16-19
「おのれ……よくも」
「へっ……ざまあみろ」
一矢報いたが……足りない。だが、体を上下に分断された人間にはこれ以上の戦闘続行は不可能だ。槍による飛翔能力も途切れたカイルはそのまま地上へ落下し始める。
ギドはそんなカイルを忌々しげに見やり、フンッと鼻息を荒くして、両手に魔力を込める。あの男は王と名乗った。ならばここからみえるところにいる人間どもはあの男が守ろうとした国民。まだ意識のある内に焼き払い、絶望を味わわせてやろう、と。
「はい、そこまで」
いきなりギドの目の前に逆さまになった少女が現れた。
「な、貴様!」
「これ以上は好きにさせないわ……よっ!」
ドンッと強い衝撃音が響き、ギドが仰け反る。
それが、少女がギドの胸に向けて蹴りを放った音であり、胸板を軽く貫いて、背中に貫通していると気付いたときには、既に少女は体の向きを変え、手元の糸をたぐり寄せ、その先に絡め取られていたカイルの槍を引き寄せ、クルリと回して握る。
「ロアの王、カイル……よく頑張ったわね」
そう呟くと同時に、ギドが視認できない速さで槍が繰り出され、ギドは細切れにされた。
「死ね」
火球が放たれ、細切れになったギドは灰も残さず消え去った。
「カイル!」
愛する者が真っ二つにされ、ジェライザは半狂乱になってカイルを受け止めに走る。あんな高さから落ちたら助からないと、思考がズレていることに気付かぬまま。そして、他の者たちも釣られて走りだした。あんな高さから落ちてくるのを受け止めたら華奢な王妃では怪我をしてしまうと、これまた思考がズレていることに気付かぬまま。
「え?」
が、いきなり落下速度が落ち、ゆっくりと地面に下ろされた。ヴィジョンに抱えられたコーディが必死に糸で吊っているが、細い糸はほぼ見えないため不思議現象に見えてしまうし、そちらを気にかける余裕など誰にもない。そして、上下二つに切り分けられた人間にそれほど長い時間は残されていないハズと、慌てて駆け寄り抱き起こす。
「カイル!」
「ああ……ジェライザか……スマン」
「謝らないで!こっちを見て」
「うう……かはっ」
誰の目にも助からないのが明らかな状態。それでも一縷の望みを捨てきれないのか、騎士団長が近くに落ちてきた下半身を拾い上げて持って来た。
「王!」
「しっかりしてください!」
「目を開けて!」
多くの者がすがりつく中、手遅れになる前にとレオナが近づく。もちろん、落下するカイルを糸でそっと下ろした功労者、コーディと共に。
「コーディ、通訳よろしく」
「はい」
『はいはい、どいてどいて。っと、槍、持ってて』
「え?」
『えーと、そのまま上半身だけで残りの人生送る、置いてあるとおり前後逆につなげる、ちゃんとつなげる、どれがいい?』
「え?は?」
『ちゃんと元通りにしたいなら、そこどいて』
小さな体に見合わぬ膂力でカイルにすがりついている者を押しのけ、すぐそばに置かれていた下半身の裏表を逆にするとカイルの額に手を当てる。
『ゴメンね、少し遅れちゃって。でも、よく頑張ったわ……っと、かなり痛いと思うから、これ噛んで』
布をぐいっとカイルの口に押し込んだら準備完了。
「さてと……ヒール!」
ホワンと淡い光がカイルを包み込み……切断された部分同士もニュルニュルと繋がっていくと、カイルが悶え出す。
「ぐっ!がっ!があああああっ!」
『ゴメンね、ちょっとだけ我慢。あ、ジェライザ様、手を握ってあげて』
「あ、はい」
ジェライザが言われるままにカイルの手をそっと両手で包む。カイルが少しだけホッとした顔をするが、それでも痛みはひどいらしく、思い切り布を噛み締めながら叫び続け、額に脂汗が浮かぶ。そして数十秒、光が消えたると、レオナが服を少しまくって状態を確認して告げる。
『よし、ちょっと傷跡が残っちゃったけど、これはこれで皆を守った勲章って事で』
「え?え?」
『安心して、治したから』
「な、治し……た?」
