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「ついに九十八層ですね」
「うん。ここも相変わらず広いわね」
このダンジョンが百層まであるという噂はいよいよ本当かしらと思いつつ、マップを見ると大量の赤い点、つまり魔物か魔王軍の兵が見える。
数的には魔王軍の兵だろう。
「魔王軍の兵ですか」
「ええ」
「あの変態二人が率いていた部隊とか?」
「兵を置き去りにしてどんどん進む隊長ってどうなのよ?」
「馬鹿ですよね」
「それ以上に変態だったけどね」
軽く百を超える数がいるので、ちょっと広いところで迎え撃つことにする。幸いこの階層もここ最近の階層同様に通路が広く、大きな広間になっているところも多い。
「ここで迎え撃つわ」
「はい。頑張ってください」
通路が広いといっても結構曲がりくねっているせいで、魔王軍の兵と思しき一行は隊列は乱れている。しかし、足並みは揃えているようで、しばらくするとザッザッと言う揃った足音が聞こえはじめ、その姿が見えた。
「きゃああああ!」
「ひぃぃぃ!」
先に悲鳴を上げたのはコーディ。私の反応が遅れたのは、それを見たときに認識したくないと本能が拒否したせいだと思う。
現れた集団は大雑把に言えば二種類に分けられる。
片や完全には仕上がっていないがかなり鍛えた肉体に、揃いの黒ビキニパンツの集団。片や材質不明のピッチリとした服を着て両腕を後ろで縛り、両足にも枷がはめられてよちよち歩きになっている集団。
二人が悲鳴を上げるのも当然と言えば当然だろう。と言うか、あの集団を見てなんとも思わない人がいたら是非とも会って……既に会った気がするわ。
ガチガチに拘束されている連中は足の自由が利かないので歩くスピードが遅いのだけれど、未完成マッチョの集団もいちいちポーズを取りながら歩いているので両者の速度はほぼ同じ。
まさかと思うがここまでずっとあのペースで来ていたのだろうか?と言うか、あのペースで地上を目指すとか、どんな苦行?
「レ、レ、レレレ……レオナ様!近づいてきますよ!変態集団が近づいてきます!」
「わかってるわよ!」
あちらも私たちを視認したらしく、顔を見合わせてうなずき合ってから……特にペースが変わることなくこちらへ進んでくる。
動きがいちいち気持ち悪い。
「とりあえず様子見の火球!」
様子見なのであまり大きくない火球を数発、先頭に着弾するような軌道で放つと、あちらもあちらで動きがあった。
「回避のポーズ!」
「ご褒美の時間だ!」
「えーと……コーディ、どうしたらいいと思う?」
「いい案が思いつくように見えます?」
回避のポーズと言ってる連中は、ポーズを取りながら左右に移動しようとしているのだけれど、結構密集しているせいもあってほとんど動けず。
ご褒美の時間と言ってる連中は、嬉しそうに火球の方へ向かおうとしているけど、これもまたモタモタと動きが鈍い感じ。
やがて火球が着弾し、直径二、三メートルほどの爆発をすると、それぞれがそれぞれの反応をする。
「忍耐のポーズ……ぐはあっ!」
「ああっ!たまりません!もっと!もっと!」
地獄絵図が出来てしまった。
「コーディ」
「はい」
「帰りたい。帰って布団かぶって二、三日引きこもりたい」
「奇遇ですね。私もです」
さて、アレをどうしようか。
とりあえずこれ以上の接近を防ごうと、土魔法で壁を構築。向こう側を目一杯攻撃するために確認用の穴は開けつつも、全体を硬化してあるから簡単には破られないはず。
という準備をしたら向こう側が騒がしくなった。
「おのれ!壁で塞ぐつもりか」
「我らのヴィクレア様への愛はそんなものでは止められないぞ!」
うん、止まって欲しい。
「とりあえず……地槍乱舞」
かなりのスプラッタになりそうだけど、手っ取り早く済ませようと魔法を放つ。壁の向こうの地面から無数の槍が飛び出して彼らを貫……え?
