16-12
時間感覚操作百倍。
グンッと感覚がぶれていく中、一つの魔法を放つ。
土魔法レベル三、地槍。地槍乱舞と違い、一本だけなので、比較的初級の魔法になるけど、目一杯魔力をつぎ込んで、とある一点を狙う。
それも百倍に伸ばされた時間の中で。つまりイゴールにとっては瞬きよりも短いだろう時間の中で。狙うは防御していない箇所、ただ一点。
正確にそこを狙って伸びる岩石の槍が直撃する瞬間に時間感覚を戻す。
「∃ぉトてυ*α∀+/wぅσ!!!」
完全な不意打ちになり、イゴールがもんどり打って倒れ、少しゴロゴロ転がった後、両手で股間を押さえた姿勢になり、ピクピクと痙攣する。
あれは痙攣であって、魔振ではない、多分。そして今なら魔振とかいうのも使えていない状態で、魔法が効くはず……多分。
火魔法レベル五、火炎嵐。火球よりも収束性が高く、熱量も上げやすい魔法で包み込み、焼き尽くす。
「ふう……強敵だったわ」
ふと見ると、ドラゴンたちがさらに距離を取っている。ドラゴンですら離れたくなるほどの高温。これなら多分行けるはず。
そう思って見ていたら、燃えさかる炎の中から丸い物が飛び出してきた。思わず飛び退いてしまったけど、その丸い物は数回地面で跳ねて止まり、やがてゆっくりとその身を起こした。
「ふう……少し驚いたぞ」
「ええ……」
「これぞ魔操筋肉の極意なり」
明らかに関節の可動域を越えた向きに手足が折りたたまれていたんですが。ああ、多分人間とは違う種族だから身体構造、具体的には骨格も違うのだろうね。
「極めれば一時的に関節を外すことも可能。どうだね?少しは驚いてくれたかね?」
「ああ……えーと、うん。ドン引きした」
「フフフ……まあ、この肉体の極意の素晴らしさは婦女子には理解できないものだからな」
違う意味で理解したくないんですけど。と言うか、関節も自在に外せるのか。まさかと思うけど、特殊な呼吸法とか身につけてないよね?
「と言うか、私の魔法、直撃したわよね?ましん、だっけ?アレで防げないくらいに」
「あんなもの、効かん!」
「何でよっ?!」
「この程度の炎、私の熱く燃えたぎる魂の前ではホンの灯火!」
イゴールがこれでもかと言わんばかりに筋肉をピクピクさせながらにじり寄ってくる。具体的にはアブドミナルアンドサイのポーズで。
「ただ、一つ褒めておこう」
「え?」
褒められたくないんですけど。そんな私の思惑を余所に、クルリと後ろを振り向く。バックラットスプレッドのポーズで。
「ここ、このケツの部分が少し破れた!見事としか言えんな!」
「見せなくていいわよ、そんなもの!」
「いや、しかと見ておくべきだ!」
「ええ……」
「なぜなら、こうして破れた箇所は強度が落ちる!すなわち、あとホンの僅かでも強い力が加わったなら!この私の紳士の証は儚くも散ってしまうのだ」
「そういうこと……それは確かに色々と……うん」
「ちなみに見ての通り、予備を持ち歩くこともしていない。ここで失った場合、私は生まれたままの姿で外を目指すことになる。まあ、それはそれで滾るものがあるが」
おまわりさん、ここです。誰かにそう訴えたい……ん?マップにもう一つ反応が。まさか、おまわりさん?!なわけないか。
「だが安心するといい」
「何を?」
「こうするのだ!」
あまり見たくないけど、イゴールがグッと破れた辺りに力を込めると、ホワンと少しほのかに光り、なぜか元通りに。
「どうだ?安心したかね?」
「あまり見たくない物を見せられた私の心を心配して欲しいわ」
「うーむ、乙女心とは複雑だな」
