17-8
「さて、庶民向けの店の件ですが」
「ええ」
「ここになりました」
「え?」
王都の地図の中央に丸が描かれた紙がスイッと出てきた。もう決まった?私の意見とかは?
「その……王命です」
「うわ……王都の中心部、一等地じゃないの?」
既にある店は貴族街の中心部だけど、次の店はいわゆる中心街。王都を東西南北に走る大通りの交差する中心部。
「場所の指定は王命だけど、購入費用はクレメル家負担?」
「半額は負担いただけるそうです」
「わーい、ありがたくって涙が出そう」
こんなところにお店を出したら注目されるのは間違いなし。となると、初日にいきなり「品切れです、ごめんなさい」はマズい。
「開店日は?」
「現在入っている商店が」
「空き家じゃないんだ」
「商業ギルドも「是非に」と前向きでして、今の商店も「そういうことなら」と移転を快諾したそうです」
「そう」
「さて、今入っている商店が移転するのに十日ほどかかります。その後、改修工事にかかります。今の貴族街の店の倍以上の広さとなりますので、工事はそれなりにかかりますので二ヶ月はかかるかと」
その二ヶ月の間に新たに人を雇い、おはぎを作れるように教育し……はあ、気が遠くなりそうだわ。
「ただ、商業ギルド長があちこちにかけ合ったようでして」
「ん?」
「一ヶ月で工事を完了させてみせると」
どんどん追い込まれている件。
「人の手配は既にかけております。五日後にはある程度候補を絞り込み、面談後に採用となります」
「採用に関してはクラレッグさんと、今のお店の方で判断してもらっていいわ」
「そのつもりでおりましたので、日程を押さえてあります」
優秀すぎて私の出る幕がない件。
一通りの確認を終えたところでちょうど昼食。その後礼拝室へ。神様には色々と言わないとね。
「で、いきなり土下座ですか」
「先手を打っておくのもいいかなと思って」
神様って威厳とかそういうの、ないのかな?
「えーと、向こうからこっちに来ようとしているのが空間魔導師ケンジ、だったかな」
「うん、こちらでもそれは把握した」
「名前の響き的に日本人っぽいんですけど?」
「そそそ、そんなことは、ないよ?うん」
「焦りがダダ漏れなんですけど」
「あっはっはっは……と言うことでもう一回土下座しますね」
「それはいいから。どうせあっちの世界の神が日本人を転生させたとかそういうオチでしょ?」
「まあ、そういうこと。やっぱり地球の、それも日本人は他の世界でも人気があって」
「人気があるのは結構だけど、だからってホイホイ転生対象に選ばれたんじゃたまったものではないわ」
「仰るとおり」
「で、次は?」
「それなんだけど、実はまだわからない」
「やっぱり世界を越えるような穴を開けるのって結構大変なのね」
「うーん、そうじゃないというのが判明した」
「え?」
神様が調べた限りで言うと、今まで私が潰してきた穴は最初の王都南の二箇所だけが同時に開けられた穴で、それ以外は順番もメチャクチャ。例えばラガレットの穴はロアよりもあとに開け始めた穴らしい。
「つまり、世界を越えて穴を開けようとすると時間が前後する?」
「そのようだね。つまり、次にこちらに開く穴はずっと前に開け始めていたのか、もっと先に開け始めたのか、それすらもわからない」
「なるほどねえ」
「常に監視はしているけど……そうだね、ひと月ほど経ってから来てくれるかな?」
「わかったわ」
戻ってからセインさんに「ひと月ほど様子見になりました」と各所へ連絡しておくよう頼んでおく。それが終わったら開拓村だ。
「おお、領主様!」
「こんにちは」
「すみません、資材担いでるのでこのままで失礼します」
「いいのよ……それより体調大丈夫?」
「平気です!」
「気遣っていただいただけで疲れが吹っ飛びます!」
「そ、そう……」
開拓村に着くと、色々担いだり引っ張ったりしている職人さんたちが行き来していたので邪魔にならないようにしながら見て回り、アランさんに確認。
「彼ら、寝てるの?」
「寝てないようです」
「だよねえ」
目の下のクマがすごいんだよね。
「私からは夜はしっかり休むように言って、騎士たちの見回りの時にも注意するようにしていたのですが」
「ですが?」
「どうやら宿舎の中で資材の加工を続けていたようで」
「外からではわからないから、と」
「はい」
「なんでそんなに頑張ってるの?」
「聞いたところ、「いくら使っても使い切れないほど資材があるんだ。休んでるヒマなどあるか」という返事が」
確かにこれから万単位の移民を受け入れるわけだから住居に関しては急いでつくらなければと言うのはわかるけど、今日も第二陣として職人が数百単位で到着しているので、日に日に建築速度は上がっている。徹夜なんてしなくても十日もあれば仮住まいは作れるだろうに。もちろん、ロアの人々を一日も早く屋根の下で休ませたいという彼らの心はわかるけど、それで無理をして体を壊したら元も子もない。
「アランさんも大丈夫ですか?」
「はは……恥ずかしながら結構キツいです」
アランさんは元々がオルステッド侯爵家の跡取りであるマーティさんの元で文官として働けるように教育されてきた方で、とても優秀らしい。けれど、今回のこの開拓村は異例だらけで、色々と手こずっている。
基本的に開拓村は農家の三男など、農地を継げないことが確定した者が自らの手で農地を手に入れようと開拓することで始まる。もちろん、国内の土地は全てどこかの領主が治める領地だけど、余程変なところでもない限りはどこを開拓したっていい。そして開拓してそれなりに生活が軌道に乗り始めると村の代表、つまり村長を決め、正式に村として領主の承認を得、税金を納めるなどが始まる。その過程でどうやって村民を集めるかは勝手にすればいいというのが暗黙の了解。家を継げない者が流れ着いたり、結婚やら幼い頃からの親友が一緒に着いてきたりとかそう言う感じで人が増えていくのが普通。
ところが私の開拓村は色々と順序がおかしい。
まず領主である私の領地が開拓村だけ。なので、開拓村は「村」として承認済み。だけど税はまだ納める必要はない。そして領地が開拓村だけなので既に領主の館が建設されているが……これは普通、街と呼ばれる規模で建てられる。
そして村民はあちこちから募集。ただし色々選考基準あり。募集自体は珍しくないけれど、選考基準があるのはあまり聞かない。せいぜい「働くつもりがない者お断り」がある程度で、来る者拒まずが基本なのだから。
そして、極めつけが村民全員の住居が完全にそろっていない段階で人口が一気に三万人越え。この世界にどれくらいの国があり、どれだけの街があるかは知らないけれど、この規模だと小さな国の首都くらいになるはず。しかもそんなものが王都のすぐそばに完成予定。
アランさんがこれまでに学んできた領地運営のイロハからは大きく逸脱することになってしまい、目下ファーガスさんを交えて王様――と言ってもほとんどが宰相さん相手――と今後の方針決めに奔走しているところというわけで、結構いっぱいいっぱいになってしまっている。
「レオナ様、これを」
「はい。えーと……十日間で全員の移住完了、ってできるの?」
「二枚目以降に、今後の建築スケジュールが」
「うわ、休み無しで突貫工事か」
「共に暮らしてきた人々のために一日でも早く、という気持ちはわかるので、なんとも止めづらく」




