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「はあ……エルンスさん、これで何度目ですか?」
「はい……すみません」
エルンスさんを先頭にざっと三十人の職人を正座させた前に立ち、お説教とか、どうして私にはこういう仕事ばかり回ってくるのかしら。
事の発端は実にシンプル。この一団、徹夜で技術談義に花を咲かせていたのだ。
エルンスさんに限らず、フェルナンド側の人とロアの人たちの交流は大事だというのはわかる。ついつい話が盛り上がって気付いたら朝まで、というのは微笑ましい事とも言える。だけど、タイミングが悪い。というか、徹夜明けのまま仕事にかかろうとしたのに気付いたアランさんからの連絡を受けて現場へ急行です。
「以前から言ってるように徹夜明けで現場仕事とか、事故の原因にしかなりません」
「はい」
「ということを何度も言ってますよね?」
「……はい」
「あの、領主様」
「なんでしょうか?」
「その……話を程々で切り上げなかったこちらにも責任があるわけで」
「ええ、わかっています」
「なら!」
「もちろん皆さん全員に色々とペナルティを科します」
本来なら、開拓村で起こった出来事の対応はアランさんに一任しているので、私が出張る必要は無いと言える。が、それでも出てきた理由は、ぶっちゃけ見栄え。だいたい想像がつくと思うけど、職人の大半がガッチリとした体つきの男性。そう、この構図、おっちゃんの集団に小娘が説教をしているという……なんだかいたたまれない構図なのよ。つまり、アランさんがアレコレ言うよりも私が言う方が、言われた側にとってはかなり来る。娘に言われるならともかく、孫に言われているみたいで。
適材適所、ということにしておこう。
誰ですか、「我々の業界ではご褒美です」とか言ってる人は。
「あと、通訳のコンラートさん」
「は、はいっ!」
こちらはこちらで、音声で通訳できるという、ロアの通訳の中でも比較的希少なヴィジョン持ちの方。
「あなたもあなたで、止めるべきだったのでは?」
「はい……反省してます」
アランさんから彼らの担当している範囲の進捗状況の紙を受け取る。
「まず……今日は各自帰って休むこと。道具の手入れくらいは認めますが、何かを作ったり、誰かを手伝ったりは禁止」
「そ、そん「禁止です」
「「「はい」」」
「明後日以降についてはアランさんに指示しておきますので、それに従うように」
「「「はい」」」
「あと……十日間禁酒」
「「「ええっ!」」」
「禁酒」
「「「そ、そん「禁酒」
お酒を飲むこと自体は悪いことでは無いと思う。
私が死ぬ直前の日本ではアルハラがどうとかそういう話も出ていたのは知っている。出も、それはそれとして私が成人したばかりの頃はいわゆる飲みニケーションというのが人間関係の潤滑油として有効だったのは確かで、ここでも効果があるのは見ての通り。
でも、それが原因で体を壊してしまったら元も子もない。心を鬼にして、今後の作業についてアランさんと細かく詰めなければと思い……アランさんの負担がまた増えてしまったと反省した。
「ま、まあ……仕方ない。我慢しよう」
「そうだな」
ここにいる全員の名前を食堂に伝えておけば、オバチャンたちが
「アンタは酒禁止って、領主様から言われてるんだよ!」
という対応がされる予定だ。
でも、この程度ではダメ。
「あと、明日の夜から試験的に出そうと思っていた新作も当分お預けです」
「し、新作?!ま、まさかっ!」
「知っているのか、エルンス……!?」
ざわつき始めたところに告げておく。
「そう、唐揚げよ」
「ま、まさかっ!」
「待て、エルンス!唐揚げとはなんだ?!」
「一体どういう食べ物なんだ?!」
一応油を絞る器械が三台、問題なく使えそうなので、試しにダート豆から絞ってみた、いわゆる大豆油を使っていくつかの味つけで試作。評判を見ながら、と思っていたんだけどここにいる方々はそれもお預け。
ざっとどういう食べ物か、私から説明をした結果、全員が崩れ落ちた。というか、大の大人が大声で泣いたりしている。そんなにか。
がっくりと項垂れているエルンスさんの元に行き、肩をポンポンと叩いて告げる。
「エルンスさん、これからは気をつけて下さいね」
「ああ……わかった……」
地面に涙の雫が落ちるほど悔しい、いや悲しいのね。自業自得なのよ?
その後、畑の方を見て回る。
農作業をサポートできるタイプのヴィジョン持ちがいると、収穫までが大幅に短縮できたりするそうだけど、どんな感じかしらね。
「当面必要になる小麦をはじめとする穀物、芋類、あとは葉物野菜が順調です」
「このペースだと……どうでしょう?」
「おそらくあと二十日前後で、開拓村をまかなえる規模まで拡大できるかと」
「早っ!」
人数が多い分必要になる量も多い。だけど、人数が多い分、人手があり、ヴィジョン持ちも大勢いるのでその効果は絶大というわけで、見渡す限りの小麦畑になったりしている。つい十日ほど前までは森だったハズなんだけど、すごいなあ。
「あと、こちらのアブラナという作物ですが、試験的な栽培は無事に終わりました」
「収穫できたという報告は聞いています。どんな感じでしょうか?」
「そうですね……初めて扱うので少々戸惑いましたが、詳しい栽培方法の説明もありましたので今のところ問題はありません。収穫できた分はそのまま広い畑へまくことにしています」
「開拓村の名産の一つにしたいから頑張って」
「お任せ下さい。それから虹芋ですが……」
農業担当の方から色々と報告を聞いてみたところ、虹芋も順調だけど、ナトロアは少し時間がかかりそうとのこと。しょうがないよね、木だから。
「一応、このくらいまで育っています。栽培方法の資料によると、最低でもこの倍の高さにならないと実はならないそうです」
「ざっと四メートルくらいってこと?」
「ええ。それと、ここから育つのが一番時間がかかるそうです。手はかからないそうですが」
「そうなんだ」
同封されていた説明によると「適当に植えて放っておいても育つ」とのこと。さらに言うなら、下手に肥料とか水やりとか手をかけすぎると逆に育たないんだって。
とりあえずこちらは、相手が生き物である以上、無理をしても失敗するだけ。丁寧に進めて下さいと伝えてこの場をあとにする。うん、植えたばかりのハズなのに既に二メートルの高さに育っているのは見なかったことにしよう。
「で、ダンジョン前はこんな感じ、と」
「今できるのはこんなモンですね」
ダンジョンが見つかったことは全員に周知されていて、結構危険性が高いことも伝えられている。カイル隊長が、「駆け出しハンターなら即死するレベル」と言ったのがかなり効いたらしく、ひと目見ようと野次馬気分で来る人すらいない。この辺はもともとダンジョンのある周囲に街を作って暮らしていたという経験値が生きていると言えて、「危ないからね」と言い聞かせなくて良いのは大変助かる。
ただ、村から近いので子供が誤って近づいたりしないよう、柵で囲み、必ず騎士隊が誰かが三名以上常駐して安全を確保している。
現時点で村の大きさはだいたい決まっているけど、全体を囲む壁は出来ていないので騎士隊の仕事は増えてしまって申し訳ないが、カイル隊長によると全員が、
「ちょっとローテーションを変えるだけですから」
「俺たちが頑張った分、全員が安心して暮らせるんでしょう?ならやるのが当然です」
と、やる気を見せているとのこと。
くれぐれも無理はしないようにと念押しに来たんだけど、そのダンジョンからちょうどカイル隊長が出てきたところだった。




