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握手を求められたので応じると、そこに王妃様も手を重ねてきた。
「ところで、あのギドとかいう奴は何か重要な情報を持っていたりとか持っていたりとか……聞き出さなくても良かったのか?問答無用で片付けたようだが」
『んー、大丈夫です』
あのギドというのを倒す前にちゃんと鑑定していて、鑑定結果は「空間魔導師ケンジの使い魔」といういかにもな結果。これがわかれば充分と判断した。どうせ色々聞き出そうとしてもロクな情報は持って無さそうだったし。
「空間魔導師?使い魔?」
『空間魔導師というのは、異界からこちらへ世界をまたいだ穴を開ける技術を持っている者、と言う意味でしょうね。そして今までに何度も妨害されているので、偵察のために使い魔をよこしたのでしょう』
そしてその使い魔はダンジョン内の他の魔物に紛れて待機。コーディが感じた違和感は、ダンジョンの魔物でもなく、魔王軍の兵でも無い者がいるという気配だったというわけ。これに気付くとはなかなか鋭い感覚だと思うので、あとで褒めておこう。
そしてケンジと言う名は……日本人っぽいなあ。まさか……ね?
「どういうことですか?」
『向こうもあまり余裕は無くなっているのでは無いかと。おそらく世界と世界を繋ぐ穴を開けるには相当な資材、特殊な鉱石とか貴重な薬草とか、あるいは大量の魔力とか、そういったものが必要なはずです。それをつぎ込むのもそろそろ限界が近いと言うことなのかも知れません』
「なるほど。つまり侵攻は収まると?」
『逆です。次は全力で、と言うことが考えられます』
「むむ」
そもそもなんで侵攻してくるのかという理由がわからないからなんとも言えないけどね。その辺も含めて神様に報告して調べてもらおう。既にある程度の情報はつかんでいるかも知れないという期待もしておくよ。
そこへリリィさんの手紙が飛んできた。毎度毎度いいタイミングだこと。
「えーと……」
読み上げようとして止めた。「変態の相手は慣れていると思うので対応は全て任せる」で始まってるんだもの。慣れてないわよ、失礼な。
「ん?国から連絡が来たのか?」
『ええ。状況が終わった旨、返事をします。それから……』
詳細は追って報告という前置きをしながら、ロアが崩壊したこと、国民は全員避難を終えていることを書き添え、フェルナンド王国で避難民を受け入れられないかという一文も書き足して送り出す。
「ううむ……国民を受け入れてもらえるならありがたいが、出来るのか?」
『わかりません。でも相談の余地はあるかなと』
「なるほど」
私たちがダンジョンに突入した時点でのロアの滞在人数は約五万人。そのうち一万人程度が商品の仕入れや売り込みで訪れていた商人で、彼らは既に街を去ったあと。
そして五千人程度がハンター。元々が根無し草の彼らも一部を残して去ったあと。そして五千人程度がロア以外にルーツを持つ、つまり何らかの理由で移住してきたばかりとか親戚知人が近隣にいるという人々で、彼らも既に去ったあと。つまりここには約三万人の行き先のない人々が残っているわけだ。
ロア自体はダンジョンとその周辺以外に領土と呼べるような規模の街がない上に、領土的野心のない国家だったため、近隣の国々との関係性は良好。これから国民の避難先として受け入れて欲しいという交渉を開始するところだが、人数が多いので時間がかかるのは間違いない。
フェルナンド王国でまとめて受け入れることが出来れば手っ取り早いのだが、問題はいくつもある。
まずは言葉の問題。これはもうどうにもならないので、移住後、頑張って覚えてもらうしかないだろう。
そしてどこに住むかという問題。言葉の問題を考えると一箇所でまとめて受け入れるのが良さそうなんだけど、そんな場所が王国内にあるかどうか、私は知らない。
一番大きな問題が移動だ。これだけの人数の移動となるととにかく時間がかかる。私が山脈を切り拓けば、徒歩で三日も歩けば王国の領内に入れるくらいの距離だけど、三万人が歩いて移動となると三日ですむわけがなく、多分十日以上はかかる。
そうなると食糧も問題だ。今は避難するときに一緒に持ち出した物で炊き出しなんかしているけど、持って数日と行ったところ。食べる物もろくにないような行軍は絶対に避けねばならない。
「色々課題は山積みというわけですね」
『はい』
状況は把握しましたと王妃様が答えてくれたが、どうして王様はこっちを見ようとしないのでしょうね?
「ところで」
『はい?』
「一番手っ取り早いのが、私たちが何人か代表してフェルナンド王国へ出向き、色々と調整をするという方法だと思います。いかがでしょうか?」
『そうですね。一番話が早いので、そうなるように持ちかけています。多分、話をする場くらいは設けてもらえると思います』
「ふむ……人選は考えるとして……って、失礼ながらレオナ様は……その、王国の上層部、つまり国王をはじめとした中枢へ、そういう……その」
『大丈夫だと思います』
「え?」
『一応これで貴族ですし』
「そう言えばそうでした」
『爵位無しの貴族ですけど』
「へ?え?あ、あれ?」
私の返事に王妃様が狼狽え、慌てて王が支えた。うんうん、麗しい夫婦愛ね……もげろ。そして爆発してしまえ。
「あ、あの……爵位がないと言うことは……つまり、その」
『あははは……私、成り上がりなんです。で、爵位をつけようにもいい感じのものがないらしくて』
「いい感じのものがない?」
『詳しくはまたいずれ話します。とりあえず、話を持ちかける場を設けるくらいは出来ると思いますよ』
「わかりました。ちょっと、私たちの方で相談します」
『はい』
色々話し始めたので邪魔しないようにちょっと離れ、ようやく落ち着いてきたコーディの元へ。
「大丈夫?」
「はい。少々取り乱しましたが、もう大丈夫です」
「そう。一応言っておくことがあるんだけど、いいかな」
「はい」
「あなたの立場って、私の部下、と言うことになるのはいい?」
「あ、はい。それは大丈夫です」
「私が貴族って事も大丈夫?」
「それはもう、はい」
「フェルナンド王国の慣習として、貴族の部下とか使用人の結婚相手って、雇い主の貴族が選ぶことになってるのよ」
「は、はあ」
「わかりやすく言うと、コーディが望まなくても私はあなたの結婚相手の斡旋をするし、それこそ「コイツと結婚しろ」って命じることも出来るわけ」
「それは何となく知ってます」
うんうん、理解が早くていいね。
「結婚すると、相手とその……裸の付き合いもあるんだけど、大丈夫?」
「え?あ……えっと……その……はい、多分……大丈夫、かな……と」
目が泳いでるけど仕方ない。傷口をえぐるようで申し訳ないが、時間をおいて現実を思い知るより、今のうちに知っておくべきだろうと思って伝えたんだ。私としてはコーディが気に入らない相手を引き合わせるつもりはないから、おかしな事にはならないはず……よね?
ロアの偉い人たちの話し合いが続く中、リリィさんから返事が飛んできた。
「お、いい感じ」
内容は問題なし。話し合いをしているところに申し訳ないが割り込ませてもらおう。
『と言うことで、受け入れは可能だそうです。あとは移動手段をどうするかですが……山を切り拓くことにロア側で了承いただければ私が何とかします。あとは、その間の食料とかも私が運べますので……』
「レオナ様って万能なのですねえ」
『なんでも出来るわけではないですよ。出来ることしか出来ません』
全知全能なんてない、が私の持論です。




