16-10
「レ、レオナ様……」
「ん?」
「これは一体……私たち、どうなっちゃうんでしょう?」
そうだよね。ドラゴンなんて小型のものでも現れたら災害と同等。どこかのドラゴン倒して一人前、みたいな侯爵家を除けば、相当な手練れを集めて対応するのが普通。
私ならドラゴン一匹につき一撃でという感じだけど、さすがにこの数はちょっと多い。コイツらが本気で息吹をぶちかましてきたらコーディを守るための障壁が破られる可能性だってある。
「これ、私たち頭からポリポリ食べられちゃう流れですかね?」
「うーん、ダンジョンの構造とかこんなにたくさんドラゴンがいるのにまず驚いたんだけど、ダンジョンにいる魔物って食事するのかしら?」
何となく、ダンジョンの中に漂う妙な感じの空気――これが魔素ってやつなのかしら?――で体を維持しているとかありそうな気がする。知りたいとも思わないけど。
「それに、このドラゴンたち、私たちを見てない」
「え?あ、そう言えば」
こちらを見ていると言えば見ているけれど、どちらかというと私たちの後ろにある上の層に進む通路への入り口を見ている気がする。
「上に行きたいって事なんでしょうか?」
「かもね。何となくだけど、何かから逃げてきているように見えるわ」
マップで見ると、この層にはドラゴン以外の魔物の反応もあるんだけど、これが次々消えているのよね。多分ドラゴンのように空が飛べなかったり、足が遅かったりという魔物だと思う。
そして、その消えている原因である点がこちらに向かってきている。
「多分、魔王の配下」
「え?」
「こっちに結構な速さで近づいてきてる」
ヴィジョンがコーディを抱き上げて少し下がる。
「あの?」
「大丈夫、多分」
「ええ……」
仕方ないでしょ。現時点では私も相手の力量はわからないんだから。
「来たわ」
方角は下の層に降りる入り口方向。あちらも私のマップのような能力を持っているのか、追われて逃げるドラゴンを追ってきたのか。
いずれにしても、あのビキニパンツ一丁に暑苦しい笑顔で駆けてくるマッチョを通すわけには行かない。
……ホント、なんであんなのが相手なのよ。
「ひょええええ!」
「コーディ、うるさい」
「だって、アレ!アレ!」
言いたいことはわかるよ、というかわかりたくないよ。
「とりあえず、吹き飛ばす」
火魔法レベル三、火球。ただしたっぷり魔力をつぎ込んだので多分半径五十メートルくらいがマグマの中の方がぬるいと感じるくらいになるようなのを放つ。
「食らえ!」
私の魔法に対し、マッチョは「ん?」と首をかしげたがそのまま直進。結果、火球が直撃して大爆発を起こした。
「レオナ様……ホントに強いですね」
「今頃わかったの?」
「だって、ここまでの間、魔物が近づくより前に吹っ飛んでたみたいでよくわかりませんでしたし」
それもそうか。真っ暗ではないと言え、あまり遠くまで視界の効かないダンジョンで十メートルくらい先で障壁にぶつかって吹き飛んでいくだけ。しかも私は一切足を止めることなく駆けていく。これじゃ、私のすごさは伝わらないか。
「あの」
「ん?」
「この爆発、いつまで続くのでしょうか?」
「そろそろ終わるわよ」
少し相手が近すぎたせいで障壁に爆発が直撃。さらに周りに障壁を展開して極力周囲に広がらないようにした結果、障壁で囲まれた中で爆発の衝撃波が反射し続け、障壁が無かったらとっくに終わっているだろう爆発がまだ続いている。
そして、周囲に集まっていたドラゴンたちは爆音と僅かに伝わってきているだろう熱量に驚いたようで、こちらから距離を取っている。と言うか、逃げ出したドラゴンもいる。
「うーん……ダメか」
「え?」
「あいつ、生きてる」
「マジですか」
爆発は収まったがまだ煙でその姿は見えない。だけど、私のマップにはあいつの反応が残っている。
「アレを受けて生きているって、ヤバくないですか?」
「うーん、もしかしたら」
「もしかしたら?」
「あの暑苦しさ、高温に耐性があるせいだったりして」
「ええ……」
コーディがドン引きだ。
「離れて!」
ヴィジョンを上空へ逃がす。ドラゴンの群れがいるけど、そんなことを言っていられる状況ではなくなった。
「障壁追加!」
バババッと追加で五枚展開した直後、爆煙を突き抜けてきた人影がガツンと障壁にぶつかり、そのまま突き破る。
バリン、ガシャン、グシャ!
