17-11
「こちらです」
現状予定している開拓村の境界線からそれ程遠くない森の中。小高い丘の麓にぽっかりと不自然に開いた穴。
人が誤って入らないように数名の騎士が警戒しているそこは……
「ダンジョンだな」
カイル隊長があっさり断言した。
「未発見のダンジョンってこと?」
「できたばかりだと思う。俺も出来たてのダンジョンなんて見るのは初めてだから断言しづらいが」
「ふーん」
フェルナンド王国に限らず、今もどこかでこういうふうに唐突にダンジョンができる、らしい。らしい、というのはダンジョンが生まれる瞬間を見た人なんていないから、よくわからないというのが真相。ダンジョンがどうして生まれるのかなんて、神様に聞いたら教えてくれそう。ロマンが吹っ飛びそうだから聞かないけど。
「ダンジョンが見つかった場合、どうするんだっけ?王様へ報告?」
「国王への報告が必要です。ハンターギルドへの報告でも大丈夫ですが」
その辺は詳しいコーディが即答し、カイル隊長も頷いているので、各国共通なんだろう。
「報告に当たっては可能な限り、どの程度の難易度のダンジョンか調べてから、となっていますが、どうします?」
「確認してみますかね」
「え?」
呆けるコーディを余所に、スタスタとダンジョンへ向かう。
今までに訪れたダンジョンと違い、入り口の……何て言うんだろ、境界線?がぼやけた感じ。つまり、ダンジョンの中と外は違う空間になっていて、それが繋がろうとしているような、そんな印象。
「中は真っ暗。洞窟タイプかな……ちょっと奥まうぶぉあっぷ!」
ちょっと覗き込んだ途端、強い衝撃を顔面に受けて後ろに吹っ飛んだ。
周りにいたものは大慌てである。レオナは十五という年齢にしては小柄な、仮面という妙な格好を除けばただの少女であるが、その実領主。ここにいるコーディはもちろん、カイルとその配下の騎士たちにとっても上司にあたる。その上司がいきなり三回転ほどしながら二十メートルは吹っ飛んだのだから。
「おいっ!大丈夫か?!警戒しろ!ヤバいかも知れん!」
「レオナ様っ!」
コーディが慌てて駆け寄る一方、カイルがレオナを心配しつつ、騎士たちに入り口を警戒するように指示を出す。
「大丈夫……みたいですね」
「うん」
いきなり殴られたので吹っ飛ばされて地面をズサーッと。エルンスさんの服でなかったら乙女的にNGな姿になるところでした。土埃まみれになったほかは特にケガもなく起き上がっている時点で乙女なのかどうかと言う議論の余地があるかも知れないけどね。
ちなみに油断していたわけではない、断じて。中の様子を探りつつ、どんな魔物が出てくるか確認したかっただけなのです。
「何があった……いえ、何がいたんです?」
「ハイオーク」
「は?」
「ハイオークよ」
「な!」
「何だって?!」
ダンジョンが領内で見つかった場合、速やかに国王へ報告する必要がある。が、その時にどんなダンジョンなのかという情報があるとなお良いとされている。ここでいうどんなダンジョンというのは、ひと言で言えば難易度。どんな魔物がいるのかざっくりでいいので把握してから報告することで、そのダンジョンをどうやって管理していくかの方針がガラリと変わるからだ。
これがゴブリンがチョロチョロ出る程度のダンジョンなら、一番近くのハンターギルドが時々様子を見に行く程度になるけれど、いきなりハイオークがでるようなダンジョンだとどうなるかというと、
「難易度的には上級に分類されるな」
「へえ」
「って、領主様ならそのくらいはご存じでは?」
「なにぶん新人領主なもので」
コーディが失礼なことを言うが、私だって領内でダンジョンを見つけた場合には、というのはつい先日教わったばかり。それも「とりあえず国王へ報告とだけ覚えておいてください。詳しくはまた後日」だ。
「とりあえず、ここにいても始まりませんね。カイル隊長」
「は、はいっ」
「そんなにかしこまらなくてもいいわ。彼らに指示は出したのね?」
「はい」
「なら一緒に来て」
「わかりました」
「コーディ、行くわよ」
「はいっ」
私を殴ったハイオークをプチッとしてきたい気持ちをグッと堪えて村へ向かう。そして歩きながら紙切れに少し伝言を書いて……マップ確認。アランさんは……ここか。ヴィジョンを呼び出して書いた紙を持たせ、アランさんの元へ向かわせる。
「便利ですねえ」
コーディがしみじみと私のヴィジョンについての感想を述べるけれど、あなたのヴィジョンだって相当な距離まで伸ばせるのだから似たようなことはできるはずよ。
「入っていきなりハイオークか」
「ええ」
「うへえ……コレはまた忙しくなりそうだ」
状況を伝えるとすぐにアランさんが書面を認め、すぐに王都へ送り出した。
書面は二通。一通は王城へ。もう一通は王都のハンターギルドへ。書かれている内容は、私の開拓村からそれほど離れていないところにダンジョンを発見。入って早々にハイオークを確認、と同じ内容。変える必要もないからね。
そしてアランさんが「忙しくなりそう」と予想しているのは、ここに集まった面々の話から明らか。
ダンジョンが見つかった場合、国に報告が必要。これはフェルナンド王国に限らずどの国もだいたい同じ。そしてフェルナンド王国の場合は騎士団が、他の国の場合でも騎士団か、ある程度実力のあるハンターたちに調査依頼が出され、ダンジョンの調査が行われる。これはダンジョンというのが魔物の素材などを産出する鉱山のような位置づけと言うこと以上に、魔物が棲息する危険な場所だからと言うのが大きい。基本的にダンジョンから魔物が出てくることは無いけれど、ダンジョンだと知らずにうっかり入ってしまって、という事故を防ぐため。
入ってすぐに遭遇するのがゴブリン程度で、迷い込んだのが成人男性なら、どうにかなる。けれど、今回見つかったダンジョンのようにいきなりハイオークが出てくるとなると、入り口付近でうっかり迷い込む人がいないように監視しないとマズい。
と言うことで、ハンターギルドの出番。
今までに訪れたダンジョンでもあったけど、ダンジョンの入り口前にハンターギルドが出張所を造り、出入りの管理と魔物素材の買い取りなどをする方向へ進むことになる。そして出張所を造る場合、近くにハンターギルドの支部を作る必要がある。要するに出張所で買い取ったものを支部に運び、そこから素材加工をしようとする商会へ売るのだ。
ここにクレメル家の開拓村がなかった場合、王都のハンターギルド本部で良いのだけれど、既に村の規模を越えようとしている開拓村がすぐ近くにあるので、そこに支部が造られるのはほぼ間違いない。となると、ハンターギルドの支部をどこに建てるか。村の中心部付近か、ダンジョンに近い北東部……多分中心部だろう。そしてハンターギルドが支部を造るほどのダンジョンがあるとなったら、すぐにそれなりの規模の商会が嗅ぎつけて集まってくるはずで、そうなると商会の店の建設に、お抱えの職人も連れてきて工房を建てたりするかも知れない。
「んー、一気に村が発展しそうですねえ」
「レオナ様、そんな呑気な話じゃないですよ」
「え?」




