18-1
「……」
「えーと、その……これは……」
「……」
「申し訳ありません」
「現時点でダンジョンへの立ち入りは禁止としているのに、それを監視する立場の人が率先して入ってどうするんです?」
「か、返す言葉もありません」
「全く、皆の模範となるべきあなたがこれでどうするのですか?」
「はい……はい……」
カイル隊長を叱っているのは私ではなく、ジェライザさん。私や騎士の誰かが呼んだのではない。ダンジョンから出てきたところを私に見つかったところに「何となく、そろそろやらかしそうな気がして」とこちらに偶然やって来たという……長年連れ添ったからこそ出来る、行動パターンを読んだ結果です。
「確かに俺は皆の規範となるべき。それはわかる」
「なら!」
「だがそれ以上に、皆のことが心配だったんだ。俺たちは常に見張っているが、ちょっと目を離した隙に誰かが入ったりしていないかとか、レオナ様がこれまで対処してきたダンジョンのように突然魔物が溢れてきたりしないかとか」
「え……」
「考え出したら止まらなくなってしまって、つい」
「そう……そうなのね」
「はい、そこまで!」
パンパンと手を叩いて割り込んだ。何かいい感じになって有耶無耶にしそうだったので。
「理由はどうあれ、立ち入り禁止のところに入ったのは事実。無事に出てきたからいいものの、もしも何かあったら、というのは確かでしょう?」
「そ、それは……」
「今回はジェライザさんに免じてこれ以上は言わないけど、次やったら……エルンスさんたち以上にひどい目に遭わせるから」
「以上って」
「聞きたい?」
「い、いや……止めとく」
「賢明ね」
どうも私の周囲には色々と濃いめの人が多いのよね。もう少し平穏に過ごしたいんだけど。
ガン!
木剣が鈍い音をさせてぶつかり、二人が一旦距離をとる。
「行くぜ!」
カイル隊長がダンッと強く踏み込み、上下左右に剣を振って斬りかかる。
ガガガンッ!ガがッ!ガガンッ!
距離を詰めて打ち込み、反撃が来ると察すると飛び退き、またすぐに距離を詰める……くらいしか見えなくて、あとは音だけ、というのが私の限界。いいのよ。戦闘モードじゃない私はこんな程度なのよと自分に言い聞かせながら打ち合う二人を眺める。
事の発端はカイル隊長。
彼ら騎士隊は開拓村全体の警備が主な仕事。
村を作り始めた当時、盗賊の集団が三組ほどいたけど、徹底的に叩きのめしたというか全員捕まえて王都に引っ張った後に処刑。片付くまで二日もかからなかったのが盗賊の間でも噂になったのか、開拓村周辺には盗賊はいない。
魔物もほぼいないけど、猪や狼といった動物はいて、時折見かける。今のところこれと言った被害はないけど、今後畑を広げ、牧場として家畜を飼い始めていったら、何事も無しとは行かないだろう。
ということで騎士隊の皆が巡回しているんだけど、巡回しているだけでは体が鈍る。そこで巡回しない者たちは訓練に励んでいるのだけれど、カイル隊長の相手を出来る人って騎士隊にいないのよ。三対一でも余裕で勝てる人なので。
で、私の護衛騎士に白羽の矢が立ったんだけど、状況はあまり変わらず。で、カイル隊長がこう言った。
「この国にはもっと強い者はいないのか?」
「隊長、そりゃレオナ様でしょう」
「そ、そこまででなくてもいいんだが」
「なら、オルステッド侯爵家だな」
「よし、相手をしてもらおう!」
簡単にできる話ではない。
侯爵夫妻は領地に戻っているし、騎士団長とリリィさんは忙しい身で気軽に王都を離れられない。かと言ってカイル隊長は王都に入る許可が出ていない。
で、白羽の矢が立ったのがアランさん。侯爵家の兄弟の中では一番体格が華奢だけど、開拓村に来る前は侯爵家の領軍を率いる、優秀な武人。「是非とも一度手合わせを」と土下座をし続けるカイル隊長にドン引きしつつ「では一度だけ」と受けて実現したのがこの場。……なんだけど、私自身、アランさんがどのくらい強いのかよく知らなかったので、ついでに見ることにした結果がこれ。
カイル隊長が三回打ち込む隙にアランさんは一回だけ打ち込んでいるといった感じ……かな。
時間感覚操作しないと全然見えないんだけどね!ということで打ち合う音でしか状況を把握しておりません。
ちなみにカイル隊長が打ち込むのは全部軽く弾いてしまっているんだけど……なんだかな。圧倒的なのよ。アランさん、左利きのハズなのに右手で剣を握っている時点でどんだけ差があるのよって感じね。「今も毎朝一時間の鍛錬を欠かしていませんから」というのがメアリーさんの言。
本当に強いなあと感心するより他ない。
カイル隊長の剣はハンターに多く見られる我流剣術。対するアランさんは侯爵家の長い歴史で培われてきた剣術。洗練されているのはどちらかなんて言うまでもないというか……普段からファーガスさんと手合わせしている成果が出ているというか。
騎士隊の皆もアランさんの実力がわかるようで「マジかよ」と呟く声が聞こえる中、カーンと大きな音がしてアランさんの手から木剣が落とされた。
「参った」
両手を挙げて降参するのを見てアランさんが「ふう」と息をつく。
「想像以上に強いじゃねえか!まったく手も足も出なかったぜ!」
「はは……どうも」
あれがアランさんの本気でないのは確か。だけど、私は知っている。レイモンドさんとかファーガスさんとかいう、化け物がいることを。
これでカイル隊長も鍛錬相手が出来て、しっかり働けるようになったとひと安心してから十日ほど。開拓村を視察していたところに、急いで城まで来るようにと連絡が入った。
しかもカイル隊長夫婦もつれてくるようにと。いやな予感しかしないまま王都へ急ぎ、そのまま城まで。謁見の間ではなく会議室へ通された。
「ラガレットの使者が帝国に到着、返事が届いたそうだ」
「早くないですか?」
確か片道一ヶ月と聞いていたけど、その疑問にはゴードル王子――まだいたのか――が答えてくれた。
「少々無理して急がせた。早ければ早いほどいいだろうと思ってな」
「そうですか」
「そうしたら、向こうの最速で送り返してきたんだよ。で、内容だけ確認して手紙で飛ばしてきたのが……これだ」
私の前に翻訳された書面が置かれたので手に取り、思わずガタッと椅子を蹴って立ち上がってしまった。
「帝国に対する反逆の意図のあるテロリストと断定、使者一行の他、大使館の者も全員連名で処刑?!」
「は?」
「え?」
さすがにこれは想定していなかったのか、カイル隊長たちも自分の前に用意された紙を見て、信じられないと呟く。
「帝国ってそんなに過激な国なんですか?」
「そんなはずは……」
ロアの場合、ダンジョンがなくなったら国が立ち行かなくなるのはわかる。ダンジョンありきの国だから。
だけどルウィノン帝国はかなりの広さの国。聞いた限り二十以上の街があり、そのうちのいくつかはフェルナンド王国の王都並みの広さがあるというから国力は相当なもののはず。
そして、神様に告げられたダンジョンについて確認したところ、帝国内にあるダンジョンの中でも比較的小規模な方で、亡くなったとしても経済的損失はそれほど大きくないだろうとされている。
こちらの勝手な推測だけど。
もちろん、このダンジョンを潰すことにより怒る諸々についてはどのように補償するかも検討すると書面にしたためてあったはずなんだけど一顧だにせず、それどころか使者含めて関係者を処刑とか過激すぎる。




