17-9
「うーん、だけど徹夜続きは感心しないわ。それで怪我でもしたら大変よ?」
「ええ」
いつの間にか屋敷に続いて開拓村にブラック企業臭が漂い始めているので何とかしないとマズいと思う。屋敷も開拓村も「当人たちがやる気がある」というのが一番の問題かな。そしてそれは何かの拍子にプツンと切れたら全てが崩れてしまうだろうという点でも。
前世では、私も夫もブラック企業というものに接することはなかった。まあ、夫は今考えてみるとおかしいレベルで遅くまで働いていたけれど、働いた分だけ給料も支払われていた。つまり働いたら働いた分だけ稼げ、働かなかったらそれなりにしか稼げない。どうにか体を壊さないように注意していたが、当人が楽しそうに仕事に出掛けていたので止めることはしなかった。が、その後日本の景気は色々とアレな事になった。その頃にはとっくに夫も定年退職しており、子供たちもそれなりの立場になっていたのでまだよかったのだけれど、孫たちの世代になるとひどいの一言になっていた。そして末の子の孫――次男と三男――が就職氷河期と呼ばれる時期に入ったのがブラック企業だった。離れて暮らしていたこともあってまめに様子を見ることも出来なかったせいで、本当にマズい状態一歩手前というのに気付いたのがある年の暮れ。瞳から生気が消え、表情の変化も乏しく、好きな物を出しても苦手な物を出しても淡々と口に運ぶ。これはおかしいと末っ子夫婦に発破かけて詳細を聞き出した結果が……まあ、これ以上は言うまい。
その後すぐに会社を辞めさせ、二人とも私のところで引き取ってのんびりと療養させ、夫の伝手で小さな会社を紹介してもらい、どうにか人並みの生活を取り戻せた。あのとき気付かなかったらどうなっていたかと思うと、本当に恐ろしい。
そして、それと同じ思いを私の元に集まってきた人たちにして欲しくない。
ではどうするか。私がここに毎日顔を出して魔法で回復させるというのも一つの手ではある。だけどそれをやった場合、あとでどうなるかわかったものではない。ケガや病気を治すのと、体力を回復させるのでは意味合いが全然違うだろうから。
「徹夜したい気持ちはわかる。でも休憩無しでぶっ続けは絶対ダメ」
「わかりました。なんとか徹底させます」
「普通のケガや病気は私が手当てするけど、徹夜して無理が高じたなんてのは放置するからね?」
この辺はジェライザさんにも伝えて周知徹底をお願いしよう。早めに気付いてよかった。放置していたら「クレメル領はブラック領」とか噂になるところだった。
「おっしゃることはごもっともですが、急いで建てないと全員の受け入れが間に合いません」
「やっぱり問題はそこですか」
ジェライザさんに伝えた結果の返事はとてもシンプル。十日かそこらで三万人分の住居建設とかそもそもの案件がブラックでした。
しかし、そこはそれ。私もそれなりに色々と見聞きした経験もあるわけです。
要は全員が雨風しのげる環境を用意することが肝要であって、家を建てるのはその解決策の一つ。だけど、現実的にはとても厳しい。ならばどうするか。
「とうっ!」
私の掛け声と共にドスンと立ち上がる壁。将来的には畑にするけど、開拓場所としての優先度は低いという場所を選び、東京ドームくらいの広さを壁で囲み、さらに屋根も土魔法で生成する。土魔法で建物を突貫工事で建てる場合、屋根のもろさが問題になるらしいけど私が建てる場合は心配無用。上からドラゴンが振ってきたら潰れるかもね、という程度の強度は持たせてる。
そして隅の方には近くの小川から水路を造っておけば、水回りは職人さんたちが仕上げるだろう。そして内部は高さ二メートル喉の壁で仕切られた四畳半程度のスペースが大量に。
「少し不便ですが、雨風凌ぐには充分かと」
「え、ええ……」
そして三万人を受け入れれば、どうなるか。全員が全員大工仕事ができるわけではないとしても、物を運んだり支えたりといった人手にはなる。職人を徹夜で働かせるよりは効率もいいだろう。
「あとは……アランさん、どこに?」
「この辺りですね」
開拓村の地図――といってもほぼ真っ白――に従って歩き、川沿いの一角に。
「やあっ!」
地面を平らにしてある程度掘り下げて基礎部分を造ったら、こちらはクレメル家で手配した王都の職人さんたちに任せる。
「レオナ様、こちらには何が?」
「共同浴場です」
「?」
フェルナンド王国には小さな村でも共同の浴場があるくらいに、入浴の習慣がある。私が生まれ育った村?開拓村にはそこまでの余裕はありませんよ。
一方、ロアには入浴の習慣はないらしい。これは気候的なところがあるのかと思ったら、ラガレットにもあまり入浴の習慣はないとのことで、どうやらフェルナンド王国の方が特殊らしい。なんでも法律で「人口がある程度を越えたら共同浴場を造ること」と明記されているそう。
そんな法律ができたのは結構古く、病気の予防が目的なんだって。私が転生してきた十年前の疫病もひどかったけど、この法律ができる前はもっとひどかったらしい。体を洗うことで清潔に保つことの重要性を説いた、当時のとある神官はその功績が認められて男爵位を授かったらしい。
その辺、実はアランさんが先に気付いたらしい。ロアの生活習慣とフェルナンドの生活習慣の違いは絶対にあるはずと、細かい情報共有をしたところ、ロアの医療の現状に疑問を持ったと。つまり、フェルナンドに比べるとロアの方が色々と病気が流行りやすいかな?と気になって色々確認したんだって。
ロアにしてみれば、ダンジョンから産出される様々な素材で効果の高い薬が安く作れるので気にもしていなかったらしいけど、フェルナンドではそうは行かなくなる。丁寧に情報を確認した結果、ロアには入浴の習慣がなかったと判明。医者や料理人は手洗いをするし、その他の人も体を拭く程度のことはしていてもお湯に浸かるという習慣はなかった。
そこで、ジェライザさんたちロアの人々には事後報告になってしまいますがと前置きしつつ、私に共同浴場建設の話が持ち込まれていたので、手っ取り早く着工致しました。
できばえに満足していたら王都から浴場の工事をする職人さんたち一行が到着。
「レオナ・クレメル様」
「はい」
「まさかここまで基礎工事をしていただけるとは思いませんでした」
「あはは……で、どの位でできそう?」
「これでしたら十日もかかりません」
「わかりました。よろしくお願いしますね」
職人さんたちが色々と資材を積み込んだ荷馬車を引っ張っていくのを見送りながら、アランさんたちがジェライザさんたちに説明しているけど、何か理解が追いついていないみたい。仕方ない。ここは一肌脱ごうか。私以外が。
「ほわぁぁ」
「はふぅぅ」
ほかほかと湯気を上げてトロンと蕩けた表情をしたジェライザさんと侍女さん二名がシーナさんに客間へ連れて行かれた。
「コーディもお疲れ様」
「はい」
入浴の経験がないならしてもらおうと我が家へ特別ご招待。王族や貴族のほとんどが入浴の際に侍従などに介助されながら入るらしいので、侍女さんも一緒に。んで、そう言うときのやり方に詳しいのがシーナさんなので一緒に。コーディは通訳として。さすがにこちらに来ている通訳のレオバルさんは男性なので一緒に入れるわけにいかないからね。
で、隅々まで洗われた上にゆっくり湯に浸かって、湯上がり美人の完成。生まれて初めての経験にあまり家族以外には見せない方が良さそうな表情になってしまった。




