17-2
とりあえず、ロア側としての話もまとまったというので、その内容を聞きがてら返事を書いていく。
「フェルナンド王国へは私が向かいます」
『王妃様が?王様は……』
「俺は政は苦手でな。国家間の交渉とかそう言うのは関わらないことにしている」
それ、自慢していいことでもないし、外国の貴族である私に気軽に話していいことでもないと思いますよ。
「それに、どうやっても何日かはここで過ごさねばならない。俺がここにいる、というのが国民のためになるという判断だ」
『なるほど』
王様がここに残り、皆のために「がはは」と笑ってみせるというのも確かに大事ですね。不安に思う国民を安心させるのも王様の仕事、と。
「私に同行するのが、通訳として彼が。そして細かい取り決めとして宰相の部下二名。私の身の回りの世話役として侍女二名に、護衛として騎士を三名」
『ええと……はい、はいっと』
護衛として騎士を連れて行くというのは別に私たちを信用していないわけではなく、慣例みたいなものなのでスルーしておく。仮にも王族が護衛の一人もつけずに他国に出向くなど、あり得ない話だし。
「それから移動のために第三隊隊長のボニーを」
『へ?』
「よろしく頼む」
短いひと言共に前に出てきたのは、私たちがダンジョンに入ったときのボニーさんだった。
『あ、もしかして移動するのって』
「ええ。私のヴィジョンをフルに使います。色々制限があるので、全員を一度に移動させることは出来ませんが、全員が長距離を歩くよりは負担が少ないという判断です」
『わかりました……えっと、念のため確認ですが、行ったことのある場所同士をつなげられる、ということですよね?』
「ええ」
となると、彼女の行き先は少し考えないとね。城に案内なんてした日には大変なことになりそうだ。
『ええと、人数がこうで、こんな感じっと。すぐに出発できますか?』
「え?ええ、準備は出来ています」
『了解。国王に伝わるようにしておきます』
ついでに到着予定時間も書いておこう。
『よし。それでは早速ですが出発しましょう』
「あの、どうやって移動するのでしょうか?馬車って事はないですよね?」
『こうします!』
アイテムボックスから取り出しましたるは、すっかりおなじみになった移動用の小屋。予想もしなかった物がドスンと出てきたのに若干引かれてしまったのはご愛敬。
『あまり綺麗なところではないですが、どうぞ』
「し、失礼します」
ゾロゾロと乗り込んだところで私も中に入り、窓を開けるとジェライザ様がカイル王の手を取りながら……うん、見送りの挨拶は手短にお願いしますね。
「それではフェルナンド王国へ向かいます。出来るだけ早く戻ってきますが、留守の間をよろしくお願いしますね」
「わかった。俺の大事な国民たちだ。心配要らん」
うんうん、なかなかいい王様じゃないの。
「では出発……っと、ちょっと疲れてる?」
外で鎖を持ち上げようとしているヴィジョンがコクリと頷く。そうだよねえ、ずっと出ずっぱりだし、ちょっとあちこち泥やらなんやらで汚れちゃってるし。
「ではちょっと休憩……バック。そしてもうひと頑張りお願いね。コール」
ポフッと消えて再び現れると、さっきまで薄汚れてたのが綺麗になった。そんな私のヴィジョンを見てコーディ以外が「えええ?!」となった。
『どうかしました?』
「えっと……はい、もう……いいです」
『?』
なんかちょっと釈然としないけど、いいか。
「行けそう?」
コクリ。
「よし、行こう!」
トトンッとヴィジョンが屋根の上に駆け上がり、繋いだ鎖をジャラリと持ち上げてゆっくりと上昇。
「おお!」
「すごいな」
そんな声を背中に聞きながら方角を調整。
「よし、こっちね。目一杯飛ばして!」
同時に風の結界を展開し、衝撃を和らげる。
「おおおおお!」
「こ、これは!」
「すごいな!」
とまあ、驚いてくれたわけですが、それも五分もすれば飽きるのです。そして既に空の旅に慣れているコーディが退屈そうにやって来た。
