17-7
「あとはエルンスさんが「待って」
「はい」
「それは長くなりそうだから明日にするわ」
「それがいいと思います。と言った具合で細かいことは色々とありますが概ね問題なく、とまとめられるかと思います」
亭主元気で留守がいい、なんて言葉があったなと思いながら、私がいなくても問題なく回る我が家の盤石ぶりとそれを支える皆に感謝している間に馬車は屋敷に到着した。
「「「「お帰りなさいませ」」」」
「ん、ただいま。みんな元気そう……ん?」
出迎えに並んだ中にいない人がいる。具体的にはエルンスさんとかクラレッグさんとか。
「あの二人は私の監視をかいくぐって三日間徹夜をしていましたので、お仕置き部屋で謹慎中です」
「そう」
それ以上の追及はしない。何をしていたとか、お仕置き部屋とは何かとか、聞かない方がいいだろう。
「ざっとシーナさんから「問題なし」という話を聞いていますが、セインさんからは何かありますか?」
「いくつか確認いただきたいものはありますが、お疲れでしょうから明日以降で構いません」
「わかりました」
まだ日没には少し時間があるけれど、休んでしまおうかと思ったらタチアナがスッと前に立った。
「レオナ様」
「ん?」
「食事になさいますか?その前に入浴でしょうか?それとも……その……痛っ」
「軽く何か食べたいわ」
お馬鹿なことを始めた頭に軽く手刀を振り下ろして進んだ先には、妙にメイド服の似合うコーディがいた。
「なんでメイド服着てるの?」
「こちらで働くとき、特に屋敷の中ではこれが規則だと」
「誰が?」
「タチアナさんが」
「痛っ」
もう一発手刀をお見舞いしておく。
確かに――特に貴族家の場合――使用人として働く者はある程度決まった服装をするのが慣例になっている。これは来客があったときに、使用人なのか家族なのか、はたまた他の来客なのかといった区別をつけやすくする目的もあるそうなのだが、
「コーディって使用人枠だっけ?」
「給料を支払っているという意味では使用人ですな」
「それもそうか……でもね、コーディ」
「はい」
「今後もダンジョン行きには付き合ってもらうからね」
「はい……」
え?そんなにダンジョンに行くのいやだったの?確かに魔物は出るし、薄暗いところは多いしと快適にはほど遠い場所かも知れないけど、安全は保証してるつもりなんだけどな。
湯船でうっかり寝てしまいそうになった以外は何事も無く、ベッドへボフッと倒れ込む。
「疲れた」
ダンジョン攻略は、最後のコアの破壊のための魔法が魔力をごっそり持っていくので、なかなかキツい。しかも、魔法の方が勝手に威力を調整しているのか、魔力量が増えたはずなのにごっそり持って行かれてしまうので、その後の脱力感は相変わらず。
「まあ、今回のダンジョンはわかってる限りでは最大級らしいからねえ」
私はこの世界のことをよく知らない。私が生まれ育ったのがフェルナンド王国だと知ったのも最近だし、他の国のことだって片手で足りる程度。この世界に後どれくらいの国があるのかとか、神様に聞いても「人の営みは面白いから見ているけど、国とか勝手に境目をつけられても見えないんだよね」とか返ってきそう。
そんな、比較的どうでもいいことを考えている間に私は眠りに落ちていった。
「はい、これで以上です」
「ふう」
翌日、比較的急いで目を通して欲しい書類を一通り確認したところでひと息。
主に、私の留守中に他の貴族から入った連絡――店の予約が取りづらいというクレーム――に、見合い相手の紹介。見合いは全部断った。何が悲しくて三十歳以上歳の離れた方と結婚しなければならないのかと。
あとは屋敷に忍び込んだ不届き者の人数が増えているという報告。そろそろおはぎでいい感じに肥えた連中を解放しようかしら。