一般的な乙女は男の尻をマジマジと見たりしないし、パンツが破けただのというのは目をそらすと思うんですけどねえ……と言うか、私のことを乙女だというなら見せつけるな。
「さて、安心できたところで、それでは今度はこちらから行くぞ。フン!」
「うわっと!」
「とおりゃああ!」
「ひいいっ!」
殴る蹴るは最悪受けてしまってもいい。魔振とかいうのなら多分耐えきれる。だけど、掴まれるのはダメ。掴まれたら最後、魔操筋肉とやらの力をフルに使い、私かイゴールが死ぬまで離さないだろう。そうなったら、私の心が死んでしまう。そうなったらこの変態がこの世界に放たれる。
それだけは避けねば。
そんな使命感に燃えて戦っているが、やっぱり腰が引け気味になる。
うう……イヤだよお……これ以上こんなのと戦い続けたくないよお……
だって、攻撃が基本的に腰を振りながら……その腰を突きつけてくるんだもの。紳士って、乙女にそういうことをする者なの?と問い詰めたい。時間があれば。
やっぱり特大の魔法でケリをつけるか。先ほどの火炎嵐、一応は効果があったんだよ。イゴールの体のあちこちに焦げた跡がある。コイツはコイツでやせ我慢をしているのだ。つまり、魔振とかいう防御にも限界はあると言うこと。ただ、注意しなければならないのは中途半端な攻撃では、謎のテンションで復活してしまうので一撃で仕留めるつもりでいかないと。
とりあえず方針を決めて、いざ、となった瞬間、私とイゴールは同時にその場を飛び退いた。
「あら、なかなかいい反応じゃないの」
「ヴィクレア!何度も言うが、味方を巻き込むような攻撃をするな!」
私とイゴールの接近戦のど真ん中に打ち込まれたのは、やたらに長い鞭。そしてそれを打ち込んできた、ヴィクレアという女性は一言でわかりやすく言うなら、そういう系の女王様の姿をしていた。
体にぴっちりとフィットさせた革の衣装に、一体何センチあるのか問い詰めたくなる長さのピンヒール。そして踝から太ももの上部まで謎のテカテカ素材で覆われ、両手は肘の辺りまでの革手袋。
私が言いたいことはわかると思う。
類は友を呼ぶ。
今回、変態ばっかり来てるのかしら?
「味方だなんて心外だわ」
ええ……じゃあ、なんなのよ。
「何度も言うが、私もお前も、共に魔王様に忠誠を誓った身。敵対しあうことは魔王様への忠誠を疑う行為だぞ」
「そうね。でも……ライバルなら?」
ええ……ライバルって、変態っぷりを競い合うライバルって事よね?
「ライバル!素晴らしいな!魔王様のために粉骨砕身、どちらがより多くの戦果を上げるか競い合う関係!」
「ええ。と言うことでそこの小娘は私が仕留めるわ」
「そうは行かん」
ええと、これは「やめて!私を巡って争わないで!」って流れじゃないよね?
「なら、共同戦線といきましょう?」
「不本意だが、私一人では少々持て余し気味なのも事実か。やむを得んな」
変態二人が協力体制とかやめてくれません?
「行くわよ!」
「っとぉっ!」
言うが早いか繰り出された鞭を避けると、その避けた先に
「ふははははっ!」
「うひぃぃ!」
慌てて後退る。
「フフ、つかまえた」
「え?」
私から見てかなり離れた前方にいたはずのヴィクレアが真後ろにいて、私を抱きすくめる。
「さあ、どうやっていただこうかしら?」
「いただかれません!」
それほど腕力はないようで、すぐに振りほどいて脱出。した先に、
「逃がすか!」
「わわわっ!」
目一杯姿勢を低くして足払い。イゴールが体勢を崩しヴィクレアの方へ倒れる。
「近づくんじゃないわよ!」
「おごっ!」
平手打ち。
いや、同士討ち?
「全く、すばしっこいわね」
「それはどうも!」