「どのくらいで着くのでしょうか?」
「んーと二時間くらいかな」
「確か来るときは山脈を越えるのに丸一日かかりましたよね?」
「どのくらい遠いかわからなかったからね」
距離感がつかめたので、目一杯飛ばしますよというやりとりをしていたら王妃様が目を丸くしてきた。
「ええと……どのくらい遠いのでしょうか?」
『多分、直線距離で言えば、山を越える距離だけなら歩いて三日くらいの距離かしら。そこから王都までだと、ひと月……くらいかな?実際にはこの山を歩いて越えるとかひと月がかりだと思いますけど』
「は、はは……すごいですね」
王妃様が侍女さんたちと共に固まった一方、ボニーさんとかは食いつきがいい。
「そんなに速く移動できるのですか?」
『ええ』
しかもこれでも抑え気味。言わないけど。
「ううむ、すごいですな」
『褒めても何も……っと、ちょっとお待ちを』
「え?何かあったんですか?」
『来るときに見かけたドラゴンかな……うん、大丈夫』
「ド、ドラゴン?!大丈夫なんですか?」
『逃げていきました』
「え?逃げて……って、え?」
「えっとですね」
ボニーさんが王妃様に代わって説明してくれたのですが、どうやら私たちはドラゴンの縄張りを横断しているのではないか、とのこと。そしてドラゴンは縄張りに入ってきた者に対して警戒し、必要ならば排除すべく攻撃を仕掛けてくるのが普通。
「逃げていったというのがなんとも理解できないのですが」
『行きにちょっと脅かしたのが効いてるのかな』
「脅かした……?」
『私、平和主義者ですから、無闇に命を奪うことはないかな、と思いまして』
そうです。某侯爵家の方々みたいに「ドラゴン見つけた!倒せば一人前だ!」ではないのですと強調しておく。
「あ、あはははは」
「そうですか……そう……はい」
「ね、コーディ、すごい疎外感があるんだけど」
「気のせいですよ」
「そう?」
釈然としないものを感じていたら、誰かのお腹がグーと鳴った。
『もしかしてお腹すいてます?』
「す、少し」
「実は私も」
「実は」
「はは……私もです」
逃げ出すのに精一杯だったものね、仕方ないよね。
『えーと、じゃ、これ。ちょっとつまめる程度のものをどうぞ』
「なんですか、この緑色の丸いのは?」
『一応、私が王都で開いているお店で売ってる看板商品です』
『売ってるの、それだけですけどね』
「コーディ?」
「てへ」
余計なことを言わないの。って、ちくしょう。ちょっとてへぺろが可愛いじゃないか。
『ま、お一つどうぞ。甘いのでちょっと落ち着きますよ……っと、これにあう紅茶をこちらに用意しますね』
恐る恐る手を伸ばした結果は好評でした。こういうときは甘いものがいいよね。
「もう一つ、もう一つだけ!」
『いいですけど、太りますよ?』
「うげっ」
「え?」
「嘘?」
わかりやすい反応ですこと。
それでも、これだと紅茶はあれが合いそうだとか、これと一緒に食べたらどうだとかそういう話題で盛り上がり始め、退屈しのぎにはなった模様。そんな様子を横目に私は机に向かい、紙にペンを走らせる。今回の件の報告書。何が起きたかを簡潔にまとめておいてくれと言うことなので到着までの間に時系列で箇条書きにして……うん、前世でもこういう報告書って書く機会がなかったから、どうやって書いたらいいかわからないや。
とりあえずこんな感じでいいかなとなった頃、ヴィジョンの視界に王都が見えてきた。
『そろそろ到着します。降りる準備というか心構えを』
「わかりました」
さて外の様子は……うん、見えた。
王都から私の村へ向かう道の途中に馬車が数台待っていたのでそのそばへ下ろす。
と、ドアがノックされ、タチアナが「おかえりなさいませ」とドアを開けた。
「ん、ただいま。準備はどんな感じ?」
「はい。関係者一同、城で待ち構えているところです」
「わかったわ」
見るとレイモンドさんにリリィさんもビシッと正装している。騎士団としての出迎えという事ね。




