17-12
現状、村の人たちの衣食住は全てクレメル家が面倒を見ている。何しろ全員が住むところのない状態からのスタートだ。アランさんたちの計画通り、村の中央に大通りが敷かれ、大通り沿いに食堂が数軒建てられて営業を開始。現在、全ての住民の胃袋を満たすべくフル稼働中。なお、今のところ料金はいただいておりません。だって、全員がほとんど着の身着のままでロアを脱出していたからね。手持ちの現金なんてたかが知れてる。
とは言え、何もないところから食材がでるわけでもなく、今はクレメル家が王都の商会から大量の食材を買い込んで村まで運び、と言う状況。
この状況は少なくともあと一、二ヶ月は続く予定……だった。
そう、ハンターギルドの支部が動き出し、商会が営業を始めたら、ハンターをはじめとする、村人以外の人たちが食堂を使うようになるだろう。そうなると、「無料です」とやるのが難しくなる。村人が数百人レベルならともかく、三万人では「この人は村人」「この人は村人じゃない」ってのを振り分けるのは結構面倒。ロアの言葉だけで対応すれば良い、という実に簡単な方法があるから見分けるのは簡単なんだけどね。ただ、「村人は無料です」を続けていこうとすると……どこからどんなイチャモンがつくかわかったものではないので、それを防ぐためにも村人からもお金を取るようにならなければならないか……そのためには三万人が現金を得られるようになっていなければならないのよね。
「色々動きが速すぎるのね」
「ええ。正直なところ、手が回りません」
アランさんの元にロアで色々と国政に携わっていた人たちを配置しているけど、どんなに優秀な人がいたとしても、そもそもまだ村人全員の家が建っているわけでもなく、畑から採れる作物もごくわずかという事実は変わらない。どんなに急いでも村人全員分の食料を畑の作物でまかなえるようになるのは早くても半年。それも相当に急いで無理をしてで、普通にやったら二、三年。油の生産なんかで現金収入を得やすい環境を整えるので、王都から食料を仕入れることが出来るようになるだろうと見込んでいるけれど、村全体が食べていけるようになるのがいつ頃になるか、まだ先が読めない状況だ。
「とりあえず私は一旦王都へ戻ります。王様への報告も私からしておいた方が良いでしょうし」
「お願いします。ハンターギルドもまずは王都で対応になるかと」
「わかりました。そちらは……屋敷に来るように伝えてもらえますか?」
「そのようにしておきます。問題はこれを嗅ぎつけた商会ですね」
「基本方針は、まとめてもらったこれで進めて大丈夫なはずです。詳細は任せますが、困ったらすぐに連絡を。こちらでも先手を打って動いておきますので」
「はい」
ま、この懸念はわずか二日後に現実のものとなったわけで。
王様へ報告した結果は実にシンプル。
「とりあえずそのダンジョンが異界の魔王の出入り口にならないことだけが心配だな」
ハンターギルドも同意見である一方、私からの「ハイオークがいた」という情報に基づいて腕利きのハンターを呼び寄せることとなった。どの位の深さがあるかはわからないが、入って早々にハイオークがいるようなダンジョンなら五層以上は確実の上級ダンジョンであることは間違いないだろうとのこと。そこで、ある程度どういう魔物がいるのかを確認しつつ、ダンジョン周囲をどのように警備するかなどの検討に既に動き出している。クレメル家としてもその方針に否はなく、ハンターギルドの支部の建設予定地も候補地をいくつか決めているくらいには協力的な関係で進めているところ。とは言え、ハンターギルドもすぐに支部を建てて人員を、とは行かない。しばらくはダンジョン前に警戒態勢を敷くために掘っ立て小屋を建てて、二、三人が交代で見張りにつく程度。少ないように聞こえるかも知れないけど、こちらの騎士隊も交代で警備にあたるようにしているので問題はない。