するとカイルがゲホゲホとむせ、口に突っ込まれていた布を引きずり出した。
「ぺっ!ぺっ!なんだ、これ」
『ゴメン、適当に出しただけだから、雑巾だったかも』
「おいっ!」
牛乳拭いたりはしてないから安心して。
「うえっ!えっと……なんだ?生きてる?え?繋がっている?」
『ええ、元通りよ。ちょっと傷跡残っちゃったけど。あ、血を流しすぎているから、栄養ちゃんととってね』
「あ、ああ……うん」
『それと、まだ立たないで』
「え?」
なんともないぞ?大丈夫だぞ?とアピールするようにカイルがスイッと立ち上がる。私とコーディ、王妃様の目の前で。
「えええええ!」
「うっきゃああああ!」
だから立ち上がるなって言ったのにと思いながら、私は顔を横にそらす。
私の治癒魔法は体は治せるけど、ぶった切られた服とかは治せない。そう、腰のあたり……ズボンのベルトよりやや下を切られた状態でカイル王が立ち上がった結果、私と愛する妻ジェライザ、純真無垢(笑)なコーディの前でずり落ちて全てをさらけ出した。
カイル王のカイル王を。
「ううっ……蛇が……蛇が来るよぉ」
「よしよし、恐かったね」
今回のロア訪問からダンジョン攻略、そしてダンジョン脱出という極限状況の連続の直後にカイル王を直視したのはコーディの許容量を大きく超えてしまい、泣き出してしまったのでよしよしと頭をなでながら慰める。
そっか、蛇だったか……って、どうでもいいわそんなの。
「その……なんだ、すまなかった」
なんて言いながらカイル王が近づこうとすると「ひっ!」となるのでとりあえず距離を取ってもらうことにする。これは不幸な事故。彼に悪気がないのは明らかだけど、こればっかりは時間が解決してくれるといいなと思う。私?すぐに顔を横に向けたから何も見てないよ?
ちなみに王妃様はなんともない。そりゃそうか。見慣れてるはずだし……見慣れてるよね?大丈夫だよね?その辺のフォローはしな……顔真っ赤にして照れっ照れな感じになってカイル王を直視できませんみたいな雰囲気を出すの、止めてもらえませんか?これ、王子か王女が二、三人増えちゃうパターン?夫婦仲がいいのは結構ですけど、そう言うのは二人きりの時にして欲しいんですけどねえ。
やがて、お付きの人が用意した服に着替えた王様が改まってこちらに来た。通訳できる人を連れているのでしばらくコーディは休ませようと、ヴィジョンに抱えさせて下がらせる。
「えーと、なんだ……その、ありがとう、な」
『いいえ、結局ロアの崩壊は防げませんでしたから』
ロアの跡地はひどいことになっている。
外壁の外側だいたい一キロくらいの広さが崩落。深さは不明。少なくとも三百メートルくらいはあるかな。あの深さから何か物を引き上げるのは諦めた方がいいレベルだ。
今まではダンジョン崩壊といっても、一定範囲の土地が少し陥没した程度だったのに対し、今回はダンジョンの深さも桁違いだったせいもあって、被害甚大で国家自体が存続の危機。と言うか、迷宮都市国家という成り立ちで考えると、ロアという国家が滅んでしまったわけで。
「それでも、事前に知らせてくれたおかげで国民全員が避難できた。ロアにとってダンジョンは資源であり、経済の中心だったのは間違いない。だが、国というのは国民あってのもの。一人の死者も出さなかったのは全てお二人のおかげだ」
『いいえ。私はもたらされた神託に従ったまで。その「神託」という言葉を信じて実行に移したのはカイル王、あなたを始めとした多くの人々の努力の結果でしょう』
「そう言われると……何だか照れるな」
はは、と頭をかいてからピシッと姿勢を正した。
「それでも、あのギドとかいうとんでもない者を倒したのはあなたの力でしょう?それに関しては個人的に礼を述べたい。ありがとう」
『どういたしまして。もう少し早く地上に出ていたら余計な血も流れなかったんですけどね』
「それでも俺は生きている。それで充分だ」




