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たかが商会がずいぶんと強気に出ている、と思うかも知れない。
しかし、今のところクレメル家は特に何かの実績を上げられていないのだから舐められるのも仕方ない、というのがこちら側全員の一致した見解。遅かれ速かれ商会が乗り込んでくるだろうと想定していた、いくつかのパターンの中の一つでしかない。
「っと、ちょっとお待ちを」
「なんだ?」
退室しようとした三人を呼び止めておく。
「いくつかお伝えしておくことが。こちらとしてはあなた方の言い分はよくわかります。こちらが無理を言っていることも承知しています。ですので、将来的にこちらへ支店を出すことは制限しませんので、そこはご安心を」
「う、うむ」
「それと、昨日まで納品いただきました分の請求書は王都の屋敷までお送り下さい」
「……支払えるんだろうな?」
「ご安心を」
フェルナンド王国では貴族は公務員と同じ扱い。例外なく国から給料が支払われる。その給与体系はシンプルで、爵位と領地の有無、家族の人数で決まる。私の場合、爵位無しだけど基本は侯爵と同じ位置づけとなっていて、開拓村は領地の扱いにはなっていない。ある程度年数が経って軌道に乗った頃に領地に格上げされる予定だからね。んで、家族は無し。タチアナもセインさんも全員使用人で家族にはカウントされないので実はもらえる額としては結構最低ライン。そして、どの位もらっているのかというのは公表されてはいないけど、機密事項というわけではないからある程度の情報収集力のある商会なら把握しているだろう。それを踏まえて彼らはこう考えているのだ。「払えるはずがない」と。だから請求書を送りつけたあとに、こう言うつもりなのだろう。
「支払いを待つ代わりに」
よくあるやり方ですね。
ところが私は……盗賊つかまえたり、王城に乗り込んだ魔族を撃退したりで褒賞金をもらっていて、これから届くだろう請求書の分くらいは支払える。今後についても、ダンジョン探索の時に少しだけど仕留めた魔物を回収していて、それらを処分すればそれなりの額になるので、今のところ心配はしていない。
お店の売り上げ?店員の給料でトントン……ではなく、こちらはこちらで結構な黒字になる見込みらしい。砂糖以外の材料が激安なのと、最初に大量に買い込んでいてまだ在庫があるので。でも、その辺は秘密だ。店を持っていることは知られていても、その材料がなんなのかは商会も把握していないだろう。何しろ材料は家畜の飼料。そして、開拓村の隅の方では少しだけど家畜を飼っているし、騎士たちの乗る馬のエサにもなるからね。きっと勘違いしているはず。
で、その辺の事情を明かすつもりはないので、「支払えます」とだけ答えておくけど、それはそれとして今後どうするのか、という話になる。
「……それなら良いが、本当に良いのか?」
「この村の者達が明日から食う物はないのだろう?」
彼らは悪人ではない。ただ単に利益を追求するという商人としての基本に則っているだけで、領主である私の愚かな判断で飢え死にするというのをそのまま見過ごせるような気質ではない。が、そこは私も頑張って答えねば。
「大丈夫です。今朝方、ナザレヌまで行って買い付けてきましたから」
「は?」
「ナ、ナザレヌまで行ってきた?」
「ええ」
ナザレヌというのは、モーリスさんのいた街。こうなることは予想できていたことと、さすがにちょっと王都の食料買い付けが多すぎるので少し分散させようとあちらの商業ギルドに話を持ちかけたところ、二つ返事どころかすぐにこちらへ持ってこようとしたので慌てて私が出向き、当面の分を私が運ぶのと、魔物素材の買い取りをしてもらいつつ、向こう二ヶ月分くらいの輸送をお願いしてきたところ。実に絶妙なタイミングでした、と。
「そんな……馬鹿な」
「こう見えて私、空が飛べますので」
ぶっちゃけ、王国の端から端まで位なら数時間で往復できます。
「か……買い付けてきたって」
「ええ。とりあえず十日分ほど」
「だが、持ってこなければ意味が無いだろう」
「持ってきましたよ?」
私の輸送力と機動力を舐めないで下さいね。
三人が退室した後、残った五人とアランさんが諸々の調整を進めていくのを見ながら、言い忘れていたことを思い出した。
「そうそう、言い忘れてました」
「なんでしょうか?」
五人が少し身構える。
「建てられる支店ですが、図面を出していただければ建築はこちらで進めます。内装などはお店の色があるかと思いますので、お任せとなりますが……」
「いいんですか?」
「ええ。全く問題ありません」
王都を代表する商会と言えど、そこそこの広さの建物を建てるのは資金的に結構厳しいハズ。それを領主の方が「こちらで費用を負担して建てます」と行ってきたのだから驚くのも無理はない。もちろん領主と言えど、商会の建物を五軒建てるというのは大きな負担。だが、今は違う。現在の開拓村は建築ラッシュ。右を見ても左を見ても職人だらけで、大小様々建てている。商会の支店が五つ増えた程度、誤差でしかない。それにある程度村が出来上がったあとで大きな建物を建てるというのは……ぶっちゃけ邪魔になる。今のうちならば、というそれだけだ。
それぞれの支店の場所も決まり、図面は十日ほどのうちに届けてもらうこととしてこの場は終了。
「どうにか収まりましたね」
「ええ」
この辺の一連の流れもあらかじめ想定していたという、皆さんの慧眼には感服するしかありません。
「それにしてもナザレヌまで行ってもう帰ってこられるとか、本当にすごいです」
「あははは……」
あとのことは任せて王都に戻ると、セインさんが「請求書が届きました」と持ってきた。金額は問題なし。支払期限もごく普通。
「ではこれで支払いをしておいて下さい」
「わかりま……なかなかの額になったんですね」
「ええ。当面はこれでしのげるかなと思います」
「ありがとうございます」
セインさん自身、この先の支払いについて侯爵家へ相談することも考えていたらしい。
「えーと……あと十日もすると、最初の作物が収穫できそう、と」
「はい」
一番最初の畑だからあまり獲れないのと、基本的に収穫したらそのまま地面に埋めて肥料にするらしい。つまり、これからが本番。
なんだけど、一気に人が増えたのと、農業に向くヴィジョン持ちが大勢いて、畑も相当な広さになっている。
「あと一ヶ月で本格的な作物の収穫ができそう、と」
「ええ」
こっちの世界の普通がどの程度かわからないけど、普通の開拓村のペースでないのは間違いないと思う。
さて、あとは……
「神託はどのように?」
「んー、あと十日くらいしたら確認してみようかなと思ってます」
「なるほど。では……ダンジョンですな」
「ダンジョンかあ……」
ベテランハンターを派遣することは決まっているけど、いつになるかは未定。一方、商会の人たちが言っていた、ダンジョンから魔物が溢れる、というのは実は当たらずとも遠からじ。ダンジョンがあるとそのダンジョンの規模に応じて周囲の魔物が引き寄せられてくるとも言われている。つまり、早めにダンジョンの規模を把握しておいた方がいいのは確かなのだ。
「チラッと見てきた方がいいのかしら」
「普通は「チラッと」なんて言いませんけどね」