一方私はと言うと、その辺の調整が済んだところでちょっと南の方までお出掛け。色々と起こるであろう事を予想して、対応するために色々と動き回るのに、私の機動力は持って来いというわけ。領主自ら国内を飛び回るのはどうかと言う意見もあるけどね。
そんなふうに用事を済ませて戻ってきているところに手紙が飛んできた。リリィさんのものではなく、ロアの文官の一人、カレンのヴィジョンだ。ロアにだって、こういう手紙のヴィジョン持ちがいて、通信士官として働いていたわけで、その内の一人がクレメル家の直属となった。リリィさんのようなとんでもない距離は届かないけれど、フェルナンド王国内くらいなら届くのでありがたい。
「えーと……トラブル発生。開拓村へ急ぎ戻られよ、か」
了解と書いて返事を送り出す。カレン、まだこっちに来て十日ほどだというのに会話はともかく読み書きに関してはほぼ問題ないほどにフェルナンド語が堪能だ。どれほど優秀かというのがよくわかるわね。
手紙にあった通り、王都ではなく開拓村へ向かうと、村の手前に馬車が止まっていて、カレンとコーディが待っていた。
「ただいま」
「「おかえりなさいませ」」
「とりあえずこっちは予定通り、詳細はこれ」
「はい」
紙束をコーディに渡しておけばあとはよろしくやってくれるのは楽でいいね。というか、ちょっとお急ぎの用件のようだからごちゃごちゃ話してるヒマはないだろうし。
「で?何がどうしたの?」
「とりあえず馬車へ」
二人に促されて馬車に乗るとカレンが御者台へ、コーディが私の向かいへ。
「王都の八商会の情報収集力に正直驚いているところです」
「ん?」
「今朝、レオナ様が出かけられた直後くらいに、八つの商会の代表がほぼ同時に開拓村へ押しかけてきたのです」
「予想はしていたけど、予想以上に早いわね。んで、全部一斉というのも予想以上ね」
八商会というのは……まあ、俗称だ。王都にある大小様々な商会の中で飛び抜けて大きい八つを八商会と呼ぶ。なお、呼んでいるのは八商会以外の商会の経営陣と貴族くらいで当人たちが自称しているわけではない。まあ、兎にも角にも王都の経済界に大きな影響力のある商会という認識で間違いない。
そして、三万人を受け入れている開拓村の食糧事情を支えているのはこれら八商会のうち、食品の扱いの多い三つ、オブディ、ディアマ、リドット。クレメル家としてもぞんざいに扱ってはいけない相手です。
「で、用件は……すぐにでも店を開いて営業できるようにしろ、ってところかしら?」
「その通りです」
「はあ……」
ハンターギルドでさえ、まともな営業開始は一ヶ月以上先に延ばしているというのにねえ……
八商会が店を開くこと自体は問題ない。ロアで店をやっていた人たちもいずれはまた店を、と言う具合になっているし、基本的に違法な物品を扱うのでも無い限り、どこで誰が店を開こうが自由というのがフェルナンド王国の法。
もちろん、店を建てるときに強引に立ち退きを要求した上、税を納めないなんてことは許されないのは言うまでもない。普通に考えて犯罪だからね。では、何が問題なのかというと、やはりここでもロアの人たちがほとんど現金を持っていないと言うことに尽きる。ホント、成長度合いの歪な開拓村だと思う。でも、それでもやるしかないと決めたのは私なので何とかしないとね。
領主の館――ただし、ここにいるのは代官一家のみである――に到着すると、そのまま応接室へ。中に入ると、大して広くもない応接室にぎっしり詰め込まれたオッサンたち。
それぞれの商会が代表と補佐二、三名連れてきているので、こちら側であるアランさんたちも入れると三十名に届く勢い。こんなむさ苦しい空間をとことこ歩いて行く美少女――ただし仮面をつけているため見た目の怪しさではトップだ――の私。
自分で言うのもなんだけど、カオスすぎる空間ね。




