17-13
「到着が遅れたこと、お詫びいたします。この開拓村を含めたクレメル領の領主、レオナ・クレメルです」
キチンと礼をした上で席に着くと、この部屋に入る直前まで怒号一歩手前くらいの大声で騒いでいたのが落ち着いてくれた……かと思ったのに、再開してしまった。違う方向、主に私を標的に。
「遅れてくるとはな。我々を舐めてかかるとどうなるかわかっているのか?」
「これだから新興貴族は困る」
「まったくだな。オマケに代官も無能と来た」
新興貴族であることは認めるし、アランさん自身は侯爵家三男だから貴族ではないけど、この国で一番力(物理)のある貴族家で教育されてきた人。それを無能呼ばわりとは、とカチンときたけど、テーブルの下で隣のアランさんが「抑えてください」と合図してくるのでグッとこらえ、コーディの入れたお茶を手にする。
とりあえず、わめき散らしたい人が発散するまで待つしか無いかしらね。
「……と言うことだ、おわかりいただけましたかね?」
「もっとも、まだお若いお二人には難しい話もあったでしょうが」
「はっはっはっ」
お若い二人って……私とアランさんって一回りくらい歳が違うんですよね。あと言い方。その言い方だと私とアランさんがいい仲に聞こえてしまって、ほら、メアリーさんから黒いオーラが。
はあ、まったく色々と面倒なところに来てしまったわ。私でないとこの場を収められないのはわかっているけどね。
ゆっくりと、できるだけゆっくり、自分の気持ちを落ち着かせながら手にしたカップを置き、興奮して立ち上がっているオッサンたちを見上げる。
「で?」
一瞬、場の空気が固まり、すぐにオッサンたちが激昂する。
「こちらの話を聞いていたのか?!」
「やはり平民の孤児だという噂は本当のようだな。ロクに話を聞いていない」
やれやれ。この国では貴族は国家公務員のようなもので、無条件に敬うべき相手ではないとされているが、それでも貴族となるまでに成し遂げたことというのは評価し、尊重するべきだと思うのよ。
まあ、私の場合、何をしたかってのがあまり公にされていないので、経歴諸々全てが怪しいのは確かだけど。
「ふう……わかっていらっしゃらないようなので、改めてお話しさせてもらいますね」
少しだけ声に魔力が乗ってしまったようで、オッサンたちが少したじろいでドスンと椅子の上に。椅子、壊れなかったわよね?
「この村は、まだできたばかりの上、村人の多くが国外からの避難民です。ここに来るまでにご覧になったかと思いますが、住む家も耕す畑も手つかずのところばかりです」
「しかしダンジョンが見つかったのだろう?!」
「そ、そうだ!ダンジョンが見つかったと言うことはハンターたちが大挙して押し寄せてくる!そうなったときに、対応できる店は必要になるぞ!」
なるほど。彼らの頭の中では勝手に話が進んでいるだろうと思ったけど、その通りだったとわかったわ。
「ハンターギルドもすぐには動きません。ある程度の調査をするために数名が来る程度の予定です」
「それは予定だろう?すぐにダンジョンの価値を見出すに決まってる!」
見出して欲しいけど決まってはいないと思います。言わないけど。
「それに!万が一があったらどうするんだ?」
「万が一?」
「そうだ。ダンジョンの探索とはすなわち間引きだ。間引きされなかったダンジョンがどうなるか知らんのか?」
「知りませんが……もしかしてダンジョンから魔物が溢れてくるのでしょうか?」
「そうだ!」
初耳というかハンターギルドの人もそんなことは言ってなかったな。
「そうならないためにも、すぐにでもハンターを「不要です」
きっぱりと斬り捨てておこう。
「ここにいる代官、アラン・オルステッドはそこらのハンターより遙かに腕が立ちますし、こちらに駐留している当家の騎士も百戦錬磨の強者揃い。ロアより移住し、警備の任に着いた騎士隊も、元はロアのダンジョンで魔物の討伐をしていた腕利きですし、その隊長はその実力でロアの王となった者」
