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転生して目を覚ましたのは薄暗い部屋の粗末なベッドの上。病気の子供ですから一人で寝かされていたんでしょう。板を組み合わせた上に布を敷いただけの硬いベッドに、薄っぺらな毛布。病気で死んだ子供に豪華な寝台は不要ということでしょうか?
すると不意に、頭の中にいろいろな映像が流れ込んできました。これは……両親や近所の人の顔?ホンのわずかな間ですが、生活圏内の人の顔はすべて覚えました。名前はわからない人が多いのですが、五歳じゃそんなものかな。あと、死んだのは本当についさっきのようで、誰にも看取られないかわいそうな最期だったようです。せめて来世では幸せになってもらいたいですね。
それと、自分の名前はわかりました。レオナです。姓が無いのは平民だからですね、きっと。
ゆっくりと体を起こします。病気でどのくらい寝込んでいたのかわかりませんが、少しふらつきます。おそらく食事も満足にとれていないのでしょう、手足がガリガリに痩せ細っています。ついでに結構汚れています。これはもう仕方ないですね。早く栄養のある物を食べて体を綺麗にして、一日も早く神様の役に立てるようになりましょ。
少しもたつきながらもベッドを降り、そばに置いてあったサンダルを履いて部屋の外へ。
少し大きな、八畳ほどの部屋。中央にテーブルと三つの丸椅子。両親と私のものですね。隅を見るとかまどと調理台。母が食事の支度をしていた記憶があります。
それにしても両親はどこに行ったのでしょうか?
玄関までなんとかたどり着き、ドアを開けると、少し離れたところから声が聞こえます。そちらを見るとなんだか人が集まっていますね。両親もそこにいるかもしれませんし、元気(?)になった姿を見せに行きましょう。
少しふらつきながら近づいてみると、十人ほどの人が俯いて、中央に立っている人の言葉を聞いているようです。何の話でしょうか?
「……の魂は、神のもとへ旅立ちました。平安と慰めが豊かにありますよう、祈りましょう」
全員が両手を合わせ、祈る仕草。あ、これはこっちでも同じなんだ……じゃない、これ、お葬式?あの立っている人は神父とかそういう立場の人?
「ん?その子は?」
一斉にこちらを振り向かれた。
「レ、レオナちゃん……」
二軒隣のおばさんだ。
「あ、あの……」
その後のことはいろいろとありすぎて細かいことは覚えていません。
簡単に言うと、この葬式はこの冬、村――というか国全体だったそうです――を襲った流行病で亡くなった人たちのお葬式でした。私はかろうじて生きていたので、そのまま寝かされていたのですが、もう時間の問題だろうと思われていたので、皆の驚きようときたら。
亡くなったのは村のおよそ八割。生き残ったのは私を含めて十五人しかいません。そして、私の両親も亡くなっていました。
あれ?いきなり天涯孤独になってるんですけど?
地球の日本人というのは異世界転生に忌避感が少ないという噂は本当だったな。ほかの世界の住人も勧誘してみたが色よい返事がなかったのに、あの中村という女性は二つ返事で了承してもらえた。
まだいろいろ問題はあるだろうが、まずは問題解決への第一歩が踏み出せた。
さて、どんな状況だろうかと現世を見る神具の前に座り、転生先の様子を見る。教会の礼拝堂に大勢の人が集まっている様子が見えた。涙も涸れ果てたようにやつれて俯く女性とその肩を抱き寄せる男性。そして、司祭が聖典の一節を読み上げ、一同が祈りを捧げる……葬式?
あれ?
なんで転生させた先の子供の葬式が?
慌てて、まだ少し手元に残っている魂の糸をたどる。転生させた直後はまだ魂が糸のように伸びて少しここに残っているので、これを追えばどこにいるかわかる。
って、全然違うところに転生してる?!
「やらかした!」
やらかしていいと言っておいて、自分がやらかしてどうする。
とにかく状況確認だ。行き先は……小さな農村で、流行病で壊滅的な状況。いきなり人生ハードモードになってるじゃないか。
えーと、他には……両親が死亡。村人も結構亡くなってて生きるのに必死な感じ。はい、ナイトメアモード確定しました。
げ、この村、小さすぎて教会がない。これでは連絡を取ってアドバイスとか出来ないじゃないか。いつの間にかエクストラモードに突入しちゃった感じか?
