらどうだ?」
「急ぎなのよ。例のアレ、できてる?」
「出来とるよ、ホレ」
「ありがと」
「なあ嬢ちゃん」
「何かしら?」
「それ、頑張ったんだし……」
「禁酒は明日までなんだから我慢。これは譲れないわ」
「はあ……飲みたい」
ドワーフって本当に酒好きなのねと感心しながら屋敷へ。既に気付いて出迎えたセインさんにこれからすぐに出ることを告げる。
「なるほど。細かいところは追って確認しておきます。何か用意するものは?」
「んー、パパッと食べられる物があるとありがたいわ」
「ではすぐに用意します。出発は中庭からですか?」
「ええ」
中庭に向かうと、ちょうど玄関の方で馬車が止まる音。だいぶ飛ばしてきたのかしら?
そんなに急がなくてもいいのに。
「では出発!」
だいぶ酷使してしまった感のある小屋は新調。もちろんエルンスさん製。少し大きくして頑丈にしてもらい、仕切りもつけた。本格的に寝泊まりするためのものではないけれど、寝るときくらい男女別、というのは必要かなと思って。
「じゃ、細かい話をするわ」
「細かい話?」
「正確に言うと、これからどうするか。帝都に入ってどうするか、という……私の行動予定ね」
別な言い方というか、カッコよく言うなら、作戦ね。