あとは開拓村の進捗状況だけど、こちらは細かい内容を聞いても仕方ない上に、ロアからの受け入れにより状況が大きく変わるので、留守中の報告にはほとんど意味がない。
住民同士で何かもめ事や事件でも起きていたら何らかの対応も必要になるかも知れないけれど、そう言うこともないし。
「さて、エルンスとクラレッグですが」
「はい」
「どうやら油を絞る器械を完成させたようです」
「完成?」
「ええ。程々の腕の職人なら問題なく作れる程度の精度で、あまり力をかけずとも絞れるようになったと、深夜に私を叩き起こして報告してきたので、そのままお仕置き部屋へ直行です」
「し、深夜に……」
「ええ。すでに二日連続の徹夜だったので、作業できないように鍵などかけたのですが、どこかに抜け道でもあったのか、普通に工房で作業しておりました」
「なるほど。とりあえず話を聞きましょうか」
「では呼んで参ります」
「さて、二人とも……呼ばれた理由はわかりますか?」
「「はい」」
バッカルさんに連れられてきた二人――別に縄で拘束などはしていない――は、神妙な面持ちで私の問いに頷いた。
「私が何を心配しているか、わかりますか?」
「ええと……」
「機械が出来上がるのが遅れると困る、とか」
ゴン、と机に額をあてながら突っ伏したら、全員――タチアナ除く――が慌てた。
「私が心配しているのは、お二人の健康です」
「え?」
「俺たち、元気いっぱいですぜ?」
「どこがよ?」
二人とも目は爛々とと輝いているけれど、頬は少しこけているし、目の下のクマもひどい。これのどこが健康なのか……心は満ち足りているんだろうな……はあ。
「タチアナ、鏡を」
「はい」
「って、私に向けてどうするのよ?」
「自分の姿を見たいのかと、痛っ」
ペシッと手刀を落として置いてクルリと二人に鏡を向ける。
「これのどこが健康な顔なのかしら?」
「え?」
「嘘、これ、俺?」
「そんな」
互いの顔を見て気付かなかったのかーい。
「二人の気持ちはとてもありがたいですが、私にとっては事業を進めることよりも皆さんが健康でいられることの方が大事です」
「は、はい」
「ご心配かけてすみません」
「と言うことで、謹慎……お仕置き部屋は解除しますけれど、今度深夜に何かやっていたら……クビです」
「ク、クビ……」
「そんなっ」
「文句があるなら物理的に飛ばしてもいいんですよ?」
ニコリと笑うと二人同時にピシッと姿勢を正し、
「「わかりました!」」
実にいい返事。
「とりあえず今日から三日間、クラレッグさんは通常の……この屋敷の者向けの料理を作る以外は禁止です。エルンスさんはスルツキの加工工場の様子を見に行ってください」
「「はい」」
クラレッグさんを通常業務以外禁止にすれば少しは回復するだろう。エルンスさんの方は、「工場の方は心配ないと思うが」と言っていたが、それでも一度見に行った方がいい。何かあってからでは遅いのだから。
二人が退室していくのを見送りながらふと思う。マップで見る限りこの屋敷にはお仕置き部屋なんてないんだけど……
「さて、続いて……」
セインさんがまとめた資料を確認しながら色々と報告を受ける。
受けるだけです、はい。
開拓村の状況を細かく教えてもらってもちんぷんかんぷんだし、お店の収支状況も大きな赤字になってなければいい、と言う程度の認識だし……というか現時点でまだ赤字なのよね。
日々の収支は少し黒字なんだけど、お店という物件購入費分は稼げていないし、働いている方の給与を払うと赤。モーリスさんによると、しばらくは仕方ない、とのこと。
そもそもの客単価がそれ程高くないので、利益もあまり出ない上に、お店の立地は王都でも一等地。改修工事費用も含めると……今のペースだと黒字になるのは十年はかかるそうな。
と言う話を聞いてしまったら、あの二人が「何とかして役に立ちたい」と思うのも仕方ないか。




