17-10
「レオナ様、だいたいこちらは仕上がりました」
「大丈夫そう?」
「しばらくは誰かが見ていた方がよいかと」
「その辺はアランさんに相談で」
「わかりました」
女性陣より前にレオバルさんを連れてバッカルさんが一緒に入り、共同浴場でのルールの説明なんかをしてもらい、貼っておく注意書きの素案を作ってもらっていた。基本的には王都の共同浴場の内容と一緒だけど「体を洗ってから湯舟に入りましょう」が三回くらい書かれている。これを守らないとお湯がすぐに汚れちゃうからね。あとの細かいところはアランさんに相談として今日はおしまいです。
「レオナ様!」
「はい、ジェライザさん、おはようございます」
「はい、おはようございます。あの!素晴らしいですわ!あのお風呂というのは!」
「それはよかった」
隅々まで洗ってさっぱり&ゆっくり温まってからそのまま寝たのでぐっすり。結果、素晴らしい目覚めになったようでよかったですね。できれば感極まったまま、私をブンブン振らないで下さい。
「これからはあのお風呂に、村で入り放題なのですね!」
「ん、それは無理です」
「え?」
なんでそんな世界が終わったかのような絶望的な顔を?
「だ、だって……お風呂を作るって……」
「造りますよ。村全員の共同浴場を」
「全……員……」
「はい。全員です」
さすがに男女で分けるというか、人数の多さその他を考慮して十くらいにわけますけど、それでも三万人です。毎日全員が入るにはちょっと無理ですね。
ちなみにフェルナンドでは村も街も――もちろん王都も――個人で風呂を備えている家は稀。水の用意に沸かす手間と燃料費が馬鹿にならないからで、だいたいが共同浴場。私のところは元々が貴族の屋敷だったために設備が残されていたから使えるのであって、開拓村にいきなりそれを求めるのは厳しい。
そもそも共同の浴場があるだけでも異例だと言うことだけ強調しておく。
「で、では……なぜ?」
ジェライザさまの言う「なぜ」は二つ。一つは「なぜジェライザさまに入ってもらったか」、もう一つは「なぜ開拓村に作るのか」。
答えはとてもシンプル。
「開拓村に作る理由ですが、休み無しで働き続けようとしている人たちを強制的に休ませるためです」
「確かにお風呂に入る時間をとったら休憩になりますけど……」
「それよりも、お風呂から上がった後、何かしたいと思いました?」
「いえ。そうですね。のんびりしたくなりますね」
「そういうことです。で、なぜジェライザ様に入っていただいたかというと、身をもって知っていただくというのが一つ。もう一つは入り方を知ってもらい、広めてもらうためです」
「入り方?」
「体を洗わずに入るとお湯が汚れるんですよ」
「ああ」
働いて土や埃まみれになることに私は思うところは特にない。働いたことの証であって、何ら恥ずかしいことではないからね。だけど、そのまま湯船に飛び込んだら……ねえ?先にしっかり洗い流してさっぱりしたところでつかりたいじゃない。ということで入浴のマナーとかルールとかを広めてもらう広告塔の役割も担ってもらおうかなと。
もちろん、脱衣所や浴室内に注意書きを掲示するのも大事だけど、その辺の細かいところはレオバルさんがまとめたものをベースに手配いただくとして、実際に入った方が「こうしましょうね」と伝えるのはとても大事だと思うんだよね。
「わかりました。頑張ります」
「ええ」
「その」
「はい?」
「頑張った暁には、私の家にもお風呂を」
「それはカイルさんと話し合ってください」
「ええ……」
「私は領主ですけど、個人の家に何を置くとか、そこまでは管轄外ですから」
「そうですね……はい」
そして二日後、ついに共同浴場が一部完成し、休み無しで働き続けていた職人さんたち――目だけはらんらんと輝いていてそれはそれで不気味でした――をお風呂へ強制連行。