ヤバい。成人するまで生き抜くサバイバルゲームになってしまった。しかも難易度かなり高め。鈴○史朗が苦戦するバイ○ハザードとか、普通の人には無理だろ。どうしよう。
仕方ない。まだ手元に魂とつながっている糸があるから、これを通して、与えられる限りの力を与えてしまおう。多分これで生き抜けるはず。
これと、これと、これと……慣れない作業はどうしてももたつく。時間が無い、急げ。なんとか与えられる力をすべて注ぎ込んだところで、糸がするりと現世へ引っ張られていった。
「ふう」
ギリギリセーフ、なんとか間に合った……あまり確認していなかったが、与えた力の一覧を見る……あれ、こんな力まで与えてしまった?!
「追加でやらかした!」
事故、の一言でごまかせるかな……
「はあ……」
まだ燻っている一帯を見ながらため息をつく。私たち家族が住んでいた家は跡形もなく燃やされた。
「流行病の出た家は燃やす決まりなんだ、すまない」
そう言われたら従うしかない。どんな病気だったのかわからないけど、感染予防という意味では家を燃やすことでウイルスとか死滅するだろうから、筋は通る。どう見ても塩素やアルコールの消毒液とかなさそうだし。
「レオナちゃん、ちょっと小さいけど、ここに……」
村の人が私のために小さな小屋を建ててくれました。燃えた家の跡地に。まあそうですよね。流行病の生還者と一緒に暮らすのは抵抗ありますもんね。そこは受け入れますよ。
小屋の中は殺風景の一言。一応、物を置くための棚はありましたけど、ほかは何も。隙間も多くて風がよく通ります。これからの季節、寒いので少し困るかな。後で板をもらって塞ぐとして……あ、釘と金槌も必要ですね。
あとは、寝る場所を作るために藁をもらってこよう。服も欲しいです。着の身着のままというわけにもいかないし。
トイレは……裏を流れてる小川かなあ……ま、なんとかなるか。
食べるものは……しばらくは村の誰かにもらうしかないのかな。自給自足するしかなさそうだけど、植えた翌日に実がなるような作物はないはずだし。
村で唯一の子供――他の子供は病気で――だから何かと気にかけて、いろいろと気を遣ってもらえそうだけど、流行病の生還者だから微妙に距離が置かれそうな気もするし。
そんな感じで私は異世界でレオナという少女に生まれ変わり、新たな人生のスタートを切りました。聞いてたイメージと大分違う気がするけど……
生活がある程度軌道に乗るまでが大変だったけど、小さいながらも畑――小屋の前の空き地だ――で野菜を育ててられるようになると、食生活はある程度安定した。
色々試した結果、カボチャとジャガイモとサツマイモをメインに、ナス、ピーマン、キャベツなんかを作って食いつないだ。
他にも試したんだけど、ニンジン、大根は手間の割に小さい……ミニキャロットよりも小さな物しか出来なかった。土のせいか、この村の辺りではうまく出来ないと教えてもらった……もっと早く教えて欲しかったよ。
麦やトウモロコシはよく出来る土地なのだが、子供にはとても世話が出来ず、無理だったので諦めた。
ちなみに、村の人が作った物も含めて、野菜全般がひたすらマズい。臭いとか言うレベルでひどい匂いがするし、味も「ちょっと苦いかも?」程度ならマシ。全般的にえぐみがすごい感じなんだけど、塩も胡椒も高くて手が出ないから、どうにも出来ず、そこそこの味の物だけを選んで育てるようにした結果だった。ちなみに灰汁抜きも試してみたが、全然ダメだった。
それでも、主食である麦を作るのはさすがに五歳の子供には無理だけど、畑仕事の手伝いをすることで、ある程度村の人が融通してくれた。週に一度麦の粥を食べて「頑張ろう」と自分に言い聞かせる日々。満腹にはならないけど、飢え死にするのだけは回避。やったね。
それから、村の人に教えてもらいながら森の中で薬草を摘み、週に一度やってくる商人に売ることでお金を得られるように。少しずつだけど、生活用品を買えるようになり、布を買って服を作ったりしてどうにか暮らせるようになった。
ちなみに、街で売られている服も少し見せてもらったが、当然高くて手が出ない。ミシンで縫ったような綺麗な縫い口には驚いた。ミシンあるのか。欲しいな、足踏み式でもいいから。前世で若い頃は裁縫が必須だったので、それなりに心得はある。自分が着る分はなんとか買えた針と糸で布を縫って形だけ服っぽくして着ることにした。まあ、着飾る余裕も必要もないので、これでいいかと。
あとで知ったのだけど、ミシンは無かった。でも、それ以上の物があった。うん、それだけ。
そんなこんなで十年経ってしまっていた。
気づけば私、十五歳だよ!