17-3
ここで私たちは三手に別れる。
一つは王妃様たち、城に向かうグループで王妃様に侍女一名に通訳と宰相の部下二名に騎士二名。これは私とセインさん、シーナさんが同行する。
もう一つはコーディと王妃様の侍女一名で私の屋敷へ向かうグループで、城での用事が片付くまで待機する。こちらの諸々の世話はタチアナに任せる。そしてもう一つがボニーさんともう一名の騎士による開拓村行き。開拓村ではアランさんが対応する予定だけどそれまでの案内はバッカルさんが担当。ロアからの避難民を受け入れる場所の検討にかかるグループだ。
城に行く騎士が二名というのは少ないけれど、やむを得ない措置だ。ボニーさんを城に入れるわけにはいかないし、かと言って一人で開拓村に行かせることもできないので、事前に移動先を下見すると言うことにして、ソフィーさんに通訳としてそちらへ同行してもらう。外国の貴族の出迎えだと彼女の胃が持たないけど、開拓村を見に来た騎士の通訳ならなんとか大丈夫だろう。
「レオナ、報告書は?」
「こちらです」
「うむ……よし、いいだろう」
リリィさんのチェックを通ったようでひと安心。
「これをすぐに城へ」
「はっ」
受け取った騎士が城へ向けて馬を走らせる。先に王様たちに情報を伝えておき、どんな対応をするか検討するらしいけど、難しいことはよくわからないのでお任せです。
「それでは城まではこちらの馬車をどうぞ」
お城で見かけたことのある人……ええと、宰相さんの息子さんだったっけ?……がロアの人たちを馬車へ誘導。用意されていた馬車は二台で、そのうち一台にロアの人々を案内。
私もそちらへ行こうとしたらリリィさんに担ぎ上げられてもう一台の馬車に放り込まれた。
私の扱い、ひどくないですか?
苦情を言う余裕はなかった。何しろ放り込まれた馬車の中にいたのは、随分と機嫌の悪そうな感じで顔をしかめたファーガスさんと、それを宥めようとしているエリーゼさんだったから。
「ええと……」
扉が閉められたところで恐る恐る声をかけたら……何だか悲しげで、それでいて憤りを隠せないという、なんとも不思議な表情で……睨まれた。
「ゴメンねレオナちゃん」
「え?」
「実はね……お店に行けてないの」
「はい?」
おかしいな。セインさんと何度も確認したけど、オルステッド家にも招待状は送っている。日付入りで。
「えっとね。招待状の日は行ったのよ」
「はい」
「それでそのあとも行こうとしているのだけれど、都合がつく日は全部予約が一杯で」
「そうですか……って、それでご機嫌が斜め?」
「ええ。全く子どもっぽいんだから」
「そうは言うがな!行きたいのに行けないのだぞ!」
確かにねえ……大の大人が「おはぎが食べたいのに売ってない」と機嫌を損ねてたりしたら、日本でも白い目で見られますね。
「と言うことでレオナちゃん」
「はい?」
「何個か手持ち、ないかしら?」
「ええ、ありま「ならん!」
「へ?」
ありますよ、と出そうとしたらファーガスさんがそれを制止した。
「それは筋が通らん!仮にもクレメル家の事業だ。親しい間柄とは言え、そういうのは」
「レオナちゃんの好意なら?」
「ぐぬぬ……」
うん、このやりとりに対する私のコメントはとてもシンプル。なんだかな、だ。
確かにあの店はクレメル家が唯一お金を稼げる事業だけれど、私が個人的に持ち歩いている分を提供するのは事業とは無関係。というか、宣伝ですらあるとも言える。
エリーゼさんはその辺を柔軟に考えていて、「親戚の子が手作りを持って来てくれた」という風に受け取るけど、ファーガスさんは「店で売る予定だった分を無理言って持ってこさせるわけには行かない」という考え方。
どっちもどっちね。
「ええと……あの」
「っと、そうだった。そういう話ではなくてな」
ファーガスさんが姿勢を正す。
「ここからが本題だ。ロアとの付き合い方について、国としての方針はだいたい固まったので先に伝えておこうと思ってな」
「はい」
「ええと、ロアの国民のうち、行き場がないのが三万人だったか?」
「はい、そのくらいです」
「基本的には全員受け入れる」
おお……って、大丈夫なのかな?三万人って結構な人数ですよ?
「受け入れる先は……クレメル家の開拓村だ」
「え?」
「ん?何かおかしいか?」
「あ、いえいえ。その……多分そうなんじゃないかなあって気はしてました」
「なら問題ないな」
「大ありですよ!まだろくに家も建ってない、始まったばかりの村ですよ?」
「知ってる」
「最終的な受け入れはともかく、今すぐは無理ですよ」
「それをどうにかしようと考えている……と言うか、自分のところで受け入れるのは予想していたのか?」
「え、ええ」
「レオナちゃん、理由を聞いてもいいかしら?」
「あ、はい。えっと、まずこれは予想なんですが、フェルナンド王国自体には三万人をどうにか受け入れる余裕はあると思ってます」
「ほう?」
「えっと、結構国が広いですし、手つかずの土地もありそうですから、そのくらい増えても畑を広げて村を広げてってやれば、国全体では受け入れられるかなと」
「そうだな。それはその通りだ」
「だから、単純に三万人が増えただけなら、各地に振り分けて、と言うことも出来るかと思ってましたが、色々問題があるかと」
「問題とは?」
「まず彼らとは言葉が通じません。通訳ができる方が向こうには何名かいるようですが、それでも三万人全員には行き渡らないでしょう。言葉が通じない者が数十人とか数百人単位で各地に散らばったら、混乱は必至です」
「そうだ」
「いきなり最初で躓いたらそこからの立て直しはとても難しくなると思います。となると、言葉が通じなくても問題がない状態。つまり、ロアの国民を一箇所か二箇所といった具合にまとめてしまえば、問題も起こりにくいのではないかと思いました」
ファーガスさんがウンウンと頷いているので続ける。
「では、三万人、あるいは一万人とか二万人がいきなり住める場所があるかという話ですが、さすがにこれはわかりません」
「それは仕方ないだろうな。レオナはまだ王国の隅々まで知っているわけではない。それに私たちも自分の領地以外のことは疎い」
「ええ。ですが……その一方で、王国としては彼らのことを全面的に信用して受け入れるかどうかと言うのも気になります」
「なぜそう思う?」
「異物だからです」
「ストレートに言ったな」
「すみません」
「いや、いい。あちらのトップがどう考えているとしても、歴史、地理的条件はまるで違うし、法律も細かいところで色々違いがある。となれば、文化……ものの考え方にも違いがあるだろう。わずかな違いだとしても積み重なれば大きくなるから、扱いが難しいのは確かだ」
「ええ。ですので……できたばかりの私の開拓村が候補になるのは、私が関わっているという事からも自然な流れかなと」
「ふむ」
そこでちょうど城の門を抜けたらしく、御者台から合図が入った。
「そこまでわかっているなら大丈夫だろう。実はさっきまでアランたちと今後の方針を詰めておいた」
「方針?」
「そうだ。いきなり三万人を受け入れるのが難しいのは重々承知しているが、それでもいつまでも野ざらしにはできないだろう?」
「ええ」
「だから、どうやって村で受け入れるかを考えておいた。今の開拓状況と、今後どうやって広げていくかという計画、そしてどこからどう手をつけていけばいいか」
「ありがとうございます」