「ぐぬぬ……」
「し、しかし!それでも手に負えなくなる可能性だってある」
正直、このメンバーで手に負えない相手って、上級のハンターがいても太刀打ちできないと思うんだけどな……言わないけど。
ふう、とひと息ついてから続ける。
「ちなみに私はこう見えて、彼らが束になっても軽くあしらえるくらいには強いですよ?だから大丈夫です」
「そ……そんなこと信じられるか!」
「こんな小娘が!」
まあね。確かに小娘ですよ。
「試したいというのであれば、特別に許可しますよ」
「何?!」
フェルナンド王国の貴族は公務員のような扱いだが、それでも貴族と呼ばれるだけあって、下手なことをすれば簡単に首が飛ぶ(物理)。だが、騎士団に入って訓練とか、何らかの許可を貴族側が出せば刃物を向けても許される。
「許可しますがその場合、相手の命は一切補償しません」
「そんな馬鹿な」
命どころか肉片一つ残さず焼却しようかしらと思っていたら、カイル隊長が手を上げた。
「一応私から忠告を。私が全く刃が立たなかった者、魔人を軽く一蹴しておりますので、我が騎士隊と同等以上にやり合う自信がないものは本当に命を落とすと思います」
「ぐ……」
とりあえず収まったかしら?
「アランさん、地図を」
「どうぞ」
差し出された開拓村の現状の地図を見るといくつか新しく書き込まれた印があった。
「ここがあなた方の希望する場所と言うことでよろしいでしょうか?」
「あ、ああそうだ」
「なんだ、それも文句があるのか?」
「いいえ。今のところは特定の誰かの建物を建てる予定はありませんから問題はありませんよ。ただ……」
「なんだ、まだケチをつけるのか?」
「いえ。こちらオブディ商会の場所。倉庫を兼ねられるのでしたら大通りに面した方が都合がよいのではと。ディアマ商会ももう少しこちらの方が便利では?あと、プラト商会もこちらの方に鍛冶職人が多く工房を構える予定ですので、近い方が都合がよいのではと」
「む」
「確かにそうか……」
よし、あと一押し。
「何も私は商会の支店を出すなとは言っていません。ただ、時期を見て欲しいと」
「そんなことを言ったら商機を逃す」
「そうだ」
「アランさんから説明があったと思いますが」
「それはそれ、だ」
ありゃ、ダメかしら。
「それに……フン、良いだろう」
「ん?」
「我々に楯突いたらどうなるかわかっているのか?」
それ、むしろ私たち側の台詞なんですけど。
「どうなるのでしょう?」
「……別にウチとしてはこんなところに支店を出さずとも困ることはない」
「ウチもそうだな」
「俺のところもな」
「だが、そちらはどうだ?」
「どう、とは?」
「今のところこの村はウチのオブディ商会だけでなく、ディアマ商会とリドット商会からも食料を買い付けているだろう?」
「ええ」
王都の大きな商会と言えど、食品を主に扱う、というか、三万人の食料を用意できる商会はこの三つ以外に無い。だからここから買い付けているのだが、それを逆手に取るというのかしら。
「すぐに店を出せないのなら、取り引きは終了だ」
「ウチもだ」
「同じく」
「そうですか」
お茶を一口飲んでカップをテーブルに置き、笑みを浮かべて答える。
「構いませんよ」
「「「は?」」」
彼らとしては「それなら仕方ない」という言葉を引き出したかったのだろうけど、こちらはその可能性があると踏んで動いていたからね。
「し、ししし……正気か?三万人を飢え死にさせるというのか?」
「思い直すなら今だぞ?」
「他の商会で用意できる量じゃないとわかっているのか?」
スイッと立ち上がって返事をする。
「問題ありません。どうぞこのままお引き取りを」
気付いたら二百話です。
そして、まだまだ続きますよ!




