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なんでも、今までに開けられていた穴も含め、向こうとこちらで順序がバラバラらしい。
王都南の二箇所を開け始める前に、ロアの穴が開けられており、その前がリンガラ。ラガレットとバスキがほぼ同時に開けられていたと言うことまでわかったと。
「つまり、穴が開くまでは安定していない状態でね。下手にこちらから干渉すると、もっと過去に繋がったり、はるか未来に繋がったりと言うことが起こりかねない」
「はるか未来はともかく、過去に繋がったら歴史が変わっちゃうのね」
「そう。だから針の先程度でも良いから穴が開いてから対処するようにしないと、何が起こるかわからなくて危ないのさ」
「わかったわ」
神様にも神様なりの事情があり、できることが限られている以上は仕方なし、ということね。
「なるほど、これは……どこだろう?」
ゴードル王子――なぜかまだ滞在している――の「わかりません」に全員が少しガクッとなった。
「わからないのでしたら王子殿下には用がありませんので退席願います」
「い、いや!ちょっと待って!えっと……確か……」
「ルウィノン帝国だな」
王子から取り上げた紙をチラ見しただけでカイル隊長が即答した。
「えーと、わかる方がこちらにいるので王子はここで退席を「待って!確かそことラガレットは少しだけど国交がある!ほら!私は王族だから!役に立つから!」
必死だな、と全員が少し呆れ顔だけど、そのまま話を進めることにした。
「カイル隊長、ルウィノン帝国についてもう少し詳しく」
「帝国と名のつくとおり……その、本国とでも言えばいいのか?ルウィノン辺りだけで無く周辺の小国も事実上の支配下に置いている国だな。どの程度まで勢力を広げているのかは正直わからん」
「わからない?」
「ああ。常にどこかと小競り合い以上戦争未満のいざこざがあって、支配下に入れたり、隙を突いて逃げられたりを繰り返している。去年までは独立していたハズなのに帝国の支配下、なんてのはしょっちゅうだ」
「なるほど」
この場にいるほとんどが「わからん」という顔をしている。そりゃそうよ。フェルナンド王国以外の国なんて知らない人たちばかりなんだから。
「ま、国の規模とか範囲はとりあえず置いておくとして、この辺りだと……えーと」
「サングヨルバ辺りでしょうか」
「多分な。この辺りもごちゃごちゃとしているからな」
カイル隊長の補佐を務めていた人がフォローをしたけど、ロアでも把握するのを諦めていたほどに政情不安定な地域らしい。
「さて、どうしましょうか」
「うーむ……」
このひと月ほど開拓村で色々な人と話をしてわかったこと。迷宮都市国家ロアは結構有名というか、力のある国だったらしい。何しろ、ダンジョンという資源を無尽蔵に生み出し続ける鉱山を王都の真ん中に持っているような国だから、領土こそ狭いものの国力はとても強く、数代前にこのルウィノン帝国が攻め込んできたこともあったが退けたとか。
「俺も詳しくはないが、三年ほど籠城したらしい」
「それ、籠城って言うんですか?」
まわりの街道を全て封鎖しても干上がることがなく、攻め入ろうとしても城壁は高く厚く破れない。結局攻め手である帝国側が諦めて引き上げていったそうだ。
「それって多分、他の地域でゴタゴタしたからそっちへ向かったとか?」
「あるいは補給輸送コストがかかりすぎたんでしょうね」
補給を軽視するのは愚か者のすることとはよく言ったものだと思う。そして、本国――あるいは支配国?――からロアまでは結構距離があったりしたのだろう。運ぶだけでもひと月がかりとか言う距離だったらしく、強気の皇帝もさすがにちょっと、となったらしい。勝手に引き上げていったので真相はよくわからないらしいけど。
「ちなみに撤退していく軍に容赦ない追撃をしたらしいぞ」
「……はあ……」
配送する軍に追撃……三年もまわりを囲まれていたらそのくらいはしたくなるか。
「とりあえず二ヶ月は猶予があるということで、まずはラガレットから交渉を持ちかけてみましょうか」
「わかりました。すぐにかけあいます」
内容としては、これまでの経緯と新たな神託について。場所は特定できているが、そこにあるダンジョンがどういうものかこちらは把握していないため、情報共有をしたい旨を伝えることとなった。
ロアが把握している限り、サングヨルバ辺りのダンジョンがロアのような迷宮都市の形になっていることはないはずで、街が一つ丸ごと消えることはないはずだけど、経済的な打撃はあるはず。そしてそれをルウィノン帝国が飲めるかどうか。
「多分飲まないだろうな」
「経験者は語りますねえ」
「あ、当たり前だ。いきなりダンジョンが危ないから消しますとか、承諾できるわけがないだろう」
ロアの場合、迷宮都市という形態こそ珍しいが、実態は平穏な国。領土的野心もほとんど無いし、王位継承権争いが続いていて政情不安と言うことも無かったこともあって、フェルナンド王国からは色々な支援をする用意がある、と書面で伝えていたが、今回それは無しとなった。下手なことを書くと、「では補償として王国丸ごといただきたい」とか言い出しかねないと。
「ルウィノン帝国と戦争なんて、望んでする国はありませんからね」
「そんなにすごいのですか?」
「ええ。数千どころか数十万の兵が押し寄せてくるんですよ」
「数十万の兵……」
王様とレイモンド騎士団長が「想像できん」と頭を抱えた。そりゃそうよね。王国の騎士団、全員集めても五百人に届かないんだからね。
「ま、あの山脈を越えてくるのは無理だろうから、心配は要らんな」
「そうですね」
「補償として経済支援、道を作って交易を、何て言いだしたらどうします?」
「ぐぬぬ……」
ただの交易路なら山を切り拓いても良いだろうけど、道ができたら最後、兵を率いてやって来そうね。
「フォーデン伯爵の領軍でも防げんだろうな」
「アメリアさんだけで元気に撤退戦をやりそうですけど」
しかも損害ゼロで。ただし、そのまま王都まで引き連れてきちゃうオマケ付き。
「レオナ様」
「はい」
「最悪のケースですが、その場合、レオナ様にも出陣いただく事になります」
「仕方ないでしょうね」
私は魔王の軍勢を打ち倒すことに抵抗は無いけど、この世界の人は、例えそれが軍人でも進んで手にかけたいとは思わない。だけど、それが必要ならばやるしかないのかな……
「あ、そうか」
「どうしました?」
「いえ。大規模魔法をぶち込んで吹き飛ばすのはさすがにちょっと、ですけど」
「ですけど?」
「相手の舞台全体を囲むように分厚い岩の壁を造り出して閉じ込めちゃうのはありですね」
「分厚い壁ですか」
「高さ五百メートル、厚さ五十メートルくらいでぐるりと囲んで、内側を滑らかかつオーバーハングにすれば登れませんよね?」
「なるほど。閉じ込めた上で撤退するように交渉すると」
「ええ。応じないなら壁はそのままにしておくと告げて放置するだけです」
「はは……一番敵にしたくない人物だな」
カイル隊長が率直な感想を述べるけど、一番確実じゃないかしら?
そんな雑談も交えて今後の方針決めは終了。ゴードル王子とロアの役人数名に王国側の宰相さん他数名でルウィノン帝国へ送る書面の作成にかかる。
数日後、内容を翻訳し、フェルナンド王とラガレット王の署名つきで帝国へ。正規の手続きに則るとだいたい二十日前後で届くらしいので、その当たりを狙って私がゴードル王子とカイル隊長他数名を連れて訪問することにした。
何ごとも無ければいい、というのはきっとフラグだと思う。