「鍛えた肉体ガード!」
「この程度!ちょっとトゲが刺さった程度!」
ザクザク刺さって流血しているのに、笑顔を維持か。
「痛みを快感に変える!」
「極上の悦楽なり!」
こっちは目がいっちゃってる。
「レオナ様、アレが本当の変態なんですね」
「変態に本当とか偽物とかどうでもいいわ」
「え?」
「いいこと。変態には良い変態と悪い変態しかいないのよ」
「良い変態?悪い変態?」
「ええ。良い変態は私の視界に入らない変態。悪い変態は私の視界に入る変態よ!」
とりあえずこれ以上見たくないものに蓋をするかのように、火嵐を放つ。
「心頭滅却すればこの程度!」
「もっとだ!もっと熱く!」
「さらにひどくなってません?」
のぞき穴から様子を見たコーディが地面にしゃがみ込んでのの字を書き始めた私を横目に呟いた。
「それなりの強さの兵が揃っていると言うことが確認できたと思えばいいのよね」
「そ、そうですよ!切り替えていきましょう!」
気を取り直して立ち上がり、両頬をパチンと叩いた私の目の前に待っていたものが飛んできた。そう、リリィさんからの手紙だ。
「ええっと……ロアについて五日ほどになると思うが、状況はどうだ?だって」
「状況報告する手段、ありませんからね」
それはいつもの事よ。
「返事としては……いきなり処刑されそうになったので抵抗しました。無事にダンジョンに入りました。現在九十八層で変態の集団と交戦中です。私もコーディもちょっと精神的に疲れてますけど、まあまあ元気です。こんな感じかしら」
「事実ですけど!もう少し書き方!」
「飾らないストレートな表現って、読む人の心を打つのよ」
「大打撃です!」
コーディが文句を言うけど、既に送り返しちゃったしねえ。
「さて、気を取り直して、片付けるわよ!」
「手紙のやりとりが気分転換になってるし!」
一方その頃、地上、ロアでは。
「よし、これで都市全域の避難完了だな」
「はいっ、あとは我々のみです」
ダンジョンが本当に崩壊するかはわからない。そして崩壊したときにどの程度の被害が出るかもわからない。だが、レオナという少女は「最悪都市がまるごと崩れ落ちる」と告げていた。
彼女の実力の程は今ひとつつかめなかったが、王の全力をそよ風にも感じないほどだったことを考えると、ダンジョンの最奥を目指し、コアを破壊するという目的はきっと果たすだろう。その結果、ダンジョンは崩壊し、その上にある都市もまるごと飲み込まれるだろうことは容易に想像できる。
あらかじめ警告されたことであり、信憑性が高いどころか信憑性しかない状況下では国民全員を都市の外へ逃がすのは当然の対応として全員が全力で取り組んだ。細かな路地も見て回り、一人も残さずに都市の外、避難先へ移動させて、先程確認が全て終わったところでようやくひと山越えただけ。まだまだ先は長い。
「さて、我々も脱出だ」
「はい」
「あの二人、今頃、どのあたりにいるのでしょうね」
「どうだろうな。報告の通り迷わずに進めるとしても九十層くらいだろうか?」
それぞれが結構な荷物を背負ったり抱えたりしながら部屋を出て行く。持っていく荷物は避難先で必要になるであろうもので厳選したが、それでも結構な量があり、馬車にもかなり積み込んでいる。
「王、急ぎましょう」
「……先に行ってろ」
「え?」
「少し、用が出来た」
そう言ってカイルはクルリと踵を返し、別の方へ歩き始める。
「待ちなさい!」
「時間がないぞ、さっさと行け」
「一つだけ」
「なんだ?」
「ダンジョンには行きませんよね?」
カイルはゆっくりとジェライザの方を見て、苦笑しながら答えた。
「さすがに今から行っても追いつけないってことくらいはわかる」
「なら?」
「カンだ」
「カン?」
「ああ……アレが必要になるって予感がする」
それを聞いたジェライザはふうと大きく息をつき、ビシッと指を突きつけて言い放った。
「どんな予感か知りませんが、必ず生きて私、いえ国民の前に姿を見せると誓いなさい!」
「全力を尽くすと誓おう」
それなら良しと愛する妻が頷くのを確認すると、廊下を走っていった。
「王妃様?」
「あれでも一国の王です。何か思うところがあるのか、それとも……わかりませんが、好きにさせた方がいい。そんな気がします」
「わかりました」
「では、急ぎましょう」
「はい」
変態の大量生産……