平均睡眠時間一、二時間で体を拭くこともせずに働いていた皆さんを無理矢理連れて行き、体を洗って湯につからせ、風呂上がりには冷たく冷やしたエールを提供。
エールって、冷やさずに飲むのが普通らしいけど、それでも冷やしたそれは暴力的だったようで、そのまま全員が楽しく飲み食い笑い、翌朝までぐっすり眠ったとのこと。
とりあえずクレメル領がブラックだと呼ばれるような懸念はどうにか取り払えたようですね。
そして十日目、ロアの何も無い平原で避難生活をしていた方が全員開拓村へ移住した。それまでに仮住まいをどうにかした職人たちもすごいが、残された人たちのことをずっと気にかけ続けたカイル王も負けず劣らずすごいな。私だったら三日と持たずに逃げ出す自信があるよ。私にそう言うのは向かないと自覚しているので。
ということで、開拓村を一通り見ておこうと歩いていると、そこら中から「領主様」と挨拶されるので、笑顔で返す。今のところ、私に対しての悪い評価はない、らしい。
「すごいねえ」
「ええ」
通訳として連れているコーディと共に村――既に街といっていいほどの広さと規模になっている――の大通りを歩いて行く。
舗装こそされていないが、数軒の食堂が営業を開始しており、三万人の食欲を満たすべくフル稼働中。もしかしたら一番のブラック環境になってしまったかも知れないけど、一時的な者だからと目をつぶっておく。
ある程度家が建ってくれば、各家庭の台所でそれぞれの食事を用意できるようになるのだから。
街の中でどこに何を建てるか、どういう順序で建てていくかはファーガスさん指導の下、王様承認の上で、アランさんが原案を作り、ロアの上層部が細かい調整をして進めている。
全員に「こういう順序で」と説明し、建築やら開墾やらの人員の割り当てをしたり、細かなトラブルの対処をしたりと大忙しのようだけど、私のところには大まかな進み具合が上がってくるだけ。
ま、私に細かい話が上がってきても、何も出来ないからね。
「お、領主様の視察かい?」
「カイル隊長」
「へっ……隊長って呼び名にはまだ慣れないな」
ロアの騎士団は騎士隊に名前を変え、この開拓村の警護に当たるようになり、そのトップにカイル元国王を就任させた。と言うか、本人が「俺が隊長をやる」と強く要望――した以上に周囲が要望――したので、私が許可を出した。
まあ、脳筋らしいから開拓村の運営よりもそっちの方が性に合ってるんだろうね。
ちなみに昨日こちらに到着したときは疲れ切った顔をしていたが、風呂に放り込んだ結果、よく休めたようだ。
「どうかしら、この開拓村は」
「どう見ても村って規模じゃねえだろ」
フェルナンド王国の法的には村なんですよねえ。
「どう見ても街だろって点を除けば、いいところだと思うぞ」
「そう?」
「王都が近いから人や物の行き来が盛んになるだろうし、畑にできる土地も広い」
そうでしょうとも。私の成果ではないけど。
「そして領主は俺より遙かに強い」
「うーん、強い弱い基準で言われても」
「だが、守られてるって安心感は大事だぞ?」
それもそうか。
「ところで」
「ん?」
「ロアのダンジョンについてじっくり話を聞きたかったんだが」
「いいわよ」
「お、それじゃあ」
いつにしようか、と言う話を仕掛けたところに騎士が一人慌てて走ってきた。
「カイル隊長、こちらにいらっしゃったんですか!」
「おう、どうした?」
「っと、これは領主様!」
「かしこまらなくていいわ。急ぎの用件でしょ?」
「はい。実は……」
報告された内容は私にとっても重要かつ衝撃的で、カイル隊長、報告してきた騎士さんを私のヴィジョンに抱え上げさせ、私はコーディを担いで現場へ急行する必要のあるものだった。
ボツ原稿
スッとタチアナがそばに立ち、そっと耳打ちしてくる。
「すぐにお風呂に入りましょう。今なら王妃様の出ダシ痛っ」
「アンタねえ……」




