16-11
「どういう仕組みよ?!」
「簡単なこと!」
「へ?」
「これこそ長い修練の末に身につけた、魔振体術。これにより細かく振動させた肉体はあらゆる攻撃を無力化。鉄壁の護りよ!」
「何か気持ち悪い!」
なるほどよく見ると、微妙にイゴールの体がブレて見える。本当に微細な振動だからよく見ないとわからないレベルで。こんな変態をよく見たいとは思わないので程々にしておこう。あと、あまり近づきたくないというか、殴る蹴るをするのはやめたくなってきた。何か、汗みたいなのが弾かれて……ああ!見たくない!見たくない!
そんな感じで、頭を抱えかけたところに、両腕を広げて飛びかかってきたので慌てて飛び退く。
「フンッ」
そのままの姿勢でイゴールが抱きかかえるようと腕を振るい、空振りした腕で地面がゴリッと抉られる。
「嫌われた者だな」
「ちょっと愛が重いわね」
私が全力で飛び退いてもほとんど無傷だった地面を数十センチも抉り取ったのは単純に腕力がすごいと言うのもあるだろうけど、さっきも言っていた細かい振動というのもあるのだろう。つまり、捕まったら……うん、想像するのはやめておこう。
と言うか、あんな暑苦しい男に抱きすくめられるとか、事案だわ。この世界で、あの男を取り締まれるような警察っぽい組織はないと思うけど。
「それにさっきみたいにつかまりたくないし」
「フム、全身の筋肉を自在に操る、魔操筋肉。これがあれば全身全てが掌と化し、あらゆる物をつかみ取る。これもまた我が修練の末に得た極意よ!」
そう言いながら、盛り上がった筋肉がうねうねと動く。普通ならあり得ない位置まで盛り上がり、本当に掌のように広がり、掴むような動きを見せている。実に器用だと思う。
さて、それはそれとしてどうにかして攻撃の糸口を掴まなければ。物理的な殴る蹴るは手足を魔操筋肉で捕まえられる。遠距離から、例えば魔法は全身を細かく振動させていると魔振体術で防御してしまう。ではどうやって攻撃したらいいのだろうか?
ん?
体を振動させて攻撃を無力化させている?
どうやって?
おそらく、その振動で受けた攻撃を反射しているとかそう言う理屈?
詳しいところを聞く気はないけど、多分そんなところだと思う。
そして、その振動しているというのは……うん、あの男の足下、地面の細かい砂が波紋を描いている。触れた物を弾き飛ばしているという証明だろうけど、全身くまなく振動?と言うことは、あの変態が靴すら履いていないのは、靴を履いても振動で靴を弾き飛ばしてしまうからだろう。
となると、私が狙うべきは?
実にイヤなことだけど。
とても不本意なんだけど。
あのビキニパンツのところだろうな。あまり見たくないけど、振動していないみたいだし。
「おおっと……先に言っておくが」
「ん?」
「もしもここを狙うというのなら、考え直した方がいいぞ」
「え?」
こちらの考えが読まれた?
「この肉体は魔振体術にて振動するが故、身につけた物も全て弾け飛ぶ。しかし、これだけは身につけていると言うことは、もしや……そう考えたのであろう?」
「ま、まあね……」
「その考えは正解だ。確かにここは振動させぬようにしている。だが!」
「だが?」
「もしもここに攻撃をするというのなら、防御のために振動させることはやぶさかではない」
「う、うん」
そうか、全身くまなく出来るのか。弱点だと思ったんだけどなあ。
とりあえず、力説しながら腰をグラインドさせるなという突っ込みはしないでおこう。
「つまり鉄壁の防御としては全く隙が無いのだが!」
え、まだ説明が続くの?正直これ以上聞く必要ないんだけど。
「もしも、ここに攻撃をしてきた場合……これが弾け飛ぶと言うことだけは覚えておきたまえ」
「え?」
「ちなみに私は魔王軍随一の紳士と知られている」
「そ、そうなんだ」
あれかな……変態という名の紳士かな。
「つまりこれは、紳士としての最低限のラインなのだよ。わかるかね?」
わかりたくないなと思いながらもぎこちなく頷いておく。
「もしもこれが弾け飛んだら……大変遺憾ながら、あなたのようなまだ幼い女性には刺激の強すぎる物をお見せすることになってしまう。それでもよいというのであればどうぞ、と先にお伝えしておこう」
「えーと……刺激の強すぎる?」
「こちらの世界の事情は詳しくないが……まだ貴女は幼い様子。大人の階段は一足飛びに駆け上がるべきで無いと、忠告しておく」
ええ……
チラとコーディを見ると、目をそらされた。そうよね……あなたは未経験者だものね。見たくないわよね。
……私だって見たくないわよ。
前世では私は二男一女の母だった。んで、長男は転勤族になってしまったけど、次男は結婚後も私と同居してくれて、一男一女を授かった。
で、次男が子供をお風呂に入れ、体を拭いたあと、子供たちがおとなしくするわけもなく、家中を走り回る。そしてその後を次男が必死に追いかける、というのはよくある日常だった。
んで、次男に何度か言ったのよ。「せめてパンツくらいはけ」と。
するとこう答えるのだ。「そっち行った。つかまえて」と。
会話が成立してないが、ごく普通の家庭だったと思う。
そんなわけで私はサンプル数こそ少ないものの、子供から老人まで見た経験はある。あるけど……じゃあ、目の前のこの男の物を見たいかというと、見たくない。
見ないで済むならそれが一番だ。
と言うことで、攻撃は却下か。コイツらの体の構造は人間とあまりかけ離れていないようだから、急所なんだろうけどなあ。
ん?そうか。コイツの言葉にヒントがあった。
「攻撃してくるなら防御する」と。つまり普段は防御していないと言うこと。そして、攻撃してきたことを認識してから防御に入るなら、攻撃を認識できないように攻撃すればいい。
「さあ!覚悟!」
おそらく、魔振と魔操は同時には使えない。私の蹴りを掴んだのは「そう言うことが出来る」というのを見せつけるパフォーマンスなんだろうけど、さすがに私の攻撃力を見たら防御力の高い方へシフトするだろう。
「フン!」
「うわっと!」
「とりゃああ!」
「よっと」
「素早いな」
「おかげさまで!」
あの振動する拳や蹴りを受けたら、ちょっとマズいのは先程直撃を受けた左腕で証明済み。と言うか、筋肉もすごいから……ん?
「もしかして、その振動……筋肉を鍛えるのにも役立ってる?」
「ふふ……察しがいいな。その通り。この魔法を身につけたことにより、私は魔王軍でも類を見ないほどの肉体を手に入れたのだよ」
「それでパンツ一丁ってどうなのよ!紳士はどこに行ったのよ!」
せめて紳士ならネクタイくらいしろ!……って、そういう話じゃないわね。
「ふはは!照れるな照れるな」
「え?」
「この私の肉体美に見とれたのではないか?ん?」
「できれば視界から消えて欲しい!」
「恥じらいか?うーむ、乙女心というのはよくわからんな」
二人揃って同意を求めるようにコーディを見上げると、何かに怯えたかのようにブルブルと首を振る。さて、どちらの視線を否定したのか。どういう意味で否定したのか。あとで問い詰めよう。
「まあいい。魔王様の進軍を阻む者はここで殺すのみ!」
フン!と一旦溜めて、こちらへ飛び込んでくる。
その、ほんの僅かなやりとりに溜め、距離をとれる瞬間を待っていたのよ。
変態を書くのはとても楽しい……