このダンジョンに入ってからヒビの一つすら入ったことのない障壁があっさりと突き破られた。とは言え、さすがにあちらも突き破るのは大変だったのか最後の一枚の手前で立ち止まった。
うーん、近くで見るとますます暑苦しいな。
身長は二メートル超えだろうか。身につけているのは黒いビキニパンツ一丁で靴すら履いていない。少々煤にまみれているが、全身に何か塗ってあるのか、テカテカとしている筋骨隆々の肉体。そしてツルリとそり上げているっぽい頭に、にかっと笑った顔。やや日焼けして浅黒い肌と対照的な白い歯。
これを暑苦しいといわずしてなんと言おうか。
「んん?中々頑丈だな」
「それはどうも」
「んふぅ……」
男がググッと腕を組み直してポーズを取る。えーと、サイドチェストっていうんだっけ?……ってヤバい!
「ふんっ!」
そのままぐるっと一回転し、右拳を振り上げてきた。
「せいっ!」
男の拳が障壁を突き破ると同時に私も右拳を固めて突き出す。
ガツン!と乙女――私だ、私!――の右手から聞こえてはいけない音がして、私は後ろに吹き飛んだ。踏ん張ったんだけど、踏ん張った足下の地面がえぐれてしまうと、体重の軽い私は吹っ飛ばされるしかない。
「フハハハ!」
男の高笑いを聞きながらゴロゴロと転がり、ようやく停まったところで「えい」と立ち上がる。
「レオナ様!」
「黙ってなさい!」
「は……はい」
「大丈夫よ。私がコイツに負けたらヴィジョンが消えるはずだから」
「えええええ?」
何を当たり前のことに驚いてるのよ。
「フム……別れの挨拶は終えたかな?」
「残念ながら、私は負けないわ」
「ほう。それは……楽しみだ!」
言うが早いか一気に距離を詰めてくる。
「魔王様の忠実なる僕にして先遣隊隊長、イゴール・ベルボフ、参る!」
「フェルナンド王国最強の貴族にして魔王の企みを阻止する者、レオナ・クレメル。覚えなくて結構よ、どうせ死ぬんだし」
「フハハハ!」
振り下ろしてくる右拳に合わせるように左拳を突き上げる。
バチン!という拳同士がぶつかり合う音、直後踏みしめている私の足から響くズドンという重い音。
「ぬう」
「くっ!」
左肩からバキッという音が聞こえた。外れたと言うより砕けたかな。これは治るまで数分はかかるか。
「ぬおりゃあああ!」
「せいっ」
ブンッと振るわれた拳をしゃがんでかわしてクルリと前転。拳を振るった直後の脇腹へ、
「とうっ!」
「ふんっ!」
「えええええ?!」
右爪先が脇腹に食い込んで抜けなくなった。
「我が筋肉は無敵なり!」
「ぬわあああ」
そのままダブルバイセップスの姿勢でブンッと振るわれる。いやいや、何か気持ち悪い!慌てて右足首をジタバタさせて靴を脱ぎ捨てて脱出。
「逃がすか!」
「土魔法レベル八、地槍乱舞!」
逃がすまいとこちらに腕を伸ばしてきた足下から槍を模した岩が生えて、その動きを阻止……
「効くか!」
「嘘でしょ?!」
生えてきた槍はイゴールの体に触れると同時に砕かれていった。




