17-15
「っと、伝え忘れるところでした」
「何かしら?」
「エルンスですが、明日、帰ってきます」
「向こうは順調って事?」
「のようです。詳細は帰ってきてから報告するとなっていますが、加工場が一部完成してサンプルも持ってくるとのことです」
「なるほど」
スルツキから作った砂糖の品質……つまり、甘さとかが充分なら全部すげ替え。イマイチだとなったら貴族向けの店では出せないので、庶民向けの店の準備を加速せねばならない。店員の募集もままならないんだけどね。
そんなことを思っていたらノック音。モーリスさんが入ってきた。
「本日の売り上げがこちらです。あと……」
「ええ。ナザレヌの商業ギルドには色々よくしていただきました。モーリスさんの伝手があってこそです」
「私なんて、何も……」
商業ギルドの偉い人たちの評価が高いって充分すごいと思います。
「これは……相当に注意すれば何とかわかる……くらいでしょうか」
クラレッグさんが味を見て呟く。
エルンスさんが持ち帰ってきたサンプルを使ってあんこを作って食べ比べてみた結果がこれ。さすがクラレッグさん、味覚が鋭い。
私?全然わかりませんでした。
「とりあえず、持って来た分全部で試してみて問題ないようでしたら砂糖もこちらに切り替えてもいいと思いますよ」
「うーん……」
「レオナ様、何かマズいですか?」
問題は……単価。スルツキから作った砂糖は、ここまでの輸送コストを入れても王都で売ろうとすると普通の砂糖の半値程となった。当初の予定通り王都の砂糖の二割増しにしようとしたんだけど、ボッタクリ価格になりすぎだと、ダンカード伯爵から価格調整を申し入れられ、普通の砂糖の七~八割になった。これでもダンカード伯爵の利益はかなりのもの。是非とも工場の従業員の給料に反映させてもらいたいところね。
そして、砂糖を全部これに切り替えた場合、クレメル家の利益が増える。
「どうですかね?」
「さすがにちょっとマズいでしょうね」
モーリスさんが季節による収穫量の変動を加味して出した砂糖の金額とスルツキ砂糖の金額に、そろそろ客足が落ち着いてきたお店の収支状況に合わせると、利益がポンと上がった。利益があるのはいいことだ。だけど、これはちょっと利益が多すぎ。言い換えれば、ぼったくりだ。
元々が、貴族向けの店だからステータス的な意味も込めて設定した単価だから、少しぼったくり気味だったんだけど、それが上乗せされる感じ。
感覚的には日本のコンビニやスーパーで売られている、大量生産されるようなおはぎが一個千円以上。それで原価が八百円とかなら、まあ、仕方ないだろうけど、実際は五百円を下回っている。それがスルツキの砂糖にしたら三百円を下回ってしまうといえばイメージは伝わりやすいだろうか。
もちろん、貴族の事業で利益が出ると税金がかかる。通常、貴族の事業って慈善事業とか公共事業に近いので利益が出るものはあまりないんだけど、クレメル家のように店を構えていたら、きちんと利益が出ていると報告して税金を納める。もっとも、実際には利益が出ていなくても、商才の無さが露呈するのが恥ずかしくて見栄を張る貴族もいるそうだけどね。
さて、実のところクレメル家の店は現時点では赤字。初期投資として設備やら従業員の教育で結構な持ち出しになっているからね。で、そろそろそれが収支トントンになりそうなタイミングでスルツキ砂糖が出てきた。で、これを好機とばかりに切り替えたら一気に利益が増える。増えるとどうなるかというと、どこからか聞きつけた貴族が「ぼったくり価格か!」と乗り込んでくるかも知れないし、今日開拓村で会った商会の偉い人たちが、自分たちの砂糖販売に影響が出るのではと裏で手を回したりするかも知れない。
「次の手、打ちましょうか」
「で、ここをこうすると……こうだ!」
「「「おおっ!」」」
集まったおっちゃんたちがワッと湧く。その中心にいるのはエルンスさんと、加工中の油を絞る機械の部品だ。
昼頃に帰ってきたエルンスさんは報告用の資料をまとめていたので、それはあとで確認するとし、そのまま開拓村へ向かってもらい、技術指導という名目で好きにやらせることにした結果がこれだ。フェルナンド王国の職人たちの間では知らぬ者がいないほどの有名人のエルンスさんの名は、さすがに国外には届いていないが、ひとたび道具を振るえば、その様子を見ていた職人が手を止め歩み寄り、その技術の確かさに感嘆すると同時に、自身の技術を見せ、それにエルンスさんが応え……なんだか妙な場になってしまっていた。
「で、これで完成だ」
「おお」
「すごいな。ここ、ぴったりだ」
「ここもすごいぞ」
「この滑らかさ、あと十年は修行が必要だな」
「おおおお!燃えてきたぞ!」
「やってやろうじゃねえか!」
……通訳の人も大変だなと思った。
そう、砂糖に関してはもう動き出してしまっていて、生産量がどんどん増えていくのが確実。加えて、王都の砂糖をこれ以上買うのはやめておいた方がいいというモーリスさんの判断。クレメル家が買い占めてるなんて噂が流れるとマズいと言うことで。
で、利益が増えてしまうのが確実になったところでどうするかというと、とりあえず開拓村の畑ですぐに収穫できそうとなったダート豆を絞って油にするというもの。本命はアブラナなんだけど、ダート豆でも特に色、味、香りに問題はなさそうなので、これで揚げ物を出してみようとなった。
要するに初期投資をかけたことにして利益を減らそうという、節税策みたいな事をするわけだ。
そんなに簡単に行くかと思いきや、揚げ物をするための鍋も普通の鍋ではダメ――クレメル家の鍋は私が数回揚げ物をしたらダメになってしまっていた――なので別途用意するとか、コンロの火力を上げるための工事だとかそういうので結構かかるんだって。
「これならスルツキ砂糖の生産が本格的になる頃には、お店で揚げ物が出せそうですね」
「甘い」
「え?」
「タチアナ、その認識は甘いわ」
軽く額を小突いて指摘してやる。蒸したり煮たりという調理方法の組み合わせで作ったおはぎと違い、この国にはなかった「揚げる」という調理方法だ。クラレッグさんもきちんと中に火が通りっているけど揚げすぎない、という絶妙な揚げ具合を出すのに結構苦労しているのだから、お店で出すとなったら大変だろう。
「ということは」
「ん?」
「たくさん試食できるんですね!」
「そっちか」
食べ過ぎないように注意してから数日、そろそろどうかなと神様の元へ行ってみた。
「場所は特定できた」
「さすが神様」
「これ、地図ね」
渡された紙を見ても全く見当がつかないので、このまま王様経由でラガレット。いや、ロアの人たちならわかるかも?
「東の方角、山脈を越えた先だね」
「また、外国かあ」
「選べる立場じゃないからねえ」
「うーん、言葉が通じないとか、話を聞いてもらうまでが長いとか、色々大変なのよ」「言語理解とかのスキルを渡せなくてすまないね」
「そこはもう諦めてるからいいわ」
身振り手振りでも結構伝わるって最近はわかってきたし。
「時期的にはまだずいぶん先。二ヶ月ほどかな」
「先に向かって、ダンジョンコアを壊したらどうなるかしら、と思って」
「んー、それはやめた方がいいかな」
「え?」
感想で指摘をいただきまして……ちょこっと修正。大筋は変わってません。




